R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2020年04月

ジョギングエチケット

最近は、早朝バイトがあるので朝ジョギングはあんましてない。
巣ごもり生活で、みな運動不足なのであろう。
コロナの影響で、ジョギングをする人が増えた気がする。

朝、駅にむかう時に、おっさんや爺さんがジョグをしているのを見る。
免疫をつけるには運動、とりわけジョギングなどは有効だ。
しかしながら、最近気になった意見に山中教授のジョギングエチケットというのがあった。
ジョギングにもマスクをつけて走れというものである。

聞いたときはなんか大げさだなぁと思ったが、よくよく考えると、走っている人はもれなくハアハアすんごい呼吸しながら走っている。
あれは、常時くしゃみや咳をしながら走っているようなものである。
それに気づいてから、ランナーのそばを歩けなくなっている。

情報に敏感な人(とりわけ女性)は、マスクをしながら走っている。
しかし、大半の人はそうではない。
たしかに、マスクをしながら走るなんてちょっと厳しい気もする。
しかし、普通に通勤で歩いている人からすれば、ジョガーのハアハアはやっぱり嫌である。

そのご時世に合わせて柔軟に変えていくべきである。
ということで、次にジョギングするときはマスクを着用して走ることにする。
かなりの負荷がかかってより運動量があがるし、いいことづくめである。
考えようによっては。

外食してる人を非難するけども…

最近有名人やタレントが外食している人をSNSなどで非難している。
「外へ出てびっくりした。笑って外食している。何を考えているんだ!」みたいな。
気持ちはわかる。

しかし、俺も出勤したとき、どうかなと思ったけど同僚に誘われてイタリアンの店に行った。
風通しが良かったし、まぁ密もなかった。
そこで気づいたけど、店員が二、三人日本語達者な外国人であった。

普段はビュッフェ形式が売りの店。
しかし、ビュッフェを中止したことをしきりに謝罪する店長。
店はこれから休むのかどうか聞いたら当面続けるという店長。
また来ていただけたら…とペコペコする店長の顔や手にはアトピーのアレルギーが。
わからないけど相当なストレスを感じているとみた。
外国人の店員を解雇しないために、精一杯がんばっているのだ。

きっと公のツイッターなどで非難する人は、こういった苦境にたっている人のことを具体的に想像できないのだろう。
想像力の欠如である。
それでいて、自分は何日も家でこもって頑張ってるんだ!
というわけのわからない頑張りを認めてもらいたいのだろう。

家でこもって頑張ってることなど、
不安のなかそれでも店を開けざるを得ない人に比べたら屁みたいなものだ。
店を閉めてしまえば、いまのところその時点で赤字が発生するのだから。

そういった苦境にたってる人のことを思いやることを忘れたくないと思ったなぁ。

例えば、パチンコにしても働いている人は家族を養っている人だっている。
幼い子どもがいるかもしれない。
パチンコだって法的に認められた業種なんだよ。違法じゃないよ。

一方的に非難する邪悪さを感じるよ最近は。
見方を変えればそうやって店に来てくれる人は経営者や働く人にはありがたい人なんだよ。
保障もない日々を生きる人に思いやりを持ちたいよね。

助ける側と助けられる側のバランス

かつて読んだ本で、印象的な件がある。
たしか、南海トラフ地震のことについて書いていた本だったかな。
南海トラフと首都直下型地震が同時に起きたら大変なことになる、といっていた。

まぁ、たしかに大変だろうねぇと思ったが、その後の説明でもっと深い意味だったことに気づいた。

たとえば阪神大震災や東日本大震災。
悲惨極まりない被害になったが、それでも東京を中心に全国から助けの手が差し伸べられた。
被災していない側、つまり余裕のある側が切羽詰まったほうを助ける。
ボランティアしかりである。

しかし、同時に巨大地震が起こると、普段なら助ける側もまた余裕がない。
というか、助ける側なんていないのだ。
自力でなんとかするしかなくなってしまう。

今回の新型コロナはまさにそのたぐいのものであろう。
余裕のある側がいないのだ。

苦境にあえいでいるライブハウスは必死にクラウドファンディングや自力でグッズなどを売って、当座をしのごうとしている。
しかし、支援する側だって明日の仕事がどうなってしまうか分からない…。
そうなると、支援の側に純粋に回れないのである。

俺も少し前は、お気に入りのラーメン屋はちょくちょく行こうと思っていた。
しかし、それにより感染してしまったら…。とか、それが家族にも感染してしまったら…。
と考えると、純粋に好きな店だから…とだけ考えられない。

ウイルスに慈悲はない。
交渉も通じない。

みながみな、感染者になりうる今の状況で、誰かを支援する余裕のある人は少ないかもしれない。
ひたすらワクチンができるのを耐えるのみ。キツイよなぁ。

すっかり現役を引退したWiiフィットが復活した

押し入れに雑にしまっていたニンテンドーWiiを現役復帰させた。
理由は、学校休校と新型コロナである。

息子はスイッチを一日中やっているので、とにかく運動不足である。
外に出て動かせたいが、このご時世なかなか勇気がいる。
なにか家で運動できないかと考えたところ、やつが出てきた。

おーーい、こっちだよー。
思い出せよぉ、あんなに遊んだじゃないかぁ。
とたっぷりとしたエコーをかけて訴えてきた。

息子も2,3年前くらいまでやっていた。娘はやっていないが、キャラだけ登録していた。
久しぶりに引っ張り出してきたら家族全員のキャラが保存されていて、すぐに始められた。

どうかな…?と思ったけど、数分後にはジョギングフィットネスで廊下を走り回る息子と娘。
大成功だ。
ゲームがなければ、ただ苦しい顔で家の床を足踏みしているだけの苦行に見える。
しかし、画面の中で自分の疑似キャラが走っているというだけで、同じ行為がこんなに楽しくなるなんて…。
ゲームってほんとに素晴らしいですね。

しかし、しばらくWiiで遊んでいたが、飽きたのかなぜか俺と息子&娘の戦いごっこが開幕。
尻を棒で叩かれたり、叩き返したりのバトル。

子供って本気で叩くよね?固い棒で。
痛みの想像力おそろしく低いよね?こっちが優しく叩くのにね。
そんなこんなで、バトルを繰り広げて汗だく。

Wiiフィットもいいかもしんないけど、結局はアナログの戦いごっこが一番体力使うし楽しそうであった。

こちらは最高にくたびれたが…。



若者を悪者にするアプローチは悪手

自分が若かった頃を思い出してほしい。あの大人への反発や、社会への不信感…。
遅れてきた尾崎豊ともいうべき20代であった。

尖っているとかではなく、何者でもない感じが心もとなかったのではと分析してみる。

昨今の新型コロナで若者がかなりやり玉に上がっている。
街に繰り出すわ、田舎に帰るわと拡散防止とは真逆であると。

TVは「コロナ関係ないっす」と嬉々として語る若者を極上の素材頂いた!とばかり、オンエアする。
そして、叩く。叩かれると跳ねるのは当然である。

日本は、諸外国のようにロックダウンとか外出禁止して罰則を設ける、とかできないんだから、もっと歩み寄る必要がある。
ただでさえ、少子高齢化で未来の負債を負わされてしまっている若者たちなのだし。

しかし、エリアが違うからか、個人的にはおっさんのほうが、断然密集している印象がある。
とはいえ、おっさんたちも日頃から社会に鬱憤がたまっている。
やはり、激しいアプローチをしてはいけないだろう。

ドイツのメルケル首相がスーパーの店員に敬意を送ったように、人を動かすやり方をもっと考えるべきだろうね。

近いエリアに志村けんとクドカン…

ちょっとまえの武蔵野市(吉祥寺)の新型コロナ感染者3人。
おとなりの三鷹市7人。合計10人。
これは、居住者ベースらしい。
つまり、新宿のライブハウスで感染しようが、その人が吉祥寺に住んでいれば吉祥寺の感染者に数えられる。

知っている人は知っていると思うが、脚本家の宮藤官九郎は吉祥寺である。
そして、死去して初めて知ったのだが、志村けんは三鷹に住んでいたらしい。
けっこう、近くに居たのね…。

さきほどの数字に戻るが、吉祥寺3人のうち1人がクドカン。
そして、志村けんは三鷹。
もう亡くなってしまったので、元・感染者ということで、8人と仮定する。

吉祥寺と三鷹エリア感染者11人中、有名人2人…。
ちょっと街にでるのを躊躇したくなる確率である。

しかし、街はけっこう賑わっている…。こわひ。

感染防止にマスク意味ない…から必須というムードに

一ヶ月以上前くらいだったか、コロナの飛沫はマスクを飛び抜けるので意味ない、というニュースがホウボウであった。
ちょうど、マスクが買い占められて店頭からなくなった時期である。
ちょっと嫌だったのが、予防にマスクしている人を、若干あざ笑うかのようなニュアンスであったからである。

きっと、マスクの品不足を解消するための意味もあったのだろう。
WHOもそういってたので、実際、近距離の飛沫を防げないのはそうなんだろう。

しかし、俺はどうもしっくりこなかったので、マスクを着用していた。
在庫もそんなないので、3、4日くらい連続でつけながら。

そんで、最近の風潮はどうだろうか?
完全にマスク必須というムードである。そして、今マスクをしていない人たち。
無頓着なのではなく、もうすでに手持ちが尽きて持ってない人たちなのであろう。

今持って店頭のどこにもマスクがない。
なかには、マスク意味ない報道を受けて、誰かに譲ってしまった人もいるんではないか?
わからないけど。
意味がないよ、とマスクをせずに外出して感染した人もいるのでは?

一面的な報道を鵜呑みにするとやはりよくない。
これからいろいろなニュースが飛び込んでくるだろう。
その都度、自分で判断するべきである。
とくにこういったご時世は、情報の取捨選択はとっても大事。
そんなことを思ったきょうこのごろ。

雨の桜。
人間界がこんな感じにも関わらず、きれいに咲くよね。

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お店での支払いをほぼスイカにしてみた

世代的に現金主義である。
買い物でも、現金払い。
財布の1円もこまかく出して払う。

しかし、昨今、人との接触が危険という風潮がある。
そこで、行動パターンを変えてみた。
Suicaでの決済に統一してみたのである。

最初は、レジでスイカでって言うタイミングが分からずドキドキしていた。
しかし、慣れてくると、とにかく会計が早くていい。
誰かが持っていたお金に触れずに済むし、店員さんとの接触も極力減る。
お店側にしたって電子マネーのほうが楽だよね、どう考えても。
釣り銭を渡すワンステップが要らないわけだから。

そうやってSuica決済をしていると、いかに他の人が現金支払いをしているかがわかる。
やはり、日本はまだまだ現金主義だよね。
電子マネーとかカードを使うのに躊躇いがある理由の一つに「使いすぎてしまうから」、ってのがある。
でも、Suicaに2000円とか少額を適宜入れておいたら、その額にあう買い物をするので、そんなに使いすぎない。

意外に快適な電子マネー払い。
もう、現金払いにはもどれない!と思っていたので、普段からSuicaしか持っていなかった。
そんで、ちょっと時間をつぶすがてらスタバに入って、アイスコーヒーを注文。
「Suicaで」とスマートに言ったら、電子マネーは対応してないとのお言葉。
現金もクレカもない!

お金ないんで…とすごすごと退店した。
いやぁ、恥ずかしかったわ。

これ以来、Suica+千円札一枚ってのがスタンダードになりつつある。
やはり、現金ももっとかないとね、まだ不安だよ。
とはいえ、社会不安などが大変な昨今であるが、こういった機会に生活スタイルを変えてみるのもありだ。
ネガティブなことだらけだと疲れちゃうからね。

祖父母を頼れないつらさを感じる今日このごろ

子供が生まれてからその地の利を活かして、自分と妻の両親計4名をフル活用して子育てしてきた。
妻が切迫早産で二ヶ月入院したときだって、息子と二人だけだったらヤバかったろう。
祖父母には大変お世話になっている。

しかし、この新型コロナウイルスが猛威を奮って以来、極力というか完全に会わないようにしている。

もうかれこれ一ヶ月以上会っていない。
3月上旬の娘の誕生会をどうするか?というときも、念の為やめておいた。
現在の報道をみるにつけ、正解だったと思う。

特に俺の両親は75歳を超えているので、罹患したらただでは済まないだろう。
現在は、家に引きこもっているらしいが、そのままステイしておいてほしい。

こうなると、そのありがたみをヒシヒシと感じるのが育児である。

頻繁にではないが、家にあそびにいったり、来てもらったりして子守をお願いしていた。
それが皆無になると結構キッツい。
いまは妻がメインで子供と過ごしているが、かなり大変そうである。

息子が笑いながら雪玉を家に投げ込んだときの妻の激怒たるや…。
近所中に響き渡って、通報されないか心配したくらい。
まぁ、ずっといるとそういうシーンあるよね…。

俺も休日は育児にガッツリ参戦。
一応知恵を絞って、工作をやろうと焚き付けた。
とはいえ、よく知らないからネットで調べて、割り箸とゴムで作る定番の鉄砲を作ることに。

まずは、娘が割り箸が切れないとゴネる。
息子と娘がハサミの取り合い(超危ない)。
完成目前で飽き始める。
できた鉄砲を人に向ける(危ない)。

などなど、とても楽しいとはいえない(親にとって)展開てんこ盛り。

「お父さん、工作って楽しいね。次は何を作る?」
なんて目を輝かして楽しんでくれることを想定していたが、そうもいかんかった。

最後は、できた3つの割り箸鉄砲を束ねて三弾マシンガンに。
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一気に3つのゴムがとびだす仕掛けと見せかけて、なんか引っかかって全然飛ばない。
もういいやとゴミ箱行き。

工作教室を営むのも楽じゃないや。
やっぱゲームが楽でいい、ということでその後は、ゼルダの伝説を一緒にやった。

関係ないけど、今年の桜はなんだかより儚くみえるなぁ。
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