R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2023年03月

父の病とお墓の移動

父親も元気だが80代である。先日、初期の前立腺がんが見つかった。大事には至らなそうだが、心配した。よく考えたら、年齢的にも、ここ5年以内に何かのっぴきならない事が起こらないとも限らない。

父親が現在、気をもんでいるのが、お墓の問題である。

父の実家の長野に先祖代々の墓(いまのところ、2代)があるのだが、所属している寺がやたら金をとる。戒名料にうん十万、建て替えにうん十万といった感じに…。このまま俺に引き継がれ、息子に引き継ぐのはどうか…と悩み中であった。

そんなことを妻と世間話に話していたら、妻の両親がたまたま、昔引き継いだ墓があるとのこと。しかも、誰も使う予定がない。嘘のように都合のいい話が飛び出てきた。知らなかったのだが、墓というものは相続のみ許されており、他人に売ることができないらしい。なんとも、よくわからない世界である。

そんなこんなで、義父母は俺に引き継いでくれるという話になった。父親と先日その墓も見てきたが、いわゆるメモリアルパークであり、宗教・信条関係なくいろいろな人が入れる墓でめっぽう素晴らしいところだった。しかしながら、今ある墓の寺とのやり取りが懸念事項である。

寺だって人口減で、経営難であろう。檀家が去るのは止めたい。そこをうまく言いくるめて脱退したいのだが、結局はお金の話になると思う。うまく妥協点を見出し、移動できればいいのだが…。

この件で勉強になったことがある。人に悩みを話すということの重要性である。

なんでもそうだが、ことがオープンになるとそれに関して人はさらに他の人に話す。そうすると、まわりまわって、悩みが解決することが得てして多い。この墓の話も、俺が知らずに父が死んでしまったら、完全に取り残され、墓を移動するなんてことはできなかったかもしれない。

しかし、墓ってのも不思議なもんだ。

ここに父も母も俺も妻も将来的に入ることになるなんて…。そんな感慨に耽りながら見てみると、いやはや景色もいいし、改めていまある寺の墓地よりいいとこだなぁと思う次第。通いやすく、リーズナブル。

もし、この墓の移動がうまくいったら、また親孝行したような気になりそうなんで、全力で協力していこうと思う。

犬と桜

気が付けば春めいてきている。
桜の季節がやってきた。

心なしかきれいな桜に、散歩も楽しそうな犬さん。
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あまり散歩に行かないと、廊下に糞尿をまき散らす彼。
テロなのか抗議デモなのか判断付きかねるが、
効果は抜群である。

大富豪のパーフェクトなゲーム性

息子が大富豪をやろうと誘ってきた。正直まったくルールを忘れていたので、一から教えてもらった。簡単にいえば数字は「2」が一番強くて、「3」が一番弱い構成。ジョーカーは例外で最強である。

それぞれ場のカードより強いものを出しあい、手持ちが0なったら勝ちである。
ペアやトリオなど同じ数字のカードがあればそれを場に出す。するとその後からは、同じ枚数のものでないといけない。

UNOもよくできたシステムだなぁと思っていたがこの大富豪はそれを凌いでいる。かなり戦略が問われるゲームである。

また、初回に配られたときに強いカードをたくさん持っていると有利なのだが、「革命」といわれるカードの強さが逆転する場面も登場する。こうなると2が最弱になり一気に形勢が逆転する。息をもつかせぬゲーム展開である。

それ以外でも、「8」は「やぎり」と呼ばれていて、8を出したら無条件でその場が終わり、出した人から次が始められるというシステムも面白い。

息子との対戦、初めのほうは大人の戦略の強さを見せつけていたが、数日後には息子に勝てなくなってしまった…。10才くらいの脳にもはや太刀打ちできなくなっている衝撃…。

娘との神経衰弱はもはや早いうちから勝てなくなっていたが、これは記憶力の減退である。しかし、戦略脳も減退しているとなるとこれは社会に出て働いていてもいいものか…と疑問に思った次第。

閑話休題。
それはいいとして、この大富豪を発明した人は誰だろうか?知恵袋には小谷さんという日本の研究者の名前が載っているが、どうやら違うらしい。現状、作者不明である。

音楽なら印税がドカンと入ってくるだろうに。
いやぁしかし、ゲーム性が優れているといつの時代でも古びないねぇ。

スケボー少女現る

誕生日に粘ってスケボーをゲットした娘。祖父母と姉からの合同プレゼントである。親としては危ないので、リップスティックとかいう車輪を左右に動かして進むスケボー的なものにしてほしかったのだが。どうしても、スケボーじゃなきゃ嫌というので、仕方なく了解。
ヘルメットと防具のようなものも同時購入で結構な価格になった。
IMG_9892

知らなかったのだが、スケボーってそこらへんの公園でやるのは、ほぼ禁じられている。スケボーパークのような専用の場所じゃないとダメらしい。たしかに、注意深く見てるとスケボー禁止の表示がある。

ということで、スケボーパークがある小金井公園へ。
初心者用と中級者用で分かれているパーク内。とはいえ、完全な初心者はなかなかいない。足でこいでは転ぶ娘。そこはこうだよ!と俺もしびれを切らしてスケボーに片足をのっけて、もう片方の足で地面を蹴る。

その瞬間、スッテーンと転倒。

知らんかったけど、スケボーってめっちゃ危ない…。それ以来、実演で無駄に教えるのをやめた。よくみたら、いろいろな人が生きた教材として滑ってるし、動画とかでも多少レクチャーしているものがある。そういうのを見つつ、コツコツと練習を積み重ねる娘。

夕暮れ時にはあまり転ばなくなっていた。
スケボーは危ないんだけど、難易度が高い分達成感があるのかもしれない。なんだか楽しそうである。

それ以降も、ほかのパークを見つけて行ったりしている。小さい子供もチラホラいたが、たいてい父親もスケボーをしてやがる。親子スケボー族が多いようだ。それを見て、ちらっと俺もやったろうか!と思ったがすぐに考え直した。

下手に骨とか折ったらヤバいだろう。
なんとなく運動能力的に滑るのはイマイチな気がするので、応援のみに回ろうと決めた次第。しかし、滑らないのに、スケボーパークに3時間とかいるのは結構つらいんだよネ。

やっぱやろうかな…。悩みどころである。

映画ドラえもん 空のユートピア見に行った

いやぁ、けっこうヤバかった今年のドラえもん映画。
前半こそ、これは眠いや…とウトウトしてしまったのだが、中盤から一気にスパートかけてきやがった。

途中までは、なんだかジャイアンもスネ夫もしずかちゃんも、ドラえもんですらちょっと薄い存在感だった。今回の主要キャラ、猫型パーフェクトロボットももう一つ。しかし、敵さんが出てきたあたりから一気に覚醒。

昨今の戦争の世界情勢なども絡めつつ一気にヒートアップした。

個人的には、個性をなくして優しくなったジャイアンが、元の自分に目覚めるシーンに震えた。
映画でだけ頼もしくなるジャイアンは、俺の子どもの時からの定番である。
この定番のジャイアンとともに定番なのが、タイムスリップのタイムラグを用いた演出。
あの時のあれは、これだったのか…の最上級の演出が施された。

なんだかすべてがバチッとハマる気持ちよさと友情などの定番の感動がほどよくブレンド。
もしかして、ドラえもん映画で一番好きな作品になったかもしれん。まさかドラえもんの映画で泣きそうになるとは思っていなかったよ。いや、いい作品だった。

MSX PV-7ユーザーはみなトモダチ

最近小学生に「ひろゆき」が流行っているらしい。
息子も少し前からなにかといえば、「それってあなたの感想ですよね」と言ってくる。この文言、どこの場面でも使ってくるから質が悪い。

たとえば、誕生日とかなんでもないのに、ゲームソフトをおねだりする息子。そりゃもちろん、「なんでもないのに買わないよ」という。ごく当たり前の発言である。その返す刀で「それって、あなたの感想ですよね」と言ってくる。

「えっ、いや、まぁそうだけど…」ここでひるむ、俺。
「子供の好きなことをやってくれないのは、駄目ですよね」と宣う。いやいや、無茶苦茶じゃないですか。とにかく、ひろゆきの口調を真似て、ああいえばこう言うという論破が流行っているようである。いや、論破もできてないけどね。

そんな具合で、親としてはひろゆきってなんかなぁと思っている。
ところが、先日気になる記事を発見。いっきに親近感がわいてしまった。ひろゆきって俺とほぼ同じ年代。この年代は、ファミコン直撃世代である。ほとんどの子供がファミコンを持っていた世代。

しかし、どんなわけだが、ファミコンじゃなく似たような金額のあるモノを買い与えられた子供が少数いる。
そう、MSXである。
ゲームができるマイコンだ。その中でも、カシオのPV-7というのが、ファミコンが品薄だった時期、その隙間にふわっと入り込んだ名機だ。ファミコンではなくそのPV-7に捕らわれた少数派がおれである。

そして、ひろゆきもまさに同じような経緯を経て、PV-7を買い与えられたとのこと。
PV-7で誰かが作ったプログラムを写して入力し、RUN(実行)を押す。すると、ゲームが目の前に現れる。あの経験は、いまだに忘れられない。

このゲーム開発の原体験が、その後のひろゆきの様々な活躍の源泉であったらしい。
俺も、いろいろなプログラムを写した。そこから、プログラムに興味を抱いたが、その後親戚からファミコンをもらい、すぐにスーパーマリオの虜となり、MSXを卒業してしまった。

もっと、そこから深く入り込んでいれば、プログラマーになれてたのか…という悔恨をいまだに抱えている。

だからか、今更ながらpythonというプログラム言語の勉強をしている。

なんだかわからないが、昔MSXユーザーだったやつに悪い奴はいなかった。きっとひろゆきもいい奴に違いないという、変な確信を深めてしまった今日この頃である。
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