R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2024年03月

不登校の親から思う…本当の共感とは

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よくあるなぁ、新学期始まるころにメディアに踊る不登校は悪くない、というような記事。
逃げて大丈夫というような記事。
本当によくわかる。そう、つらいよね逃げていいよ…と。
最近も、芸能人のママタレみたいな人が、不登校に寛容な態度を示す記事があった。
フリースクールに行くのもひとつの手である、と。
まぁ、そのママタレさんの子どもは当然ながら不登校でもないんだけど…。
あくまで、想像して共感をしているのだ。もっと踏み込むと、自分の子がそうなったらと。

共感ってすごい大事。そして、共感は想像力である。
想像とは実際に起きてないことをあたかも起きているかのごとく考える力だから。
それがなくては、始まらないといえる。

でもね、いつもそういった記事は不登校になる子供に向けられているのよ。
だから、まなざしが優しいし、言ってしまえば無責任なのだ。
不登校児をもつ親に向けられた記事は、かなり少ない。

なぜなら不登校児の親の気持ちは、そうなっていない人には全くわからないといえるからである。

俺がそうだから。
今となっては、週1行かないくらいのプチ不登校で、分かった気になっていた自分を恥じたい。
完全不登校の恐ろしさたるや…。

不登校に寛容な気でいたが、結局自分の子どもは完全不登校ではないのなら、それは綺麗ごとであった。
不登校児の親は、着地点としては子供の不登校を認めてもう何も言わない というところに行きつく。
だが、そこに行きつくまでの修羅場たるや。暴言、暴力、虚脱、自虐、劣等感。
親と子ども双方が傷つけ合い、ボロボロになった末に不登校が出来上がる。
対外的にも担任との話し合いや、給食費とめたり、荷物持って帰ったりも結構キツイ…。

いきなり不登校児を、OK分かった明日から行かんでいい!と認めらる親なんか、いるんかな??レアだろうね。
認めたところで、
・毎日子供がゲームをしている。
・給食がないので、栄養が偏る。
・勉強をまったくしない。
・単純に家にいるので、家を簡単に空けられない

などなど親にとっては困りごとのオンパレードである。
学校とは、子どものためというより親のためのものであるといっても過言ではないくらいである。
これは、ある種の新しい視点といってもいい。

なら、フリースクールに行けばいい?
いや単純に金がかかるし、フリースクールったって本人はそう簡単に行かないのよ。

不登校を認めて、エネルギーを貯める期間が必要?わかるけどね。それ、いつまでなのよ!
そう言っている間にも、他の子どもたちの元気な声が外から聞こえる。
その劣等感たるや…。他の子ができることが自分の子はできない…。という。

こういった、日々の心配事に加えて、他の子と比べてしまうということからも耐えなくてはならない。
もう、厳しい寺の修行僧を超える忍耐力を持たないと耐えられない。
そんな時に目にする、不登校…いいじゃない。という記事の腹立ち度たるや。
んじゃ、われの子がなっても言えるんだな!という理不尽な怒り…。

そう、お気づきだろうか。不登校は子供はもちろんだが、親がいい年齢になった自分自身と対峙しなければいけない、そして価値観をガラリと変えていかなければならない機会なのである。
そこそこ、社会経験も積み、あとは子供を育てつつ、年齢を積み重ねていけばまぁいいか。と思っていたのに…。
これは大変である。
これを、あの時は大変だったなぁと他人ごとで語れる日が来るようになるのだろうか。
先が見えないトンネルを進んでいるときに、大丈夫大丈夫、逃げていいよという無責任さ。
いや逃げてトンネル入ってんだけど!
トンネルにいない人に、共感を求めるのは無理があるなぁ。やはり、同じように暗闇に逃げ込んでしまった人達しか、共感はできないのである。しかし、暗闇だけにお互い会うのも難しい…。
なかなか難易度が高いのです。

ハリーポッターのスタジオツアーに行ってきた

かのとしまえんの跡地に、ハリーポッターの何かができたという情報は聞いていた。としまえんは子供の時何度か行ったので、なくなったのは寂しい限りではあるが、その後の施設も気になっていた。

この度息子と妻のたっての希望で、こちらへ行ってきた。
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娘と俺は実はハリーポッター2作くらいしか見とらんので、あまりファンではない。
妻と、不登校中に連続で映画を鑑賞した息子は、すっかりハリポタの大ファンになっている模様。

なにやらディズニーランドのようなアトラクションを予想していたが、歩いてみて回るだけという。なにそれ!?と娘と落胆する。
そこで事前に細かく調べた息子が大反論。楽しさをアピールしてくる。歩いて4時間かかるスタジオツアーらしい。ちょっと面倒だなと思いつつ、いざ現地へ。

小腹を少し満たしていざ、中へ。スタッフさんの説明があり、大きな扉が開く。

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そこは、まさにハリーポッターの映画の世界観そのまま。圧倒的なクオリティで迫る数々の小道具。なにげに、面白かった。

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これは映画を観ていたファンはたまらんだろうな。そこかしこに、映画のローブを着たお客さんがいる。魔法の杖も持っている。エクスペクトうんたらかんたら…。呪文をとなえる準備万端。
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中には、派手なアトラクションはないが、映像を楽しむアトラクションがあった。
映画の中の競技(なんだっけ?)の観客になって喜んだり―ブーイングしたりして、それを後で映像にはめ込んだりする。

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あとは、箒にのって、空を駆け巡ったりするのもおもろかった。
基本映画のスタジオツアーだけに、映画がどのようにできたかを鑑賞するツアーであった。

普段あまりこんな本格的な映画の小道具や美術を観る機会がないので、とても面白かった。
JKローリングの紙とペンのみで描かれた世界が、数多のプロフェッショナル達の手により、映画になり、世界中の人たちに共有される。とんでもないことだなぁと思う。
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物語やアート、CG、サウンド、様々なものが融合してハリーポッターという世界が出来上がっているんだなぁと感動した次第。

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帰り際、終始つえが欲しいといっていた息子。
かなり腕白に粘って、ハリーのつえをゲット。
娘はファンでもないのにハーマイオニーのつえ。
ご満悦の二人であるが、その日一日で、食事からなにからとんでもない散財である。
きっつ。
くそぉ、5600円(名前入り)もする高額な魔法のつえ。
なんかご利益をくれせめて、とばかり「不登校(息子)と緘黙(娘)よエクスペクなんとやらー。」と心の中で呪文をとなえといた。

ヤフーニュースのコメント欄の補足力

いまやニュースといえばネットのヤフーに掲載されるニュースが一番見られている。
あの限られた何文字かでタイトルを表現するのが、大変だというような番組もやっていた。
ヤフーニュースといえば、そのあとについてくるコメント欄である。
だれでも好き勝手コメントできるので、かなり辛辣なときに暴言に近いようなコメントも多い。
最初はこのコメント欄はいらんのでは、と思っていたが、意外とニュースを補足してくれるコメントも多い。

最近なるほどと思ったものがあった。
映画監督の園子温の性加害問題で、出版社と園が和解したという記事。
これにより、出版社が当該記事を削除したというものである。

この記事だけ見るとどうだろう。
そう、園子温が完全無罪を勝ち取ったようにうつる。
出版社のでっち上げ記事である。気の毒な監督であると、俺も思った。
何気に「自殺サークル」から「愛のむきだし」まで観ていて結構ファンである。

しかし、補足を何気に読むと、いや、この和解というのは無罪とは異なることが理解できる。
園子温に被害を受けたと訴えたタレントの女性がいた。
顔出し実名で訴えた彼女が、じつはその後自殺しているのである。
少し気になったので、見ていたから知っている。しかも、幼い息子がいたはずだ彼女は。
どれだけのプレッシャーをかけられたのか、想像に難くない。

和解とはつまり、女性が亡くなったことで性加害の証明が難しくなったのが大きな要因だという。
出版社ってのは、いっても営利企業である。それ以上戦って裁判費用がかさむことを望まない。
その時の雑誌やweb媒体の売上で十分稼いだので、これ以上かまえても仕方ないと考えて和解したのだろう。
勝訴じゃないところがミソである。ただの和解である。

日々流れていくトピックのみ見ていると、まったく異なった理解をしてしまいそうである。こわいね。
案の定ガクトかなんかは、そのままとったようで、SNSで無罪だったのにこれはどうするんだ?出版社 みたいな発言をしている。
ちょっとキツイな、と思うがまぁ仕方ないだろう。和解というパワーワードはそれだけ強い。

まぁそんなこんなで、ヤフコメで結構理解を補足されることが多いなと感じる。
逆に、これも違ったりしたらよくわからなくなるが、たぶん間違っていないだろう。
なにしろ、人間性的にそういう人だなぁと園ファンは少し思っているはずだ…。

新所沢のパルコが閉店したらしい

2/29をもって新所沢にあったPARCOが閉店したらしい。

ここには、レッツシネマパークという映画館があって、小学生のころよく行った。
思い出深いのは、小学校の時友達と行ったこの映画館で見た「バックトゥザフューチャー」である。
とんでもなく、面白い映画を観たというあの興奮。
今もこの映画は自分の中でBEST3には入る名作である。

また、このころよくあったのが映画の二本立てである。
なにかを1本観たあと、エンゼル・ハートという映画が2本目に始まって、
こちらがなんだか心理的に怖い映画で、途中で友達と退出した。
シンプルに4時間も子供が映画見らんないよ!
そんな思いでもたくさんある。
というか、パルコについては、やはり映画館が大きかったなぁ自分の中で。

シュワちゃんのプレデターとかも観た。家族より友人といった記憶の方が多いのは、
やはり家から行きやすい距離にあったからであろう。

時は流れて、まったくパルコには足を運ばなくなってしまったが、常にこころの片隅にはあった。
やはり閉店してしまうのは寂しい限りである。
新所沢も徐々に開発されていくのかな?

少しやさぐれていた高校時代は、新所沢の駅前でパチンコをひそかに打って、パルコを人知れず散策した。
いややっちゃ駄目だけどね。
なにか、今考えると高校の時は、学校に行くといって、川越や新所沢のパチンコ屋に足を運んで、夕方までパチンコをやっていたという記憶がよみがえってきた。
息子の不登校に悩んでいる今であるが、いや、俺も結構学校嫌いだったのかもなぁと思う次第。
いや、学校サボってパチンコって結構ひでーないま考えると…。そして、成績はクラスでも下から2番目をキープ。

まぁ変なところに記憶が飛んだが、とりあえず、ありがとう新所のPARCOよといいたい。
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