R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2025年12月

赤坂のサウナ事故の怖さたるや

もちろん、プライベートサウナなどに行けるような経済的余裕は皆無である。
とはいえ、一か月に1、2回度程度スーパー銭湯的なところでサウナを楽しんでいる。
いわゆるエセサウナ―である。
きっかけは、高学歴ニートで有名なphaさんの著書を読んだことである。
あのphaさんがサウナに目覚める瞬間のみずみずしいエッセイがとても良かった。

そしてサウナのメカニズムは理解したのもよかった。
曰く、サウナで血行が活発になる→水風呂に入り血管が収縮する→水から出て椅子に座る。
この椅子に座ってゆっくり目をつぶるという行為が重要であったのだ。
収縮した血管が、すこしずつ元にもどってくる。
その際に、なにか得も言われぬ快感があるという。

たしかに、この椅子に座って目をつぶっているとき、
やたら聴覚が敏感になる。
心を無にすると、もはやメディテーションなのである。
普段の床に座っての瞑想はなんどか試したがピンとこなかった。
しかし、サウナ後が瞑想に近く、きもちいいーとなっていたのだ。
1度で終わらず、2回くらいローテで繰り返すのもエセサウナーっぽいでしょう。
その効能を完全に理解してたとはいいがたいが、趣味も少ないし
とりあえずサウナやってけというわけで、サウナが自分のリラックスの手段として定着していった。

そして今回の事件である。もはや、殺人事件に近いくらいの恐ろしさだ。
サウナからさぁ出ようと思って立ち上がったとき、のライフは経験がある人ならわかるが
もはや1くらいである。
ややフラフラなのだ。ギリギリまで我慢することで、次の水風呂が生きてくる(と教わっている)
なので、ギリギリまで耐えるのだ。
そう、ここでサウナから出られないなんてあり得ないのである。
あと一分も耐えられないから出るのである。
仮にもう少し耐えられるのなら、もう少し耐えてから出ているのである。

そこでドアが開かないなんてありえないのだ。
夫婦でプライベートを楽しんでいたらしい。
きっと席をたったところまでは、リラックスしていたのだろう。
そこから、出られないとなって絶望するまで
男性がどれだけ奮闘したかは続報で詳細に分かった。
その状況を脳内でシミュレーションするにつれ、こわくて震え上がる。
しかも最愛の妻も一緒など…。
最悪、一人だったらいい。まだ妻が生きていて、
幼い子供を託せるんだから。
とりあえず、木の柱に遺書でも書くかもしれない。
それができなかったのは、やはり夫婦一緒だったから
なにがなんでも生きて出なくてはいけなかったのだ。

ニュースなどでは、ドアノブ型はサウナでは非常識だ、などと語る専門家や玄人サウナ―が多い。

いやいや、だとしたら。
じゃあもっと先に誰かが批判しろよ。
きっと、ジローラモ以外にだって詳しい人が体験したり、見たりしていただろう。

その時点で、いやこれは危ないからやめなよ と言ってくれればよかったやん。

こういう高級店なんだから使うユーザーたちだってサウナの達人たちだろう。
ちょっとSNSに載せて、これは少し怖くないか…とでも呟けばよかったではないか。

結局は、その誰もが違和感なく楽しんでたんだろう。
あり得ないつくりではなかったということじゃないか。
非常ボタンが入っていないのは、たしかにわからないがあり得ないだろうけど…。

結局は、こういった事件が起きて、批判され再発防止などが叫ばれるのだ。
予防できる人は山のようにいたのだろう。
それは経営者が一番わるいのはたしかだが…

この夫婦は、プライベートサウナに警鐘を鳴らすために命を落としたのか…。
あまりにも可哀そうだ。
そんな命の使いたかってない。気の毒を通り越している。

エセサウナ―である自分自身も、サウナがもはやいいものかも不審に思いはじめている。
そういえば、サウナいったあとってやけに疲れているなとかいっちゃって。
しかし年の瀬に衝撃的なきつい事件である。

病をともにした友の死

今年、知り合いが亡くなった
貴重な病院友達だった。
ただの、病院ではない。いわゆる精神科の入院病棟である。
そう、かれこれ20年くらい前、鬱で無職で悲惨な状況の時があった。
そのとき、親に病院にぶち込まれた(と被害妄想…)

病院では、寝て起きて薄味のご飯をたべて、クリスを飲んで寝て起きて、薬を飲んでの毎日。
そんな中、転機が訪れた。
ヘビースモーカーだった俺は、死にたい気分を抱えながら談話室のような机で死んだ魚の目をしていた。
時折叫んだり喧嘩が始まるのを横目に、なぜおれはここに…と絶望していた。
そんなとき、同じ階に入ってきたのがA氏。
同じスモーカー仲間からか、話しかけてくれてぼちぼちと話すことに。
たしか5歳くらい上であった。
話す中で、鬱というのは繰り返すこと、そして社会復帰してからももどってくる人が多いし
俺もそうだ みたいな話をきいた。

完全に孤独であった自分の心がA氏と話すことで和んでいったのを覚えている。
いわく、俺だけではなかった…いやおれ以上の人が結構いるのだと。

自分が入院していた部屋は4人部屋。A氏との絡みで少し元気が出たのか横のおじさんと話す余裕がでてきた。
おじさんは、宗教妄想というのにとりつかれたらしく小さい工務店の社長をしていたが、
借金をして転落。精神を病んだそうである。
単なるといったらなんだが、鬱だった自分には分からない闇の世界がそこには沢山広がっていた。
いまでいう統合失調症の男性は、常に新聞記者に狙われているといっていたし、
20年歯を磨いてない人もいた。ボロッぼろである。

自傷行為で、にこやかに手首から血を流す女性もいた。元電通、東大、京大、高学歴の入院患者もいた。
名の知れた芸術家もいたりして。
精神科はベテランだったA氏にいろいろなことを教わった。
それが、直接的に自分の病の回復につながったかは分からないが、
きっかけにはなったろう。

そこから、退院後もたまにもう一人の病院友といっしょにあったりした。
そこから10年以上直接会うことはなくなったが、年賀状のやりとりはあった。
そして、二年前に久しぶりに飲みに行ったのだ。
近況を報告し、みな元気でよかったと言い合っていた。

今年に入り、A氏のメンタルがかなり厳しいことになっているのは感じていた。
再婚した奥さんとの不仲などもあり、愚痴が激しくなっていた。
こちらも、余裕がないためあまり深くは関われなかった。
今となっては悔やまれるが、ある日知らない電話から着信があり留守電を聞いたら
あったことはないA氏の奥さんからである。
嫌な予感がして、折り返すとA氏が亡くなったと。
奥さんを締め出して、一か月部屋で孤立死をしたと。
季節柄腐敗がすすみ見る影もなかったと…。

なんという悲しい死に方だろう…。自分にはなにかできたろうかと
思うのだが、人の死に関してできたことなんて結局はないのだ。
精神的に病むということは、すべてのことを差し置いて悲劇的なことである。
元気があればなんでもできるというのは猪木の名言だが
これは、その通りである。

逆に元気がなければなにもできないし、死に近づく。
貴重な病院時代の友をうしなった悲しみはつづく。
それでも、ともに過ごした時代やその後の再会は自分にとっては掛け替えのないものであった。
自分だっていつ死ぬかわからない。
それでも、エネルギーがあるうちは妻や子供を大事にしながら生きていきたいなぁ。

12月になってたのか

光陰矢の如し。やはり忙しいとブログとかも書かなくなるのだな。
一か月もあくとは思わなんだ。
まぁ、いいんだけど。
ここ最近は熊が人を殺し始めたり、物騒なことが多い。
こういう時に、都会でよかったと思うのだが、
おもえば、不登校ピークの昨年は自然豊かな場所に、移住するか
本気で悩んでいたのだった。
まじで、しないでよかった。
熊だけじゃなく、やはりコミュニティが無理だ。
都会のマンションの自治会ですら無理なんだもん。
シンプルにめんどくさい。

そんなこんなで最近思ったこと。
娘とスケボーパークに行くのだが、
本当にジジイが多い。
フジロックの高齢化などもそうだが、
昔は若者しかいなかったようなカルチャーに
ジジイがいるのだ。

原理は簡単である。
若い時にスケボーやロックに触れた人が、
ジジイになっても触れ続けてるからである。
なんでだろう、
自分ももちろんジジイである。
バンドなんかやり始めちゃってもいる。
ジジイのくせに楽しもうとしているのである。

同類嫌悪なのか、
何かジジイが楽しんでいると腹立っちゃう。
ジジイのくせになに、スケボーやってんだよ…みたいな。
これが、社会が高齢化するということなのかもしれない。
若者が至るところからいなくなり、
かつての文化をひきづったジジイがそこにこびり付いている。
だからこそ、若者がスケボーとか音楽やっていると
応援したくなるんだろうか。
うまく表現できないけど高齢化ってなんか嫌だなぁ。
スポンサードリンク
アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

お問い合わせ