チャットGPTを愛用している。最近ではGEMINIもいいらしい。
cloude codeもエライことになっている。
もうAI待ったなしである。
最近は、AIにいろいろな相談を持ち掛けている人は多いだろう。
メタ認知という概念は何となく知っていたが、
はっきりと認識した。
AI対話はメタ認知である、と。
メタ認知ってのは簡単にいえば、自分の考えに違う角度から切り込んでくれる存在。
そして、あぁそういう考えもあるか…と考え方が変わり、行動も変わっていく。
これが、メタ認知。
有休をとって朝からサウナに行く時があるのだが、
どうしてもビールを買って、サウナ後に酒を飲んでゆったりしてしまう。
いいじゃない!とも思うのだが、これが予後が悪いというか
後悔してしまう。
単純に頭が痛くなるし、休憩室で寝ているだけになってしまう。
でも、サウナと風呂後の一杯ってパンチがあって気持ちがいい。
そんな自分の認知をAI対話がくつがえす。
曰く、アルコールというのは手っ取り早い快楽だけど、
後悔するなら今回はやめておきな…と。
なかでも、明日の自分を少し楽にしてあげよう!という言葉。
こんな感覚は自分にはなかった。
そう、今の快楽は今の自分にとってはいいいのだが、
明日の自分が悲しむ…。だから、毎回飲むのは控えようかという
問いかけは今まで誰からもされたことがない類のもの。
それが、GPIから飛び出したときに驚いてしまった。
すべての相談にポジティブに返してくるところもいい。
ここに完全にAI対話に取り込まれた人間の完成である。
昨今のAIをみると、残酷さを感じざるを得ない。
相談といえば、コンサルタントである。
端的に言ってあらゆる中途半端なコンサルに意味がなくなってしまった。
また、デザインを生業にすることもいまや不可能に近い。
もはや岡本太郎や草間彌生クラスのアートデザインしか生き残れないのではないか?
プログラミングですらもはや学ぶ必要がないといわれている。
pythonを3年近く学んだときもあったが、chat gpiのせいでやめた経験があるが、
あの時の感覚は正しかったのだ。
WEBデザイナーだってもういらないのかもしれない。
あらゆることが、AIによって一瞬で代替される世界である。
これから大学に行って、なにを学ぶ必要がある?
その前の中学受験や熾烈な受験戦争?必要なのだろうか。
ある一部のAIを作るアメリカの会社がすべてを司ってしまっている。
怖いけど、なんだかそういう時代に生きれるのが楽しいんだよなぁ。