R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2026年04月

死ぬ間際でも耳は最後まで聞こえているという説

耳という器官は一番強いという。
よくいうのは、死ぬ直前も耳だけは聞こえているという説。
そのわりには、耳が遠くなるのも早いが、どうなんだろう…。

でも、最近目より耳がやっぱ強いなと思う。
以前は、読書を趣味としていた。
が、目が疲れやすくなり老眼も重なるとなにかを読むという行為が、かなりしんどくなってきた。
でも、情報は得たい。
そうなると、耳で聞いて情報を得る。
不思議と耳はいくら聞いていても疲れるということがない。

voicy など音声だけのサービスを以前は需要あるのか?と思っていたが、
これはなかなか悪くないのである。
目から入る情報と耳から入る情報だと頭に残りやすいのも耳ではないか…と感じている。

最近は楽器もやるからか、音楽もよく聞いている。
電車での移動中は基本、本を読んでいたのだが
最近は耳にワイヤレスイヤホンを入れる機会が増えた。
読書好きとしては忸怩たる思いがなくはないが、
身体の衰えとはこういうものなのだろう。
できなくなったとしても、別のもので代替する。

たしかに人間は生まれたときに目はほぼ機能してない。0.01くらいの視力らしい。
しかし、耳は妊娠6か月くらいの胎児から機能しだすという。
おなかを通して様々な情報を耳でとりいれる。
(この説ただしいか?)
ということで、耳から生まれ耳を残して死んでいく人間にとって
耳というのは大事な器官なのである。

ただ、目が見えなくなるのと耳が聞こえなくなる障がいならどっちをとるかと言われれば、
耳が聞こえないほうを選ぶ。
だって、やっぱり家族の顔とかみたいじゃない。
耳は代替として手話があるからね。

ここにきてうまいギタリストになりたくなってきた

エレキギターをアルバイトの先輩よりもらったのが20歳のころ。
すでに、遅いといえばおそい。
たしかフェルナンデスの黒いギターであった。
そこから、興味をもってチラチラと練習していたが、まったく上達せず。
完全なる独学なので、コードなどの意味もわからず。

とにかく教則本を購入して、四季の歌を弾いたりしていた。
かなり古くくさいものに手を出していたな と今ならわかる。
そこから、スピッツのチェリーを何とか弾けるようになったころには、
コードがある程度できるようになっていた。

そして、就職。あまりにも社会人生活に覇気がなさすぎて、
大学時代のギターがうまい友人と、なにかしようかと話して、バンドを組んだ。
このとき、我24歳。初バンドにして、結構な歳である。
就職浪人していたまったく音楽素人の友人も覇気がなかったのをいいことに
誘い、無理やりドラマーにしたてあげ、スリーピースバンドの誕生である。

休日に練習していたら、やっぱりライブに出たくなり、オリジナル曲でデモテープを作ったあたりは
なかなかの青春といえたのではないか。
それから4年くらいバンドをやった。
バンドは社会の縮図である。うまく行っていた時もあれば、険悪になったり、それでも立て直したり
夢をもったり、崩れたり。いろいろなことがあったが、何気に社会人である。
浪人していたドラマーも仕事を得ていた。

結局は、喧嘩別れのようにバンドは空中分解した。予定していたライブもキャンセルとなる体たらく。
なかなかおもしろかったなぁ。若かった。

そこから、時は流れまぁ適当に遊びでそのとき音楽ができる人と、スタジオは行ったりした。
でも、あんなに頑張ったことはなかったなぁ。
だが、ここにきて酔った勢いで募集したバンドが集まってまるで知らない人たちと結成。
そこでリードギターをやることに。
まえは人材難で、ボーカルベースだったので、本格的なギターを弾くのは初めて。
数か月に一度くらいしか集まれないが、これが楽しいのだ。

いままで買ったことのないギターマガジンも買っちゃって、ギタリストの研究もしている。
ギターって楽器は不思議である。
なぜこうも人を惹きつけるのだろうか。
エフェクターも売ろうと思ってて手元に残ってたRATがいい味を出してきている。
もうこれは死ぬまでになかなかのギタリストになるということを目標にしてもいいんじゃないかなと思うくらい。
さすがに、この年でジミヘンやカートコバーンみたいにODや拳銃自殺とかしないだろうし。

ギターとそれを披露できる場があるということは、幸せである。
とりあえず、バンドとサウナをしばらくの趣味にしていこうかと思う今日この頃。

ONICHA飲んだ

ヒカキンでおなじみのONICHAである。
子供がYOUTUBE大好きで、まぁヒカキンもみているよね。
カップラーメンのみそきんも辛みそきんもよく買ってくる。
この度だいぶ炎上していた、ヒカキンプロデュースのただの麦茶ONICHAである。
とにかく、もったいぶった割にただの麦茶かよという声多数。

インフルエンサーたちもこぞって麦茶を面白おかしく批判したりしている。
もうすでに、そのことがこの商品の知名度をうなぎ上りにさせている。

自分は全く興味なかったが、息子がさっそくONICHAを買ってきた。
いざ試飲。
ちょっと薄いかな、でもまぁ薄すぎはしないかな くらいの麦茶である。
もう焦点が薄いか、薄くないかになっている時点でおかしなことになってる!

冷やして飲んだら美味しい!ってそこ麦茶の特性ですから。
そんなこんなで、ただの麦茶でこんなに賛否両論を巻き起こすという
商法で今回も成功したのだ。

もはや、このクラスで有名になっているインフルエンサーはなにをしても強い、
というのを感じた今回の件。

娘までONICHAを手に入れて、楽しんでいる。
ビニールのラベルがちょっとした、運勢占いになっているのもいい。
自然と分別しちゃってるもんね。
まぁ、大吉だろうが小吉だろうがどうでもいいんだが。

体を売る若い女性たち

映画の炎上を見ていて思ったが、メンタルをやられた若い女性が繁華街に集う。
しかしメンタルが病んでいるので、いわゆる普通の仕事は難しい。
そうなると、もはや稼ぐ手段は体を売るしかない。
ある程度のノウハウを持っている先輩もいるから
やり方を覚えれば、若い女性であればだれでも体を売ることは可能である。

しかも、小一時間ほどで2~3万円を稼ぐことができる。
それでいて、高度なスキルはいらない。
なにしろ、買う方は風俗とは違う素人と性行為をすることが一番の目的だから
接客とかもいらない。若い女性がそこにいさえすればいいのだ。

新宿界隈の立ちんぼといわれるスポットに若くきれいな女性が性を売る。
自分が若いころは街頭に立つ女性はフィリピン人などの外国人が多かった。
そう考えると、かなり様変わりしてしまった気がする。

その様子をみて、失望したり非難したりしてもどうしようもない。
そこに立つ人には、そこに立つ事情があるのだろうから。
できるなら、やりたくないというのは本音だろう。
しかし、生きるためには仕方がないのかもしれない。

仕方がない…ほんとうだろうか。
自分の娘だったらどうだ?幼い時から手塩にかけて育てた娘が、
どこぞのじじいに、嫌々股を開く。
気が狂わんばかりに嫌だな。

結局は他人事なのである。たしかに動画で大久保界隈の立ちんぼなどをみて、
こんな美人さんが…などと思うのだが、ほとんどAVを鑑賞している気分なだけである。

そんなことはやめてくれ、と叫んだところで彼女らの食い扶持を与えられるわけでもない。
市場原理とはかくも残酷である。
会社ではそこそこの役職があるようなおっさんが、
娘の年代のような子たちを性的対象としてみて買う。

売春というは昔から存在する。
需要と供給にもとづいておこなわれていることは、
他者がどんなに理屈を述べても終わることはない。

近しい周りがそうならないようにサポートすることのみである。

支援のリーダーは情熱のみ

バイトを一個増やしている。
いわゆるトリプルワーカーである。
聞いた感じでいえば、働き過ぎである。
しかし、意外と大丈夫なのは肉体労働ではない仕事が多いからだ。

NPOの支援団体の事務が3個めの仕事である。
主に困窮した外国人を支援している。
なんだかよくわからなかったが、最近は知識が増えてきて
不法外国人が犯罪…というシンプルな構図ではみれなくなってきた。
もちろん、そういうよからぬ場合もあるが、まじめに生きようとしている外国人も多い。

こちらのNPOは随分前に立ち上げたらしい。そのリーダー人とよく話すが、
なんというか、支援団体の長はこんな感じなのかもなと思った。

なんというか、外国語ができるわけでも専門資格があるわけでもない。
ひたすら現場に赴く人である。
こういった団体のリーダーには特殊能力などいらないのかもしれない。
ただ必要なのは、その動機と情熱である。
そして、情熱があって矢面にたってつづけていると、
その人をサポートする人が現われる。

その人たちが、いろいろなことを担ってくれる。
つまりは、人間的魅力にひとが集うのだろう。

たしかに、嘘がない人柄は魅力的かもしれない。
溺れようとしている人が目の前にいるときに、いちいち服装を確認して、ジャケットを着て、
あぁそういえば、水泳の資格もなきゃななんて思ってたら、アウト。
とにかく、動く活動家であることが条件なのかもしれない。

オークションにハマる

一回り上の職場の友人がいて、たまに連絡をとっていた。
しばらく音信不通だったが今年に入って久しぶりに会った。
どうやら、白血病になっていて死線をさまよったようだ。
骨髄移植が成功していまは、経過観察しているとのこと。

その友人は、どうやら三葉虫の化石集めが趣味であったらしい。
化石といえば石にはめ込まれた形を一般的には想像するが、
彼の持っているのは一味ちがう。

発見時石の中にあった化石を、専門家が細かく削りながら
その正体をあらわにさせたものである。
三葉虫といえばコウロギみたいなのを想像するが、
いろいろな形のものがあり、なかには外敵が来た際に
体を丸める防御姿勢(エンロールというらいい)をとっているものもある。

そんな数々の化石のコレクションを、なんとくれるというのだ。
売ってもらってもかまわない…と。
なにか死を意識して断捨離をしてるとのこと。

まさか…いいのか。と思いつつありがたくもらうことに。
もともとメルカリで不用品の販売をしており、出品者レベルも8までいった俺。
ためしに化石をオークションで出してみた。
驚いた。数人がひしめき合って競り落とし合戦を繰り広げるくらい人気の品だった。
オークションって競ったことも出品したこともなかったんだが、
ものすごい楽しい。
自分をみんなが欲しがっている。告白合戦を受けているかのような気分になるのだ。
シンプルにきんもちいい!
数千円ガッとあげた人が競り落とすかに見えた数秒後に、それより少し多めの金額を出す何某。
終わる寸前まで続くオークション合戦を酒の肴に、どんぶり飯なん杯でもいけそうな感じである。

何事もやってみなければ分からない。
オークションの魅力に化石のおかげで目覚めてしまった。

平日の郊外の映画館は天国である

平日、有休をとって野暮用がてら埼玉の実家へ。
せっかく電車に乗ってはるばる来たのだから…と昼過ぎに映画に行くことにする。
普段よく実家には行っているが、ほぼ子ども連れ。
実家に帰っても、息子とゲーセンいったり、娘のスケボー付き合ったりして
一人でゆっくりする時間は皆無。

しかしさすがは両親としては、孫もいいが直系の子どもが一番なのだろう。
いろいろなもてなしをしてくれる。
ゴロンと寝転がったまま、昼飯に呼ばれるのを待つだけ。
テレビみて、アイス食ってゆったりと過ごす日。

午後は映画へ。
ユナイテッドシネマのシネコンである。
年会費600円で平日の映画料金1300円である。普段より700円も安いって、その時点で年会費ペイしちゃってるよ!
とりあえず、最近の映画をと「炎上」というトーヨコキッズを扱った重苦しい映画を観覧。
場内は、10人もいないくらいである。
この映画、ご高齢のかた大丈夫か?と思ったが半数が70代以降の高齢者。
1000円ぽっきりで観れるから、いろいろな映画を観ているのだろう。
それにしても、とんでもなく空いている。プライベートシアターに近いくらい前に人がいない。
平日休みの仕事で独身なら毎週観ているなぁ。

そして、映画の中身はといえば、
これまたものすごくイマイチであった。
最近の日本映画はどうしちゃったのだろうか。もはやアニメ以外は死んでいるのではないか。
宗教2世や親の虐待でトーヨコにって展開もチープすぎてちょっと。
俳優陣は頑張っているのだが、
なんというか脚本がいまいち。
映像もVRの360度角度のある最新技術の映像が楽しかったのだろう、随所にとりいれてもはや効果もなにもない。
テーマは現代風でいいのだが、もっと人を惹きつけるエンタメ要素を勉強して欲しい。
オーバードーズで自殺で、パパ活で宗教でとどれにも焦点があたっていない。

80代の親父を誘おうか迷ったがまじで、誘わんでよかった。
斜め前の高齢者がこれをみてどう思ったかがひたすら気になりつつ、映画館を後にした。

とはいえ、平日の昼間の映画館はコスパも良く抜群である。
実家をあとにするとき、たまには骨休みに一人で来なさいという両親からのあたたかい一言をもらい
そうしようと思った次第。
帰れる泊まり木のような場所っていくつになってもありがたいものだと感じた。

AIになぜ相談するか

ご多分にもれず、AIに相談している。
ChatGPTさんだ。チャーさんと読んでいる。
みな似たようなもんだろ。

サウナに行って、そのあと酒を飲んでしまうという悩みを相談した。
別にいいやん、であろう。
でも、サウナ後に酒を飲むともうお眠になっちゃうし、
ひたすら寝て終る。

何回かサウナに入って整わせたいのに、
飲酒によりそれがかなわない。
漫画も読み放題だけど、眠くて読めない。

サウナ後にビール これはたしかに魅力的なんだけど
その他の活動ができなくなってしまう悩みである。
それと、二日酔いにもなるのだ。

そういったところを相談したところ、
酒が気持ちいいのは、即物的な快楽だからであると。
二回目のサウナや漫画を読むという行為は、
じわじわとした喜びが得られるんだけど、どうしても人間は即物的なほうを選ぶのだ。
たしかにそう。

まぁでも、たいして説得力なかった正直。途中までは。
最期らへんに、二日酔いについてかたる、ちゃー。
「明日の自分を少し楽にさせてあげない?」

この言葉に衝撃を受けてしまった。
今日の自分がすることが、明日の自分を苦しませる。
たしかに、二日酔いなんてまさにそうだ。
今日の自分が、酒を控えるだけで明日の自分は楽に過ごせる。
それやってみよう よ。と

AIさんにとっては何気ないアドバイスだが、
これこそメタ思考なのかもしれない。
今日の自分と明日の自分を切り離して考えることがなかったおいら。

そう、今日選択しておけば明日の俺は、少し楽だし楽しいことをそれだけできるよね と。
そんな明日のおれを労わる思考。

これいくらでも使えるのだ。
ひいては、できることは今日のうちにというまぁよくある思考でもあるし、
それが、明日の自分に優しくすることなら、やっとこうかと。
実際この思考で酒を控えたり、いろいろなことを我慢したりやったりしている。

結果、とても気分がいい。
もちろん、まだ今日の俺が明日のおれを苦しめてしまうことも多いが、
少なからず、昨日のおれは今日のおれをどうしたかったんだ…
人間は日々連続体として生きているが、もしかしたら分離して生きているのかもしれない、とよくわからんことを考える今日この頃

Claude Codeを使っているが驚愕している

比較的あたらしものを取り入れていい職場にいるので、
IT系でもないのだが、はやりのAIをサブスクで取り入れた。
Anthropicが開発したClaude Code である。
ChatGPTは無料版を使っているが、HPに載せるお知らせから広告のデザイン案まで
幅広く大助かりで、AIのその性能にビックリしていたところである。

GPTの課金も考えたが、どうせならこれヤバイと方々から噂のあるClaude Codeにしてみた。
こちらも自然言語によって、生成されるAIである。
はて、何しようか…
よくわからないのに、使い始めてしまったのだが一応コストを割いている手前なんかやらな!
ととりあえず、オンラインショップの売上データ10年分を何の手も加えずえいやっと投げて
まぁ、難しいと思うけど分析してよ!と。

ものの3分ほどで、AIさんがショップの分析をしてくれた。
とんでもなく、精度が高く説得力がある分析データができあがって驚愕してしまった。
データは本物だけに、嘘ついているとかがほぼない。読み込みで、ニュアンスがわからなくてちょっと頓珍漢なものが少しあるが…。
あまりの良さに、興奮してしまい
上司などに見せるために、さらにドラマチックにまとめてくれ と指示。

これまた驚きの凄いのがでてきた。
もう、プロフェッショナル仕事の流儀ばりにチャプター5までタイトルで分けて、感動させる感じでまとめてやがる。
これをものの数分で作ってしまう実力。

いや、もう人間いらんやろ。少なくても、明日の朝までに、○○に関する資料をまとめておけ。
といわれて徹夜で仕上げるなんてことは、逆ファンタジーの世界になった。
分析だけでなく、焦点をしぼった改善案もかなり具体的である。

もはや資料作りに関しては、人はいらない。
さらに、ホームページ作りにもアドバイスをくれて、実際のコードも書いてくれる。
優秀過ぎる宇宙人がそばにいるようだ。

これは、使わなくてはわからない。
実際、実務で使い始めた人はわかるだろうが、もはや元の道には戻れない。
自分で、データの整合性をしらべて、関数などでグラフをかいて、まとめて…とか一日中かかる仕事を3分である。
ホワイトワーカーがなくなるとかなんとか。
これは、本当だ。あらゆる事務ワークはAIがやってくれる。これで、月額3000円くらい。週だと800円の一日だと100円ちょいのコストである。
コスパがいいどころの騒ぎではないよ。
宇宙クラスの天才が一日100円で働いてくれるのよ。

まだまだ使い始めでこんな感動しているんだから、もう怖いよ。
自分も切られる可能性もあるのだが、
とりあえず、使いこなしておけば知らない上司などは勝手に評価してくれるに違いない。
少し前はプログラミングとか英語とか学んでたけど、もはや時代は学ぶことより使うことにシフトしてきたといえる。
そこは人を選ばない世界である。
日本語が話せれば、いい世界である。とりあえず、やっておけば他と差をつけられる世界。
そう考えると、AIは人を差別しないいいツールともいえるかもしれない。

ミキティは全人類の子育ての達人じゃなく自分の子限定である

当たり前なのだが、芸能人の子育て話を自分の子に当てはめてはいけない。
よく目にするのが、ミキティである。(たまたま)
夫婦仲がよく、印象もいいからかその子育てメソッドも称賛されている。
15分でゲームが切れてしまう設定や、やることやってから好きなことをする。
などなど、まぁ一般的なメソッドといえばそう。
そのモノ言うキャラクターもあって、爽快な子供コントロール術を披露する。

とりわけ、自分が思うのは
「まぁ、健全にそだってるなぁあんたのとこの子わぁ。」である。
嫉妬?羨望?まぁそういってもらっても構わない。

このミキティの厳しめのメソッド、果たして不登校になった子に通用するか?
否。である。(当たり前か…)

いやいや、うちの子は不登校なんかになんないから…とか言っちゃったら
また別の問題が発生するのだが、
基本自分の子は普通の子であるということを前提にしている。

精神を病んだ不登校児に、15分のゲーム制限なんてしてみなさい。
有無をいわさず大変な修羅場になるだろう。
まぁ、これは、なってみないとわからないのだ。

子供が不登校になって、初めて不登校児の親たちに会った。
月に1度外に出るかどうかの息子…せっかくできたと思ったネット友に自傷行為を教えられ、やっているという娘。
嘔吐が止まらない、昼夜逆転…もう体に出てしまっている子らの親。
生きているのが精いっぱいという子を持つ親たち。

子育てメソッドだと…。ふざんけんな という気分だろう。
うちの子もだいぶ暴れた。制限をかけるなんてできなくなって、無法地帯になった。
switch15分!? いやいや、ゼルダを一日で全クリといって12時間やってたこともある。
平日学校に行かず、昼はカップ麺、ゲーム12時間である。
その当時は、悪夢でしかなかった。

しかし、いまも不登校だが以前よりだいぶ落ち着いている。
一般的なことをいってしまえば、好きにやらせたのがよかったといえる。

でもね、これが裏目に出る子だっている。そこからゲーム依存になってしまう子だっている。
そう考えると、あらゆる親が、自分の子限定の専門家なのだということである。
そして研究対象がとんでもなく難易度が高いとき、
市販の書物や芸能人の子育て話なんてなんの役にも立たんのだ。

結局は正解などないがゆえに子育ては大変である。
とりわけ、正道とみえる道から外れてしまったとき、
親はさまざまな体験をする。

ゲーム制限どうのこうのより、
どうせなら、そういう難易度高い例をもっと知らせてくれると嬉しいんだよなぁ。

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