父親をやっていると、あわや!という危機はある。
とてもヤバい時が、思い出しただけでも2,3回ある。
なんというか、我を失ってしまう瞬間である。
わりと穏やかで通っている自分ですら、そんな瞬間が何度かあった。
小さいとき娘が病気になり薬を飲まなくては、いけなかった。
いやがる娘をなんとかなだめて、口に運んでも2度ほどはねのけられた。
そして、もう薬がなくなるというタイミング。
うまく、ゼリーに溶かして口に運ぶその刹那。すでに暴れていたので、こっちも疲弊状態。
もうこの薬しかない。このタイミングでの大暴れ…。
とんでもなくカー―っとなり、膝に抱えていた娘を一瞬で突き飛ばした。
後ろにスローモーションで倒れる瞬間に、なんとか太ももで支え、態勢をもどしたが、
あのまま後ろに倒れていたら、鉄製の置物があり完全にやばかった。
同じようなことは息子にもあったなぁ。
同じようなことは息子にもあったなぁ。
たまたま事なきを得たものも多い。
かならず、そこには「怒り」がある。抑えきれないアンガーだ。
これを、自分なりに分析したところ、睡眠不足がまずあった。
そして、「酒」である。
酒はかなりやっかいだ。
脳に直接働きかけ、怒りを増幅させる。もちろん、楽しいことだけしてれば楽しいのだが、
そこに理不尽なことが重なると、カーっと怒りのエネルギーが爆発するのだ。
自分を分析して、いまではかなり怒りを抑えることができるようになった。
ある記事かつぶやきがあった。
父親はたいていの場合、家庭というコミュニティの中で一番の強者である。
とりわけ子供が小さいうちは、体力的にもっとも強く、父親が本気で暴れたら家人はだれも止められない。
そいういった、恐怖の存在である というのをまずは意識すべきである。
自分は父親であるが、たとえば家庭内に自分以外に一人、全盛期の元タイガーマスク佐山聡がいたらどうだろうか。
毎度仕事に疲れて帰ってきたら、佐山がいるのである。
ちょっと気に入らないことをしたら、お前なめてんだろ!とにじり寄ってきて、パチンとひっぱたかれ、全体重をのせた蹴りを尻にくらう。まったくリラックスできない。
自分が肉体的に強い、と意識すれば、いかに家族にその恐怖を負わせないかを考えられる。
いまでは、子供らは父親である自分に無茶苦茶やってくる。逆に尻をけられる始末。
まったく怖がっていない。
まったく怖がっていない。
これは、父親として成功しているといえる。
人によっては、家の中で怖い存在が必要だという。
たいていそういうのは、おっさんであり父親が言っている。
でも、どうだ。自分が帰ったら機嫌の悪い佐山聡がリビングにいたら…
まじで嫌だよ。
たとえなめられようと、つねにそのイメージをもって、安心感を与えるようにしたいのだ。
たとえなめられようと、つねにそのイメージをもって、安心感を与えるようにしたいのだ。