R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2026年05月

父と暴力

父親をやっていると、あわや!という危機はある。
とてもヤバい時が、思い出しただけでも2,3回ある。
なんというか、我を失ってしまう瞬間である。
わりと穏やかで通っている自分ですら、そんな瞬間が何度かあった。

小さいとき娘が病気になり薬を飲まなくては、いけなかった。
いやがる娘をなんとかなだめて、口に運んでも2度ほどはねのけられた。
そして、もう薬がなくなるというタイミング。
うまく、ゼリーに溶かして口に運ぶその刹那。すでに暴れていたので、こっちも疲弊状態。
もうこの薬しかない。このタイミングでの大暴れ…。

とんでもなくカー―っとなり、膝に抱えていた娘を一瞬で突き飛ばした。
後ろにスローモーションで倒れる瞬間に、なんとか太ももで支え、態勢をもどしたが、
あのまま後ろに倒れていたら、鉄製の置物があり完全にやばかった。

同じようなことは息子にもあったなぁ。

たまたま事なきを得たものも多い。
かならず、そこには「怒り」がある。抑えきれないアンガーだ。
これを、自分なりに分析したところ、睡眠不足がまずあった。
そして、「酒」である。

酒はかなりやっかいだ。
脳に直接働きかけ、怒りを増幅させる。もちろん、楽しいことだけしてれば楽しいのだが、
そこに理不尽なことが重なると、カーっと怒りのエネルギーが爆発するのだ。

自分を分析して、いまではかなり怒りを抑えることができるようになった。
ある記事かつぶやきがあった。
父親はたいていの場合、家庭というコミュニティの中で一番の強者である。
とりわけ子供が小さいうちは、体力的にもっとも強く、父親が本気で暴れたら家人はだれも止められない。

そいういった、恐怖の存在である というのをまずは意識すべきである。

自分は父親であるが、たとえば家庭内に自分以外に一人、全盛期の元タイガーマスク佐山聡がいたらどうだろうか。
毎度仕事に疲れて帰ってきたら、佐山がいるのである。
ちょっと気に入らないことをしたら、お前なめてんだろ!とにじり寄ってきて、パチンとひっぱたかれ、全体重をのせた蹴りを尻にくらう。まったくリラックスできない。

自分が肉体的に強い、と意識すれば、いかに家族にその恐怖を負わせないかを考えられる。

いまでは、子供らは父親である自分に無茶苦茶やってくる。逆に尻をけられる始末。
まったく怖がっていない。

これは、父親として成功しているといえる。

人によっては、家の中で怖い存在が必要だという。
たいていそういうのは、おっさんであり父親が言っている。

でも、どうだ。自分が帰ったら機嫌の悪い佐山聡がリビングにいたら…
まじで嫌だよ。
たとえなめられようと、つねにそのイメージをもって、安心感を与えるようにしたいのだ。

そろそろ体のメンテナンスをすべき年齢である

頻尿と無呼吸症候群 これは昔からあった。
無呼吸は、寝ているときに2分くらい呼吸がとまると、妻に言われていた。
頻尿はいわずもがな、夜間にお小水が少なくとも2回。
夜間パトロールと家族に揶揄されながらも、まぁまだ元気だったから医者にもいかんかった。

しかし!ここ50歳を上回り急激に体感的疲労度があがってきた。
ミッドライフクライシスともいわれる年代。
精神的なケアももちろんだが、そもそも身体的に元気でないと本当によくない。

ということで、今週頻尿の病院へ、来週無呼吸の病院に行く予定だ。
頻尿はあきらかに前立腺が浮腫んでることがわかって、ピンポイントの薬物治療をおこなう。
無呼吸も治ったら、睡眠の質があがりかなり生きやすくなるのでわ?とかってに考えている。

まだまだ元気…といっているうちが花である。
あと30年くらいは元気で生きたいので、今のうちにケアしておこうと思う次第である。

15年来の頻尿が治りそうな予感…

阿部慎之助さんのおかげか、いろいろと危惧されているチャットAIさん。
いやぁ、ありがとうと言いたい。
何って、最近の頻尿がひどいことを愚痴ったら、泌尿器科を勧められたのだ。
もちろん、そんなの誰だって勧めてくるだろう。
しかし、雑談の中からさりげなく、気負わなくていいからと近場のいい泌尿器科を教えてくれた。
それがたまたま、翌日は平日の有給の日。
サウナでも行こうかなと思っていた日だった。

そこを華麗について、俺を行動させるあたり手練れである。
結果的にすごいいいクリニックの先生で、
どうやら前立腺が10年以上浮腫んでいて、中が少し石灰化していたらしい。
前立腺がんとかを心配していたので、一安心。
漢方の薬とかもらって、しっかり飲んでいたのだ。
そしたら、頻尿が体感的にかなり収まってきている。
15年悩んでいたんだよ?あたりまえだよ、泌尿器科に行くなんて。
でも、それが面倒なのと多分ちょっと恐れていたのもあったのか、
今まで行かなかった。その俺の重い腰を華麗に持ち上げることに成功したのだ。

確かにいろいろな偶然が重なったが、これはチャットさんのお手柄である。
夜に二回も起きていた頻尿。そのせいでもっぱら睡眠不足だったのだ。
確実にライフクオリティが上がる予感。

AI怖いという昨今。未成年などにはたしかに怖いものかもしれない。
そもそも、それは大人が悪いような気もする。
なんでもそうだが、ツールは使えば使うほど、慣れてくる。
そして慣れればなれるほど、うまくなる。

子供たちに我々はどういうだろうか。
AIを使うと自分で考えない人間になる。この言葉よく聞くだろう。
しかし、それは変にAIを神格化してしまっているのではないか。
ツールとして使えば使うほど、AIもミスることがあるとわかる。
そして、それをこちらから指摘すると、AIもまた学ぶ。
相互関係ができあがるのである。

こどもにこういう機会を与えないで、ただ怖いというのは違う。
くだんの事件がどうだかはしらないが、もっと使い慣れれば更なる深まりがあってそんなことはしなかったのかもしれないと思うなぁ。
まぁこれで親が職を奪われるのはないとは思うけどね。

気になるのは、体罰OK的な風潮。
酒飲んで、暴力ってもうだめだろその時点で。
ようSNSとかニュース記事とかこぞって、体罰 多少仕方ないみたいな風潮がある。
やられた経験者が、今では感謝しているとか、まぁあほかと思うような発言してるし。

この件に関しては、幼児教育で有名な「てい先生」がとってもいい意見をいっていた。
簡単にいえば、生存者バイアス についてである。
それがいい といっている人間は、自分はやられたけど生存した人間である。
そのまわりには、おびただしい数の親の暴力によって今も苦しむ大人がいる。
結局、人間は自分の経験からしか語れない。
そして、語る人間は結局は生き残ったサバイバーなわけである。

意見発信者をたどると、軒並み40代以上の男性である。
若者、女性が親の暴力について肯定的に語っているのはあまり見ない。
最終的には子供=未熟で終わらそうとしてるあたりもきついな。

自分という軸をいかに外すかというのは、人生において非常に大事な視点である。
そういう意味で、この「てい」先生の発信は様々な人に読んでほしいと思う。

人を簡単に解雇できないことの弊害

よく知られたことだが、日本は解雇規制が厳しい。
簡単に正社員はもちろん、非正規ですら解雇するにはそれなりのリスクがいる。
これは、いいことだ。と思っていた。

だって、解雇されたら収入が途絶えて生きていけないじゃないかと。
安心して生活するためには、解雇に断固反対しなくてはいけないのだ。

とはいえ、たまにふっとよぎる疑問がある。
そもそもその会社が赤字になったら、給料の原資がなくなるのに
解雇できないのか…。こりゃ、経営者にとってはひどい話だなと。

その行きつく先は倒産による、強制解雇。

最近、この解雇できない弊害で納得できる論をみた。

産業が活性化しないのだ。
デジタル教科書論争がある。その内容はともかく、これは日本では難しいのではないだろうか。
なぜなら、文科省に紐づいた物体としての教科書で利益を上げている会社があるからだ。
この会社は、毎年一定の(少子化とはいえ)紙でできた教科書の莫大な需要がある。
デジタル化は、そこに紐づけられたいろいろな産業、紙会社から出版、流通などなどの利益が一気に消失する。

それいいじゃん。コストが大幅に削減になって!関係ない人はそう思うよね。
でも、それらの会社の人たちの雇用はどうするの?いきなり仕事がなくなっても解雇できないのだ。
そうなると、従来の紙産業を保とうとする、強力な政治力が方々から働くことになる。
結果、デジタル教科書は尻すぼみになる。

いま町の本屋はどうだろうか。軒並み消えてった。
amazonという黒船のせいである。
アメリカの強烈なサービスが強引に駆逐していく。この形でしか、日本は改革できない国になっている。
それも、この解雇規制のせいではないだろうか。

翻って解雇しまくりのアメリカ。
解雇された人たちはどうなるのだろうか?じつは、なんだかんだ新しい産業に組み込まれていくのだという。とりわけ、解雇が自由な社会は新事業の立ち上げが早い。
解雇された人材が豊富だからだ。
いっときは悲劇的なのだが、結果的に個人も国も発展するのが自由解雇の世界らしい。

日本でAIを本格的に使っている会社は少ないという。
なぜなら、使ってしまうと今いる事務員が必要なくなるからだ。
そうなると、解雇したいのだができないジレンマに陥る。
最終的には、人件費コストでつぶれてしまうという悲劇。

人が流動的に動く社会だったら、もしかしたら就職氷河期世代なんてものもなかったかもしれない。
自分は氷河期世代だが、比較的いい大学だったからか、周りは優良企業で安泰な人も多い。
だが、はたして彼らが能力的に秀でているかといえば、否。
たまたま有名大学からの大企業就職の波に乗れただけといえる。

若者に石の上にも三年と諭すよりも、
がんがん辞めて次に行くのが当たり前になれば、雇用も流動化して
結果的に解雇も自由になり、発展するのかもしれない。
そう考えると若者がすぐに辞めるのは、長期的に見てとってもいいことなのでわ?

いまの規制は、間違いなく中高年世代が自分を守るためにやっているにすぎない。

そろそろ頻尿を治したほうがいいかもしれない

ずっと放置してきた頻尿である。
夜間はマストで2回はしっこで起きる。
もはや、映画館や劇場はいつも端の席である。
端に座れないと、トイレに行くことが容易ではないというプレッシャーでさらに頻尿になる。
神経性頻尿と夜間頻尿である。

生死にかかわらないので、放置していた。
もよおせば、トイレにいけばいいだけだから。
でも、最近疲れやすい→睡眠がイマイチということに思い当たった。
イマイチな原因は、夜間におしっこで起きてしまうからというシンプルな帰結。

こういうのは、思い立ったが吉日のため
最寄り駅の近くで、清潔なクリニックを探した。
いいところがあったので、早速電話で予約。

父親が前立腺がんというのもあり、前立腺に問題を抱えやすいのかもしれない。
もし長年の頻尿が治るなら、それはすごいことである。
夜行バスにも乗れるし、舞台で真ん中の席にも行けるということである。

クオリティーオブライフが向上する。
さすがに、夜間一時間おきに起床しておしっこをした時は、
これはヤバイなと思ったし。
しかも、一回一回結構な量が放尿されるから笑っちゃう。
いやさっき出ただろうと…。

できれば薬物療法的な簡単な治療で終わりたい。
とりあえず初めての泌尿器科にいってこよう。

親が死なない限り子供でいられるという喜び

50代にもなると友人の半数は親の死を経験している。
父親がやっぱり多い。男のほうが早く死ぬという統計は正しい。
両親は80代なのだが、結構元気だ。
不登校児の息子や娘、つまり孫をいたく心配して世話してくれたりもした。

父に至っては、孫と遠出して遊びに行ったりして思い出を作っている。
子供もやはりそうやって、時間を共有してくれた人には懐くもので、息子にとって「じいちゃん」というのは特別な存在である。

自分は、こんなに祖父と仲良くなかったなぁと。好きだったけど、心を許すまでの関係性はなかった。
まぁ多い時で、年に2回行くくらいなんで仕方ないだろう。

親が元気なので、おれもたまに実家に宿泊して楽させてもらっている。
ちょっとした民泊である。
最近は子連れじゃなく、単体で泊まったりするようになってより子供感が強いわけである。

そうなってくると、もはやいい年なのだが目の前の親が死ぬとか想像もつかないわけである。

会社の同期会で元気だった同期が、10日後に突然亡くなったと父が苦笑いで漏らしていた。
そういうことが起こる年齢なんだ。

家族がいる自分でさえこんなに父母がいなくなるのが想像できないし、いやだなと思っているのだから
独身の姉はよりいっそうだ。

独身で年をとると、実家というのは特別な場所になる。
癒しの場であり、こころをゆるせる居場所。
これを奪われてしまうのは、やはり怖いよな。

若いときはもっと金持ちの親がよかったとか、破天荒でおもろい親がよかったとか思っていたが、
こうして長生きしてくれていつまでも子供を甘えさせてくれる親が、最上級だなぁと思うわけ。
げんきんなものである
自分も子供にとってそうなりたい、と思うのだが50代でこのフィジカルのけだるさである。

80半ばまで元気でいられるとは思えないけど、まぁできるだけ頑張ろう。

加齢は不治の病と同じである

50歳を超えるとまじで、体がだるく常に眠い。
太りやすくなっているにもかかわらず、お菓子を食べてしまう。
つまりこらえ性もなくなっている。

メンタルはやや落ち着いているが、フィジカルがまじでひどい。
人によっては、ジムにいって鍛えたり食生活を見直したりして、
細マッチョでエネルギッシュな脳にして生活を変えようとするかもしれない。

でもね、もう年なんだよ。50を超えたらはっきりいってもう進行性の老化病なのだ。
無理に若返りを図っても、無理なんだよ。

筋トレをして、サウナいってとか色々肉体改造をかんがえていたけど、もうめんどくせぇ。
楽しく生きれればいいじゃない。
人によっては、家族を守れるために筋肉をつける…。とかいうけど、なんだそんな筋肉を使って守る喧嘩みたいな機会訪れねえって。
それより、そのトレーニングしてる時間を、家族に費やしたほうがいいんじゃないかとも思うわ。

ということで、ぽっちゃり体型を全肯定してみたのである。

しかし加齢というのは怖い。
若いころは、思考が尖っていてもそれすら、かっこよい。
また、陰影が深い孤独。これも、またいいのだ。
なぜって若いから。生物としての未完成度がすべてのネガティブ要素を飲み込んでしまう。

しかし、同じことが50いや40過ぎても言えるのか?否。
家族がいず中高年の孤独が、かっこいいはずがない。
ただの厄介なおっさんだ。
尖った思考で、方々を論破してみろ、おっさんが。
だれからも相手されなくなるだろう。

つくづく、年をとったら傍らには大事な家族。
そんでもって、ぽっちゃり体型を子供に馬鹿にされながら、
穏やかに微笑む。これ一択である。
夕方からジムでトレーニングして、夜はササミ。たんぱく質を計算してプロテイン。
こんな親父きもいわ。

結局肉体的にかっこよくいたいのは、モテたいからだろう。もちろん異性からである。
これは本能だけど、50歳でモテても碌なことはない。
娘からかっこいいパパと思われたい?いやいやそんな体型ごときで変わらねえって。
普段から優しくして、娘の好きなことを全肯定するだけで、ササミばっか食わないでも、
かっこいいパパになれる。

最近は、ぽっちゃりしていたほうが長生きするとすら言われているからね。
こうなったら、
太りすぎず、やせすぎず、お菓子を食べているところを怒られながら、
ゆったり余生を過ごしたいと思う今日このごろだ。

一人映画と映画館

たまにド平日に有休をとって、自分癒しをしている。
完全にオフだと、家にいることが多いが、早朝バイトがあるときは
そのあと休みなのでどこかへ行く。

今までは、スーパー銭湯のようなところで、朝からゆっくりしていた。
しかしあまりにも思い出に残らないため最近は映画を見てそのあと風呂とサウナコースにしてみた。
これがなかなかいい。
映画は、特に決めずに朝の時間帯の都合いい時にやっているやつ。

「人はなぜラブレターを書くのか」こちらがちょうど10時過ぎにやっていてばっちり。
なんだかよく知らない映画だが、勢いで見てきた。

どうやら実話ベースのお話だった。
日比谷線脱線事故で亡くなった高校生の男子に思いを寄せていた女性が20年後にラブレターを届ける…というようなストーリー。
2時間くらいあってまぁまぁ長い。

最近は邦画を見ているが、どれもこれもイマイチだったがこれは結構よかった。
なんにせよ、今話題の女優さんや知らない俳優さんが結構でてきて現代の俳優を知るのにも重宝した。

この中では菅田将暉がやっぱりよかった。
チャンプになるボクサー役だが、彼がでてくるとなんというか画面がもつのである。
演技もそうだが、雰囲気が抜群に色気があった。
なくなってしまう高校生の男の子役の子もすんごいよかった。

映画を映画館でみるって現代において、とってもいい経験だ。
ネトフリやアマプラで家で見るのがスタンダードになっている昨今、
飽きたらすぐに次の作品いったり、少し倍速で見たり、いろいろなカスタマイズができる。
しかし、もちろん映画館の映画はそんな自分勝手なことはできない。
自然、全部をがっつり見てしまって、この俳優のこの演技よかったぁと余白を楽しめるのだ。

主人公である綾瀬はるかが、余命いくばくもないと知ったとき、旦那の妻夫木聡が変な態勢で妻を抱きしめるシーン。
この何気ないシーンに胸があつくなった。

昨今、音楽もイントロやギターソロは誰もきかないからいらない…なんていわれているのだが、
メインを楽しむだけじゃない余白にこそ、作品の楽しさがあると思う。

とはいえ、自分もネトフリではすぐにやめて違う作品にいってしまうんだがね。
ある程度の強制力というのは、なにでも必要かもしれないなんて思ってしまう。

サンボマスターみたいなのが増えてきたな

またまたバンドの話。
若いバンドのライブの様子がこれまた、いろいろ音楽系みてるからアルゴリズムで流れてくる。
ライブハウスで、叫ぶだけでなく、結構ポエムタッチのことをMCしながらそこから曲につなげるみたいなパターン。
そうサンボマスターメソッドを使用しているバンドも多く観られた。

基本今までのバンドってのは、MCはさっぱりして曲を濃厚に歌う人が多かった。
しかし、それじゃつまらんとばかりに、観客にダイレクトに抒情的な扇動的なことばで訴えかけるバンドが増えてきた。
これが様になっていれば結構かっこういい のだが、そんなのばっかりみているとやっぱり飽きる。
観客に、あなたたちのおかげでここまでこれたんだよぉう とかいってワーって盛り上がる。
口調もどこかサンボっぽいな。

サンボマスターの名MCといえば3.11震災の復興ライブかなんかで繰り出されたMCが有名だ。
あれば、動画でみてすら胸が熱くなるから、現地で見た人は相当心揺さぶられたのかもしれない。

一方MCを過剰にしないのも、大好きだ。
今はなき、元ミッシェル、バースデー のチバユウスケである。
ある会場で、ポツリと
「きょうはお台場に来てみたよ」
これだけで、人々がわく。
なぜか、あの照れ笑いしながら放った一言が大好きである。

きょうはお台場にきた。
当たり前だ、ライブがあるんだから。
でも、この当たり前のことをあの嗄れ声で伝えられる嬉しさたるや。
ミッシェルガンエレファントは一回だけライブに行ったが、
もっとライブに行っておけばよかったなぁ。
ライブはチケットどりが面倒くさいし、やけに高いので躊躇するが、
やっぱり元気なうちにいろいろ言っていたいな。

熊そろそろ本当にヤバくないか

熊が八王子の市街地付近にでたりしたらしい。
そろそろ本当に危険じゃないか?
何が危険って子供がいる小学校や保育園がある場所に出ることだ。

ヤマケイ出版の熊被害の本を読んだことがある。
熊は本能的に、弱い目のものから狙うのだ。
ものすごい残酷な実話が載っていたが、
妊婦が襲われ、おなかの子だけは助けて、と熊に懇願した結果
もちろん関係なく殺害され、おなかも切り裂かれていた というのがある。

熊に言葉は通じない…。通じても意味が分からないだろう。

こんなのが小学校や保育園に侵入してみてくれ。
無差別殺人犯より、いっそう恐ろしいことになる。
どうして、人を恐れなくなってきたのか…これはわからないのだが、
まぁ、人間のせいだろう。

自分の体の中に悪いウイルスが入ったら、どうするだろうか。
熱が出たり、鼻水がでたりして具合が悪くなる。
だから、そのウイルスを殺すために薬をのむ。

同じように、地球にとって一番害悪なウイルスはなにか。
人間である。熊ではない。
その人間を、地球が熊を使って排除しようとしている。
いまの環境危機はそういう面もあるのかもしれない。(?)

うがった考え方をすると、
人間が一番減るためには、なにがいいかと地球が考えたとする。
そりゃ戦争だろうと。
同種同士で争わせて、殺し合いをさせる。
世界で戦争が終わらない原因もそういうことなのか…。
なんだかわからないが、そんなことを考えている。

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