R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2026年06月

化石と天然石

わけあって知人よりもらい受けている化石と天然石。
自分はコレクターではないので、家においておいても仕方ない…ということで、
メルカリにて出品したりしている。
メルカリは7,8年前に元会社の知人がおもちゃコレクターで代わりに売ってくれたら
手数料をくれるというので軽い副業感覚で始めていた。

メルカリ開設後に初めて売れたのが、家に眠っていたMSX本体とソフトである。
当時なにもわからず、数千円の値をつけてうったら数秒で売れてしまい、驚愕した記憶がある。
そんで、知人の膨大なコレクションを代行販売していて、着実にアカウントが育っていった。

仮面ライダーの変身ベルト未開封が4万円で売れたときは、びっくりした。
まったく自分が興味ないものでも、欲しがる人がいるんだ…という思いとともに。

そこから、売ったり買ったりすること数百回。レベル8の出品者まで成長したのだ。
このくらいになると、何かを売り出して買い手がつくまでのサイクルが早い。
自分個人のお店または媒体をもったといってもいいかもしれない。

そんなこんなで最近の化石である。
こちら三葉虫という数億年前の昆虫のような化石。かなり精巧に掘り起こされていてマニアでなくてもこれはエグイレア度だなとわかる。
価格を決めかねていたので、メルカリでオークションをしてやれ と思いやったところ、5人くらいが競り合ってみるみる価格が上昇していった。
オークション出品者になったのが初めてだったのだが、無茶苦茶きもちがよかった。
数人に求婚し続けられているような、なんともいえない感覚。

とにかくいい化石を10個近くもらったので、販売しつつめちゃくちゃ楽しい時間だった。
最後は、コレクター個人とのやりとりでまぁまぁいい価格での販売を終えた。

次は天然石だが、こちらはまずもって写真を撮るのがむずい。
三葉虫のようにうまくはいかないかなぁと思っている。

しかし、三葉虫というのもいろいろなタイプがあるのだ。
猛烈にでかい個体は個人で所有しようと思っていたが、
妻に気持ち悪いからはやくどっかやって!と言われ泣く泣く販売した。
これも、コレクターにとってはたまらない逸品だったようで、感謝された。

しかし、50にもなったけどまだまだ自分の知らない世界は山ほどある。
三葉虫を数万で買いたいとは全く思わないもんなぁ。
世界は広く面白いなぁと感じる。

今のパチスロって演出すごすぎるけど意味わからん

パチスロっていっても実際のギャンブルのじゃなくてメダルゲームコーナーにあるやつ。
100円で30ゲーム、4,5,6の高設定になっててまぁ遊びのスロットだけど、
実際にパチ屋にあるものと同じスロットである。

息子がゲーセンとメダルゲームをいたく好むので、たまに行ってる。
そこで、パチスロがあるのだが大当たりすればメダルがでてくる。
メダルは買えば400枚で1300円くらいだから、1000円以内に一発当てて400枚超えを果たせば、実質儲けたことになるというちょっとしたギャンブル心をくすぐる設計。
すでに息子は、何度かスロットで千枚超えを果たしているので、ちょこまかとお金をつかって遊んでいる。
最初は敬遠していたが、やり始めるとこれがけっこう楽しいのである。

なにを隠そう、20年前くらいは中毒くらいにパチスロにはまった時期があった。
好きなのはカエルでおなじみパルサーシリーズであった。
その時代から北斗の拳はあったり、ヤッターマンシリーズのドロンジョにおまかせなんていうのも楽しかったね。
もちろん、ギャンブルなんで1000円が紙屑のように消えていく。
しかし、いい台だとやっぱり出るんだよね。そして、景品の箱に入ったボールペンを何個ももって景品交換所に行く快感ね。
当時は煙草も吸ってたので、あたり確定のリーチ目が来たら一度席をたってコーヒーを買ってきたものだった。
777を揃える瞬間を煙草とコーヒーで、幸福度を最大値にしたもんだった。
そんなことしてるもんだから、その後も煙草をやめるのに四苦八苦したのだ。

ところで、そんな昔のパチスロはリーチ目というのがあってそれが来たら、近々に777を目押しで揃えるのである。
必ずそろえるのは自分であった。
目押しが下手でまるで揃えられず、見かねた隣の人がやってくれたりなどの人情噺(?)もあったもんだ。
しかし、今のパチスロはどうだ?なんだか知らないうちに当たっちゃってるじゃないか。
とにかく演出が半端ない。風がぶわーっとでるは、光と音と映像のコラボレーション。これはあかん。
中毒性を高める演出である。
メダルゲームのスロットですら大興奮するんだから、本チャンのものだったらどれほどアドレナリンが出ちゃうかこわすぎるわ。

あの時代にかなりパチンコパチスロはやった。一度、500円で13万くらい稼いだことがあった。思えばあれが引き金で、その後はまったのだろう。
どう考えても100万くらい負けたのではないか。そう思うくらいやった気がする。
そう考えると初期にわざと勝たせる詐欺の手口に似ている。

いまは思う。
パチスロなんて馬鹿らしいと 
しかし、この考えつくされた演出の今のパチスロ台にはまってしまったら…やっぱり怖いんだよなぁ。

話題の映画シラート鑑賞

シラートという映画を見た。
これもたまたま、見ようと思った時間帯にほどよくやっていた映画。
全く知らなかった映画である。予備知識皆無
スペインとフランスの合作らしい。
ほかにも邦画で、時間帯がいい感じのがあったのだが、邦画はもう映画では見ないという鉄則に従った。
つまらんからだ。

その鉄則がさっそく効果を発揮した。
このシラート むちゃくちゃよかった。
というか、衝撃的な展開が途中から起こる。おそらく、近年まれにみる予想外の展開だった。
そもそも、予想するようなミステリー映画ではないので、のんべんだらりと見ていたら、眠気がふっとんだ。

おっさんが小学生くらいの息子とともにモロッコの砂漠で行われているレイブパーティを訪れる。
目的は、娘を探すためである。
レイブパーティといえば、ドラッグとダンス ひたすらビートが利いたエレクトリカルサウンドにのせて体を揺らすのみ。
あまり好みの音楽ジャンルではないどころか、聞いたこともあまりない。

物語全編をとおして、このレイブのビートがなっているのだがそれも、また凄いいい!
とにかくネタバレしたらあかんので、多くは語らないが衝撃的展開と、その奥に潜む哲学的なテーマがまたなんとも。

監督はオリベル・ラシェというフランス生まれの人。インタビューを読んだが、その深い人間性と洞察力に、ファンになってしまった。
あの展開はまたまた例に出して悪いけど、日本映画の監督には出せない。アニメの恩恵を受けまくったぬるい実写映画畑には決して咲かない花である。
しかしレイブという音楽ジャンルも面白い。
そこにDJがいたとしたら、そのDJのプレイやカリスマ性にフューチャーしてしまう。
しかしレイブ音楽はひたすら主役はでっかいスピーカーと無機質なサウンドである。
なので、変な雑念が入り込む余地がない。
人間が、太古からやってきた体を使った祈りを実現するのがレイブパーティーなのである。
知らんけど、そんな感じがしてきてしまう。

人間をつなぐのは傷である。と監督がいっていた。
傷と傷でつながっていく世界。その優しいまなざしと残酷なまでの現実が映画をとおして一気通貫していて本当にすばらしかった。
刺激に弱い人は要注意であるが、こういう映画との出会いを待っていた。
今年はもっといろいろな映画を見ていこうと思える映画体験だった。

日本映画はつまらないからマイケルを見た。

最近は、映画鑑賞を趣味にしつつある。
映画って2000円もすんのか!と思ってたが、その映画館の会員とかポンタパスとかで会費を払えば1400円とかになってリーズナブル。
昨今のエンタメで1400円なら破格と言っていい。

しかも、平日休みの日とかに観に行ったらもうスッカスカ(いいのか!?)で快適。
何回かは邦画を見ていた。宣伝もうまいし、なんか無条件で感動したいとおもってたからね。
しかし!ことごとくつまらん。
最近の日本映画のつまらなさは半端じゃない。もう、ベタベタなストーリーテリングのくせに全く面白くない。ベタベタに感動したいと思っていても全くやってくれないのだ。
そんな映画を何本もみたので、もはや映画は外国のを見ることに決めた。

日本の映画産業はアニメで支えられているという。鬼滅の刃みたいなモンスター映画によって。
だからか知らないが、邦画は生ぬるい環境下で売れている俳優をだしておけばいいとでも思ってんのかと…。
もはや怒りにも似たなにか。

そんなこんなで、最近は映画は外国産。
みたいと思ったもうその時にやっている映画を適当に見る。という条件で決めている。
予備知識もほぼなし。

そんななか感激したのがマイケル である。
めちゃくちゃよかった。
4DXで見たのだが、これは個人的には失敗した。やはり4DXはアクション映画が最もよい。
たしかにマイケルのステージシーンで煙がじっさいに出たりして驚いたが、
この金額を払ってまでの効果はなかったかもなぁ。

とはいえ、マイコ―といえば整形と幼児性愛 かなりネガティブなイメージで固定してしまっていたが、
その人生を初期から追って見方が変わったのである。
幼少期のマイコ―と青年になってからのマイコ― どちらも、俳優の名演が光っていた。
青年期のマイコ―は甥っ子だってね。よく引き受けたよなぁー。

あとは、バブルス君ね。マイコ―は子供の時から人気者になったからリアル友達がいなかった。
だから、動物を親友にしたらしい。庭にキリンって…冗談じゃなく本当だからアメリカンドリームってやばい。

その最たる友達がチンパンのバブルス君。
気になって調べたらバブルスまだ生きてるって!46歳だって。すんげー。
どうやら、マイコ―小さい頃だけかわいがって、デカくなって手に負えなくなってからは放っぽらかしたって。よく考えたらそうだよな。バリバリの成熟したチンパンと共生は難しいだろう。

そこらへんの、おっちょこちょいさもマイコ―の魅力。
にみえちゃうから 不思議である。

とにもかくにも、昨今の邦画による映画不審を振り払ってくれたマイケルにありがとうといいたい。
続編もあるムードだが、ここからの続編っていうとスキャンダルとかかなり依存症とか、かなり重いテーマになりそうだが大丈夫か?まぁできたら観に行くよ。

サッカーワールドカップが始まった

いやぁタイムリーで見なかったけど、サッカー日本代表の初戦はすごかったみたいね。
残り数分で同点ゴールってのは半端じゃない。
たぶんタイムリーで見ていたら、歓喜したにちがいない。

世間一般的には、ワールドカップだけ盛り上がるひとをにわかファンというらしい。
まさに、にわかである。
正直普段は全く見ない。今年のJリーグどこ勝った?とかもまるで興味なし。
そんな自分が4年に一度だけ盛り上がる。日本、ニッポンと叫ぶ。いいよね、こういうの。

にわかファンは大好きである。
なんといっても、分かりやすいし単純である。
そして世の大半はにわかファンで有ろう。

スポーツなんてほとんど見ない自分。唯一、格闘技は好きなのでたまに見るが、最近は年末の格闘技もこじんまりしちゃって盛り上がらない。
なにか、知らないがもうすでに体重が軽い人たちが格闘しても面白くない。

記憶に残るもので一番胸が熱かったのが、ボブ・サップと曙の試合ね。
あとはプロレスも大好きだったから、今は亡き三沢光晴が誰と交流戦をやるかとかで胸をあつくした。
小川直也と絡んだのとか良かったなぁ。

猪木ボンバイエあたりの対戦カードはガチンコでなくてもワクワクしたな。
あ、でも最近だと天心と武尊の試合はワクワクした。
ああいう禁断の交流がやっぱり楽しいわな。
それに比べると、今のなんかこじんまりした感じ。青木真也が年末のめでたい雰囲気のなか相手の腕を折って中指立てちゃってたのも良かったなぁ。
まぁ格闘技の話はおいといて、
そういうワクワクする夢の舞台というのは個人個人あるだろう。

なぜか野球のワールドカップにはそういうワクワクがないのだ。

サッカーの場合は、競合がひしめいているため日本は挑戦者の位置にいる。
だから、楽しいのかもしれない。

今回のワールドカップもにわかファンをいかんなく発揮して楽しもうと思う。
できれば、少しでも長く勝ってくれればいいね。

笑いでいじめを克服とかいうエピソード害悪でしかない…

お笑い芸人に多いが学生時代にいじめられていて、不良グループに物まねや笑いを披露して
爆笑をさらっていじめられなくなったというエピソード。これやめて欲しいな。
そもそも、いじめられてんのに何で媚びなくちゃならないのだという面からもう嫌だね。
でもちょくちょく記事などでみかける。

分かるんだよ。そういうこと、結構ある。
危機回避のために特技を生かす。これ自体にまったく違和感はないんだけどね。
問題はいじめられたり弄られたりしている、その状態である。
これを笑いで切り抜けて、そこから人気者。まったくの生存者バイアスじゃないか。

生存者バイアスってのは厄介である。
数多の影に、苛め抜かれて自殺したり、それがトラウマになり精神をおかしくした人がいる。

小学生時代にとてもいじめられている同級生がいた。
中学で不良に狙われて、やられまくっている別の同級生がいた。
大人になってから、地元で彼らの噂をきいた。
どちらも、引きこもってしまい、精神を病んだような大人になっているようだ。

自分も少なからず中学生時代に不良のターゲットになりいじめられた経験がある。
今も、あの時の屈辱は忘れないし、少しトラウマになっている。

よく聞く話だが、いじめていた方は陽キャになり人生を謳歌し、やられていたほうは生涯苦しむ。
たまに、逆転できることもあるがそんなことは稀であろう。
学生時代のちょっとした遊び程度であるが、ヤラレタ方は人生を台無しにする事態にもなる。

バカにされていたところから、成り上がるのがある意味のお笑いの強さで有ろう。
しかし、その場合のバカにしている人たちは大人で有ったり権力者であったりする。
少なくともいじめっ子であってはならない。

無自覚であるが、日本ではいじめっ子を学生時代のヒエラルキーの上においている。
それはアカンだろう。少なくとも、そこから引きづり降ろす必要がある。

こういったエピソードはいじめっ子を学校の偉いモノととらえて、そこに笑いを与えて気に入られるというプロセスがみえる。
だからこそ、なにか胸が痛く気持ち悪い気になる。
エピソードを話している人間にとっては無自覚であるのもキツイ。

よしもとばななのnote買った

あまりにも話題だから買っちゃった。
さほどファンでもない自分が買うくらいだからかなりの購入数とみた。
そんで、本人の想定をはるかに上回る売上額だとみた。

この売上金は姉に全部わたして、縁を切るてきなことをいっている。
毒親と毒姉に翻弄されていて、気の毒には思ったがそれなりに裕福で何より知的に恵まれている。
この才能をいかんなく発揮したのがこのnoteの暴露であろう。

いまや雑誌に独白したりブログに独白したりってことよりも、
500円で買ってもらって衝撃的な独白をすると、こんなに売り上げがあがるという
一種のモデルを作ったのではないだろうか。
もちろん、よしもとばななみたいに著名でなければだめだがね。

snsによるネガティブキャンペーンを勝手にやってくれるのも本人からしたらありがたいだろう。
ボロクソにたたかれたとしても、その先にメリットがあれば全然大丈夫!という典型例である。

単館上映で見たかったのだが、見逃した映画「どうすればよかったのか」にも似たような親の支配と子への影響みたいのがあった。
ねずみがはい回る家屋を想像すると大変であるが、何が大変ってこのお姉さんも漫画家かなんかで著名なんだよね。
姉さんも以前インタビューで介護について語っていたりした。
妹が逃げたというようなことも言っていたらしい。

突き詰めると人と人はお互い様なところがある。
本当に申し訳ないが、よしもとばななと姉の違いは、ずばり自分のオリジナルの家族を作れたかどうか…これに尽きる。
こんなこと言うと独身の人は反発するのだが、自分も姉がいて、独身なのでなんとなくわかる。
独身でいるかぎり親の支配、反対に親のいる実家がよりどころ この相反する影響からまったく逃れられない。

逆に配偶者、子供がいれば親の支配はまずもってほぼないし、それでいてよりどころではあるんだけど、
一番のよりどころは自分の家族がいる場所なので、セカンドハウス的な気楽さができる。

自分の好きなことをして経済的にも余裕をもって生きられるって一見楽しそうだが、
年を重ねるごとに、そうでもなくなっていく。

50になって気力が薄まっている自分を感じるだに、これで独身だったらどうなってしまうんだろうと思う。
よしもとばななの、途中ででてくるマウンティング感(自分は子がいて夫がいる!)は、だからこそよくわかってしまうのだ。

自動運転で防げるなら早急にそうしてくれ

高速道路でトラックが突っ込み5人の一家が亡くなった事故。
当初は、もう一人の男性含め身元が判明しなかった。
そのため、不法入国外国人ではないか?などと憶測を呼んだが…

大阪のUSJへ行く途中の幸せ絶頂のファミリーであった。
お子さんもみな小さく、未来がありまくる家族。その生命を一瞬の不注意が奪い去った。
罪深すぎる。
運転手は飲酒していたのでもなく、ショート動画を見ていたらしい。
本当に一瞬の不注意であり、もしかしたら自分もやりかねない怖さを感じる。

一家がもろとも全滅するという事故は、うっすら覚えているだけでも
なんこかある。
どれも小さな車という空間に家族がいる というのが共通している。
あまり普段考えないが車の室内というのは、そういった意味でとてもリスクがある。

昔テレビであるドキュメンタリーをみた。海外のものだった。
自動運転関連のソフトウェアかハードかわからないけどそういう会社を創業した人のやつ。
原点は自動車事故で友人を亡くしたことだった。
自動運転により、不注意での事故が防がれるという理想を掲げて頑張っている人だったような。

自動運転技術 賛否両論あろうが、もしそれが実現したなら今回のようなケアレスミスによる事故は防げたのではないだろうか。
とりわけ、長距離で運転するトラックは人の判断が鈍れば本当に危ない。
運転的には高速道路なんて単調なのだから、自動運転には向いているだろう。

今の日本をみると、保護政策なのか電気自動車や自動運転技術への関心が薄い。
そういっているまに世界に取り残されていきそうな勢いである。
ガソリン車で人力運転。その怖さは高齢者の事故などもみればよくわかる。

そろそろ自動運転や電気自動車に本腰を入れてほしい。
人を罰するのは当たり前だが、もう社会的に変化していかなくては事故はなくならないのではないだろうか。

死にたい人や鬱病の人に説得は無意味

なにやら気のせいなのか親子の心中事件などが目立つ。
昨今の物価高や世情の不安を反映しているのだろうか。
単純にニュースで目立っているだけだろうか。
とても悲しい事件が多い…。


死にたいと思っている人が近くにいたらつい説得したくなるだろう。
普通の人ならそうだ。
なんていうか、死ぬ覚悟あるならなんでもできるやん みたいなのね。
あとは比較とか、アフリカの飢餓の人に比べればまだましだよーみたいな。

でも、説得みたいなのは死にたい人にとっては無意味どころか有害この上ないのだ。
おれも鬱の時にいろいろなことばを掛けられたり、鬱から回復した本をもらったりした。

そのときに分かったのは、
「言葉はほとんど役に立たない」という事実だった。

回復した人の本。
前向きな言葉。
成功体験。

全部、「できない自分」の証拠にしかならない。

あの状態の人間にとって、
他人の成功談は希望ではなく、圧だ。

鬱で死にたい人に特効薬はない。
抗うつ剤や精神安定剤はそれなりに有効だが、それで風邪みたいに全快することもない。

ただひとつ、はっきり言えるのは、
「時間」は効く、ということだ。

体感として、今この瞬間に強く死にたいと思っている人が、
一年後もまったく同じ強さでそれを維持していることは、そんなに多くない。

環境が変わったり、少しだけ余裕が生まれたり、
理由は様々だが、揺らぎは確実に起きる。

だから、まず必要なのは「時間を稼ぐこと」だと思う。

なので、ゆっくり休めというのは、ある意味で正しいのだ。
一度酷い鬱で死を望んだ知人に、こういったことがある。
3年たっても、同じ分量で死にたかったら死んでいいと。むしろ応援してやると。
今も彼は生きている。

あとは防げなかった自死に対して必要以上の罪悪感は不要であるということ。
自分だって、いまこの瞬間だって自殺しようと思えば容易にできる。
車の前に飛び出したり、へたしたらロープに首をかければいい。
そんな簡単に死ねるのだから、本当に死を望む人を死なせないためには四六時中監視していなければならない。
そんなの無理だろう。

死というのは厄介だ。遠くにあると思えば、すぐ隣で微笑んだりする。
全ての人が老衰で死ねないのだから、なんらかの死に選ばれるのだが自殺だけは周りのためにも避けたいと思う

10年前は元気があった

50代、やる気、死亡確認。

最近はっきりした。
俺のやる気、もう死んでる。

いや、厳密に言うと――
40代の俺がバグってただけだ。

オンライン英会話、Python、ジョギング、TED、小説執筆、月10冊読書。
今見ると、完全に「何かに取り憑かれていた人間のログ」である。

TEDなんて、今の俺が開いたらどうなるか。
開始3秒で「で、結論は?」
10秒で「長い」
30秒で「もういいや」
成長よりも時短を求める身体になってしまった。

小説執筆もやばかった。

小説を読むのが好きすぎて、
「俺も書けるのでは?」という、あの甘い錯覚。

指南書を読み込み、プロットを作り、
意気揚々と書き上げた結果――

驚くほど、面白くない。

逆に才能を感じるレベルで面白くない。
あそこまでつまらないものを、よく最後まで書いたと思う。

で、応募。
もちろん何も起きない。

だが当時の俺は違う。
「まぁ次だな」と普通に思っていた。
あのメンタル、今なら宗教として売れる。

生活も狂っていた(褒めてる)。
早朝ジョギング→帰宅→オンライン英会話。

今同じことやったら、
途中で「俺、何と戦ってるんだ?」ってなる。

で、現在。

新しいこと?
やる気ゼロ。

小説?
二度と書かない。
いや、書けない。
脳が拒否している。

ジョギング?
やらなきゃと思いながら、
腹だけ順調に成長している。

加齢。
これ、かなり凶悪である。

ミッドライフクライシス?
違う。
もっと地味で、もっと確実なやつだ。

「ただの劣化」である。

しかも静かに進行する。
気づいたときには、
“頑張る自分”がどこにもいない。

ただ、ひとつだけ残った。

ギター。

なぜかこれだけは続いている。
一人じゃ絶対やらないので、
ジモティで人を集めたら――

普通に集まった。怖い。

逃げられなくなった俺は、
仕方なく練習している。

人間、追い込まれるとやるらしい。
ブラック企業と同じ構造である。

でも思う。

もう「何かを成し遂げる」とか、どうでもいい。
そういうフェーズは終わった。

その代わりに、
「やめないものが一個ある」
それだけで、人生は意外と持つ。

少なくとも、
「趣味:ネトフリを見て一日終了」にはならなかった。

完全に勝ちではないが、
負けきってもいない。

そんな感じで、

今日もギターを触っている。
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