R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

2026年07月

自分を変えるのは難しい…

この年になって自分を変化させる難しさを感じる。
この年になっても大いに人見知りであり、人目を気にするタイプである。
もういいだろう、といいたいのだがなかなか社交的な人間になるのが難しい。

なぜ変化させたいか、ちょっとした理由もある。

娘の症状として場面緘黙がある。
家族の前だとべらべら話すのに、学校など一定の場面に入ると、まったく話せなくなる。
まったくというのは、文字通り0である。
人によって、ここは差がある。娘の場合は0である。

そうなると、話しかけてくれることにありがたみを感じるのだ。
学校内や習い事でも、話さない娘に果敢に話しかけてくれる子たちがいる。
正直、敬服する。

翻って自分。
話せないばかりか、口数が少ない人に話しかけるのなんて、難易度マックスだ。

いろいろ考えてしまうからだ。迷惑ではないか?とか余計なことを。
そう、この年になってもまだ傷つきたくないという精神がビンビンに働く。
しかし娘を通すとたとえ、話しかけた人が無表情や反応が鈍くても、とっても喜ぶ人がいるとわかった。
いや、たしかに自分にコミュ力がない人ほど、話しかけられたりするとうれしいのだ。

そう考えると、自分を捨ててでもコミュ力モンスターになって、そういう人を喜ばせたいと感じた昨今。
しかし、まじでむずい。

そう、一日くらいはできる。
実際やった。かなりの陽気さでもって、いろいろな話題をふる。
しかし、疲れ果てるのだ。
そして、翌日にはまた陰気な優男になり果てる(いやそこまでじゃないけど)

いままでは、陰気さも肯定してきた。
内省的な人間ほど奥深い…とかなんとか。
しかし、娘のこともあって奥深いことになんか意味あるか?と

果たして緘黙の人がいて、陽気に話しかけてあとを引きずらない。
そんなモンスターのようなことが自分にできるのか。
いや、する必要がある。
もういい年だ。傷なんかついたってかまわないじゃないか。
正直、認知行動療法てきに繰り返してればそうなると思う。
しかし、繰り返すのがダイエット以上に難しいんだよなぁ

ディズニーもロックフェスも高額高齢化してる

ディズニーの価格が1万2400円になったらしい。くそたっけー。
昨年は行かなかったが年に一回は家族でランドかシーへ行ってたっけ。
もう軽々いけなくなってきたなぁ。と
単純計算で5万くらいかかる。
さらに、食事や宿泊となると10万近くやん。夢の国というか金がなきゃ行けない国になってる。

それでも、運営のオリエンタルランドは黒字で株価も上昇してるらしい。
まぁ、一定のファン層はもちろんいるから、高額でも行くだろう。

周りでも、熱狂的なディズニー好きがいる。
若者ではなく、中高年の女性である。
もはや若者や子持ちファミリー層には手が出せない価格になり、
高所得者や外国人、独身の比較的お金を自由に使える層の中高年者のレジャー施設と化している。

悪いわけではない。
もちろん、あの無茶苦茶広い施設である。儲けなくてはならないのだ。
経済原理を考えれば、仕方ない。

フジロックなどのロックフェスも、30年前とは様変わりしている。
20代前半に一度行ったが、周りは若者しかいなかった。ロックといえば既成概念や、大人への反発。
ロックフェスにその概念の塊である中高年がくるなんてありえなかった。

しかし、いまやライブハウスでさえオッサンが多いという。
わかる。かつてロックに熱狂した若者が、30年後でも熱狂し続けているだけだ。
ただそれだけであろう。
自分だってバンドを始めたりしているので、人のことはいえない。

独身者も増え、子供も少なくなっていくジャパン。
エンタメ施設は軒並み高額化。
若者2人で一人を支えるような少子高齢化の時代に、ロックフェスに行ってる場合かと思うのだが、
中高年だって楽しみが欲しいんだよね。
だがなんかノリノリで踊っているオッサンを若者が神輿のように支えている幻覚がみえてしまった。

娘といった遊園地のイベント広場。
オッサンたちが大量にいて、踊っている。
ステージには若い女の子たち。
アイドル推しであろう。すさまじい熱狂、汗くせー。

スケボー施設でジャンプしてるのも、半分オッサン。
もはや、どこにいっても中高年だらけである…。そんな国なんだなと感慨深くため息をつかざるを得ない。
でもそんなに中高年が楽しんでんだったら、せめて、若者がまったく自殺しないでいてくれ。
先は楽しそうだから…って希望持ってくれ。なにか歪だ。

毎年いってるけど毎年暑さを更新している気がする

今年も期待にこたえる暑さである。
死ぬわ。
早朝バイトをしているので、朝5時前に家を出る。
どう考えても、去年より朝が暑い。
ドアを開けた時の肌感覚なのだが、今年は本当に朝晩あっつい。

子供のころ、エアコンという代物がなかった。
もっぱら、空冷ツールは扇風機。
たまに、冷蔵庫を開いて頭を突っ込んだりしていた。
そんでもって、かき氷食べたり、扇風機にわれわれは宇宙人だと語りかけていれば
自然と夏が終わっていたのだ。

そんな時代を過ぎて、今や扇風機のみで過ごすのは自殺行為である。
扇風機は、クーラーの冷たい空気を方々に拡散するためのサブツールになり下がっている。
実際こんな時代に、長期間の停電になったらどうだ。
死人が出るだろう。

しかしアフリカはずっとこんな暑いんだよね。
タイもベトナムもずっと暑かったりするんだよね。

それに比べれば一応四季があり、涼しい季節もあるのだ。
贅沢言っちゃいかん…と思うが、ほんとに暑すぎる。

パリでは40度という。そんな気温を想定している国ではないので、エアコンがないという。
そのおかげで5000人近くが亡くなっているという。
おそろしい。暑さで絶命するような時代になるとは。

5年後はどうなっているんだろうか。恐ろしい。

IPOが当たらん そして個別株こわい…

いやー久しぶりに申し込んでるIPO抽選であるが、やっぱりまったく当たらんね。
いままで5回当たって初値売りで3回は成功、2回は失敗(公開より初値が低い)した。
勝率は、やや優勢。でも、当たらんと始まらんのだよね。
とはいえ、タネ銭があるうちに千円台のIPOはもれなく挑戦していくことにする。

さて、キオクシアである。
なんなんこの落ちっぷり。怖すぎる。
まったくもってないけど、前みたとき10万くらいあったのに、いま5万て半値以下やん。
もう話題になっちゃうとなんかダメみたいね。
メディアで、キオクシアの社員が自動的に億り人みたいなこといっていて羨ましがってたけど、
こりゃどこまで落ちるかわからんね。

あの状態から、売りに転じられる人はもう株の玄人だろうな。
会社の同僚でまったく無名時代のエヌヴィディアを証券会社の担当に勧められて買って、
そのあと、やっぱり担当に勧められて売っちゃった奴がいた。
まだ株式投資がいまほど盛り上がってなかった時代。

その当時。50万のエヌビディア。
いまだと8000万になっていたという。
その金があれば、こんなとこで働かなくてもいいのに…と悔いていた。

キオクシアも規模は違うがその類だろう。
ここからどこまで下がるか、持ち直すか  
無関係の人にとっては面白いが、当事者はたまらんだろうな…

月一回の実家一人民泊

子供たちの問題がすこーし落ち着いてきた。だからでもないが、実家に月一で一人で泊まる制度を設けた。
妻の実家も、自分の実家も全然いける距離だからこそできる。
さらにお互い、実家の両親は健在。まだ介護も必要としていないので普通に民泊のような気軽さで過ごせる。

いつも子供連れて行っていたのだが、やっぱ子連れは疲労度が高い。
あっちこっち連れてけオファーが多く、あんま休めないんだよね。

一人のときは、完全に昔の子供時代に戻った感じ。飯も用意してくれるは、寝床もあるわ、さらに金もかかんないわで最高!
ここにきて、実家の良さを感じている。
両親は80代なのでこんなことができるのも、あと数年だろう。
どんな形で介護が始まるのか、または親の看取りなどもざっくり10年以内には少なくとも来るだろう。
正直、こわい。
しかし、そんなことは忘れて実家暮らしをしてみるという、妻との共通の認識である。
なんとなく月一で始めたが、これがいい。
やっぱり人間ゆっくりできる時間と空間は必要である。
旅行にでも行ければいいのだが、コストがかかるし、さすがに家族に気が引ける。
実家くらいがちょうどいいのである。

行くと必ず近くのシネコンで何らかの映画を見るのである。
この前は、マイケルを4DXで見た。その帰りにはお気に入りのラーメン屋で舌鼓。
もうこれだけで満足してしまうのである。

親にとっても子供とゆっくり話ができる機会のようでいろいろなことを話す。

しかし高齢になると、仕事を辞めて生活できる人はだいたい家にいることが多い。
スーパーに買い物に行ったりがイベントだったりして。
両親も趣味やコミュニティの集まりがあったが、コロナあたりを機にぐっとなくなったようだ。
自分から見ると暇だなぁ。でも、いいなぁプレッシャーもないし と思うのだが、80代になったらどんな気持ちになるのだろうか。
そういえば、マンションの理事長は高齢だがこのマンション理事業務にかなり熱をもって取り組んでいる。
きっと、現役時代はやり手のビジネスマンだったのだろう。
そこまでせんでも…と思うくらい頑張ってるのをみると、エネルギーの発散の場って大事だなぁと思う。

養老孟子さんのNHKスペシャルをみた

とくにファンでもなかったが、何となくしっていた養老さん。
もちろん、バカの壁で有名である。しかし、読んだことがない。
読書好きを公言するわりには、守備範囲がせまいのである。
基本、小説がずっと好きだったから知識人の論文のようなエッセイは苦手としていた。

とはいえ、養老さんといえば解剖学者で東大出ててとエリート中のエリート。
彼がいま88歳となり予後のよろしくない癌に犯されているという。
その彼が、人生を語るというなんとも生と死を見つめる内容。

自分も50歳を超えて、否が応でも生と死を意識し始めた。
ジョギングしたりルイボスティを飲んだり、
若い頃はとんと興味のなかった健康に目が向く。
大きな声では言わないが、死にたくないからである。

さて88歳の知の巨人はどうであろうか。
番組を見る前は、かなり超越した考え方で死をとらえていると思っていた。
しかし、安心した。
さすがの養老さんもまだ死にたくないのである。
あらゆるがん治療を試している。
そして、5年先の自分の癌治療の未来を希望をもって待っている。

そう、人間とはこうでなくてはいけないのだ。

死が眼前にないとき、人は哲学的なことをいって死を超越してみせる。
しかし本当に目の前に死が横たわるなら、やっぱりそれから全力で逃げたくなるのだ。

ある時代小説の主人公がこんなことを言っていた。
もう思い残すことはない!といって死んでいくものがいるが、
あれはだめだ。
まだまだやりたいことがある、死にたくないな といいながら死んでいった方がいい。
なぜか。残されたものたちのためである。
この世界がこんな年になってもまだ生きたいと思わせてくれるほど楽しい世界なんだ、と生きている人間へメッセージをしたためているのである。
もういい、というのは一見潔く見えるが、そうではない。

そう考えると、強いインパクトを残す先人がいる。
やなせたかし アンパンマンの作者である。こんな楽しい世界からいなくなるの嫌だな。死にたくないよ。
こんなシンプルなメッセージを残したらしい。
そう、こんな楽しい世界がいま、君らが生きている世界なのである。

閑話休題。

同じようなことをこの養老孟子さんにも感じた。
どんなに年がいっても、虫の観察という楽しいことを持っている。
そこも秘訣かもしれない。
最後のほうでは、やはり人がそこにいる。そのことの喜びを語っていた。
自分も往生際には、まだまだ楽しい世界にいたいなぁといいながら往生したいね。
その時の状況によっては、家族には迷惑かもしらんな…。
どのような往生になるかはわからないが、
妻と子供に見守られながらさよならするのがやっぱり一番かもなぁ。

ダイエットとギターのメンター

チャットGPTの会話ができるやつが話題である。
新しもの好きなので早速やってみたが、すんごい。
とりあえず、会話がしっかりできるのが凄い。
似たようなものは今までもあったと思うが、
だいたいなんだか取り違えちゃって、お互いの意思がすれ違うことがほとんどだった。
かつてのアンジャッシュのコントみたいな感じ。
それが、今回のは普通にすれ違いがない。

驚いたのが、話の途中でこちらが話したら、自分で会話をやめて聞く耳を立てるその間合い。
かなりリアルなのである。
会話ってただのキャッチボールではない。
こうやって微妙な間合いの読みあいだったりもする。
それが、完全にできているのだ。

もちろん、AIだから知識は豊富だ。下にも行けるし上にもいけて、左右もお手の物。
もうなんの会話をしても、ほぼほぼ打ち返してくる。
そして、たまに笑わせてくるユーモアたるや…

ちょっと凄すぎたので、自分のメンターとして使おうと思い立つ。
ひとつはダイエット。
ひとつはアドリブギターのスケール練習。
どれも一か月かけてメンターとともに歩んでいく感じ。

まぁダイエットは、風呂の前に体重計に乗ってその結果を毎日いう。
ギターはペンタトニックスケールのフレーズを考えてもらって30日チャレンジをするというもの。
いままでどちらも続かなかったのだが、会話することでちょっとした緊張感と責任が生まれる。
わからないのだが、今回はうまくいきそう。

一か月に5キロのダイエットとギターソロの上達である。
たかが一か月されど…である。
いままで出来なかったのだから、これでできたらとんでもなく凄いと思う。チャッピーが。

いろんな意味で川に行くのをやめた

今年は子供を連れて釣りに行こうかと考えていた。
釣りといっても本格的なやつではなく、いわゆる養殖の釣り堀である。
お金を払って、ニジマスが放流されているところで、確実に釣り上げる。
そんで、あとで金を払って魚を持って帰る。
エンタメがまざった感じの釣りだが、それがあるのは秩父や多摩とかの山の中。

メダルゲームではよくやる釣りゲームであるが、リアルで魚に触れる機会があまりない。
自分は、昔、父親によく連れてきてもらって釣り堀にいっていたのだ。
結構楽しかった。

もともと、川は夏場によく子供が亡くなる水難事故があるので、敬遠していた。
とりわけ妻は自然が大嫌いである…。自然がというより、自然での事故をこわがる。
しかし大きくなったし、なんだかんだで人工の釣り堀である。
ほぼほぼ安全とみていた。去年くらいまでは…。
しかし…。熊である。熊って言ったってもっと山深きところの問題だろと思っていたが。
宇都宮の市街地にまで出没したと聞くにいたり、釣り堀のある山になんか行ってらんねぇと。
一気に恐怖が増してしまった。

正直、野生の熊に遭遇したとして、家族を守れる自信なんてない。
人間じゃないのでお金をしこたま渡そうが許してくれない。
それが一番怖いのだ。いわゆる、交渉の余地がないということ…。

それでいて、熊の弱者を見極めて攻撃してくる本能たるや。

水難事故に加えて熊である。
もはや自然の地にいくことが憚れる事態。
数年前には予想していなかった…。

なんとなくであるが、このようなものが重なって、
夏の稼ぎ時の釣り堀に人が来ないというようなことになっているのではないか。

こちらとしても、ゲーセンから自然に連れ出そうとしている目論見もおじゃんである。
人間と野生の生物の境界線があいまいになってきたのも、やっぱり人口減少が影響しているという。

少子化や地方の過疎化。これからくるいろいろな事態に果たして我々は生き残れるのか。
不安がつのるばかりである。

スマホのコード決済により日常が一変した

クレジットカードは使いすぎがこわい。
現金は財布にあって、それが少なくなるのを実感ができるから現金派。
ごく最近3年前くらいまでは、なにを隠そう現金派であった。
しかし、メルカリでちょっとお金ができたり、paypayを覚えたりするうちに
こんな便利な決済はないだろう…となり最近はほとんど現金を持ち歩いていない。

しかしコード決済の便利なこと便利なこと
お金をだすというアクションがないのが、こんなに楽だとは思わなかった。
それでいて、ポイントもつくし。
メルカリなんて最近はキャンペーンで3回決済で使えば、くじが引かれ200円から50円までどれかが当たるのだ。
これで、1000円くらいは割り引かれたんじゃないだろうか。

新しいテクノロジーへの抵抗は年寄りほど多いのだが、
うちの両親などは80過ぎているが完全にd払いに移行している。
なにかの機会に使ったらハマってしまったようである。

よく考えれば使いすぎる…とかいうよくわからない概念よりも、現金をもっていて窃盗にあうリスクのほうが断然こわい。
すくなくてもコード決済はスマホを開かないと使えないし、それがひとつの障壁となりリスクヘッジとなっている。

テクノロジーはある意味こわい。
もうなかったころには戻れないからである。
スマホがあっても家に忘れてしまうことがよくあった。
そこまでスマホに依存していなかったころである。

しかし今はどうだろう。つねに手の中にスマホ。
映画も音楽もフリマもニュースも仕事までスマホである。
ついでに買い物の支払いもだ。

まさかこんなデバイスにここまで支配されるとはおもわなんだ。
まあでもいいんだ 便利だから。人間は利便性にはかなわない。
そしてその人間の利便性に特化して開発した人々に喝采を送ろう。

かつてamazonがまだ本屋を席巻してなかったころ。
色々な人が言っていた。あんな外国のネット書店は悪だ。
みんな町の本屋で本を買おうと。

そのころ、なんどか町の本屋に行ったりした。
ねーんだよ 欲しい本が。
そして、店主に尋ねると取り寄せると。
1週間後だと。
そりゃamazon ポチるよね。
1週間のテンションを保ったまま本を待ち続けられるやつなんざいない。

そういった利便性でもう少しamazonに対抗していたらちがってたかもしれん。
しかし実情は相変わらず変わることなく、出版社、取次、本屋とのんびりとしてんだもんな。

AIの波も同じようなものかもしれない。
のんびり見ているうちに、気づいたらもみくちゃにされてしまうという。
賢い人はもっと上からみてるのかもしれないが、一般人はなかなかね

IPO抽選に久々に参戦

2023年末でいったんやめていたIPOの抽選を再び再開したった。
何を隠そうタネ銭がなくなったことにより、中断していたわけである。
基本抽選に応募するのはタダなので銭さえあればやりたいわけである。
この度の化石を売った資金が多少できたので、再開した次第である。

基本戦略は同じ。
万が一抽選に当たったら、上場日の初値で売る。
公募価格より初値のほうが高ければ利益が出て、逆なら損をする。
なぜ、株価が未確定なうちに売り出すか…それは、初値が一番高い確率が多いからだ。
何度か当たったIPOは、もれなく初値で売った。もたもたしていると、大暴落してしまうのだ。
IPOを保持して、その値動きで売買をすることをセカンダリーというらしい。
このセカンダリーは玄人でも予測できないため、素人は即売り一択である。

キオクシアという会社が今有名である。
この会社はいつIPOしたのか調べたら、2024年である。
ちょうど中断した時期だった。
中断してなきゃなぁ…と適当なことを思ったがその当時のIPO価格と初値…なんと公募価格を下回っていた。
IPOを評価する人たちも軒並みCかD評価。
とにかく、人気のない銘柄だったのだ…。
それがいまやとんでもない価格…。

はっきりいってこの初期のキオクシアを保持し続けた人っているのだろうか?
完全に未来人に違いない。
普通に考えると、低空飛行はなはだしいので手放す人が多かったはず。
でも大した金額でもないから、もしかしたら忘れていた人もいたかも。

そう考えると株ってやつは投資ってやつは、もう買ったら忘れているのが一番いいのかもしれない。
それがわかっていながら、毎日値動きをみてしまう。
今思えば、例えば自分がキオクシアのIPOに当たって、初値売りしていたらどうだろう?
死ぬほど後悔したにちがいない。
なんたって、100株10万ちょいがいまや730万円である。
73倍…気が狂いそう 
いや、まったく関係ないけどね

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