新海誠の映画では、やっぱりRADWIMPSの音楽の存在感がすごい。彼らはかなり昔から活動している。ここにきて、一気にブレイクしてきた感じがする。とくに、昔からその歌詞の深さで聞くものを惹き込んできた。それでも、やっぱりファンでなければ聞かなかっただろう。

かくいう俺も、そう。「君の名は」の主題歌あたりからやっと注目してた。「天気の子」の主題歌もいいよなぁ。にわかファンであるが。

ところで、夏休み明けに自殺が多いという悲しき自体。そんな悲嘆な事実を受け止めつつ、防ごうという企画。ここに出てくる有名人は、やっぱり同じ経験をしている人がいい。


そうか、野田洋次郎もいじめられてたのか…。と考えつつ読むが、いじめもあれだが、それ以上に父親との確執に目が向いた。

驚いたのは、彼の自傷行為のようなものである。

走行している車から飛び降りたり、2階から飛んだり。一歩間違えば取り返しのつかない自体である。だが、それほどまでに、心が傷だらけであったのだろう。ここらへんの経験談をかなりサラリと語っているから、驚くわ。

いじめられている君へ語りかける真摯な姿勢もよい。さすが、言葉を紡ぐ人間である。恐ろしく、琴線に触れてくる。

さて、それはいいとして。少々捻くれている俺。ここで疑問。

いじめられた経験談を語る人と、いじめていた経験談を語る人のバランスが釣り合わないのでは?と。

当然、いじめられるものがいれば、いじめるものもいる。特に著名になる人は、どちらかといえば、いじめていた経験のある人のほうが多いのではとも思っている。

かつて小山田圭吾は自分のいじめ体験を無邪気に語っていた。胸糞悪い記事だったが、正直なやつである。こういったいじめ体験を語る著名人はいない。当たり前だが、批難されるからだ。しかし、記事で影響を与えたかったら、現在いじめているやつにも均等に与えてほしい。

いじめていたが、今猛烈に後悔しているという体験談を著名人が発したら、あぁ、格好悪いやめようかという感じになる人もいるかもしれない。ならねーか。
でも、学校に行くな、逃げろだけでなく、いじめをすると将来に渡ってどうゆう影響があるか、そういうところを心理的に追い込んで、加害者の心を変えさせる、そんなことも必要なのではないだろうか。いじめ自殺を見るたびにそんなことを思う。