毎年やっていた内視鏡検査。昨年はコロナの影響でやらなかった。実際、ここ数年は潰瘍性大腸炎の寛解期なのでほぼ症状はない。なので、内視鏡検査をしても個人的には意味がないかなと思うのだが。

とはいえ、一応発症から10年経過すると大腸がんリスクがやや上がるらしいので、一年にいっぺんはやっとけ~!という主治医の意見にしたがい二年ぶりにやってきた。

今回も全腸ではなく、さきっぽだけ内視鏡で見るので浣腸のみ。
またまた浣腸されて3分粘ったが、もう腹がぎゅるぎゅるしてきて、脱糞。おなじみの展開である。そこからこなれた感じで内視鏡センターへ。検査着に着替えて、検査台へ。尻を破られ、カメラが挿入され、うっという感じで下唇を噛んでいる間に終了。

今回もきれいな大腸がお目見えした。今回も問題なしで一安心。

俺のこの病気は、発症が2009年あたりなので、潰瘍性大腸炎歴はや12年である。俺は直腸型なので、発症時もひどい人に比べればいい方だった。しかし、放っておけば確実に全腸型になっていたり、ひどい時は大腸をとらなければいけなくなっていたかもしれないので、早めに病院に行っていてよかったのだといえる。

しかし、当初、個人病院のようなところでこの訳の分からない難病を告げられた時は、頭に血がのぼったものである。何をいっているのだと。今まで健康的に過ごしてきた人間が、いきなり難病ですといわれるといろいろな反応を示すだろう。俺は、どうやら怒だったようである。そこから、あいつ(医者)おかしい、と総合病院のセカンドオピニオンを受けたところ、あなたは潰瘍性大腸炎という難病ですといわれ、がっくりした思い出がある。

難病といえば死を連想してしまうが、結局難病というのは現代の医学では完全に治癒できない病気の通称である。そこには、死がちらつくものから、日常生活が少し不便になる程度の病の間でだいぶグラデーションがあるのである。運よく、俺は死がちらつかないものであったので、今考えればラッキーだったと思える。

基本的に投薬治療で、寛解したが最初のころは下血が凄くてちょっと大変だった。
でも、それも今となってはあんなことあったなレベル。体の不調は結局、その真っ盛りの時はほんとに心身ともに大変だが、それを超えてしまうと他人ごとのようになってしまう。そう考えるとフィジカルな苦しさというのはきわめて個人的なものである。自分で耐えて、超えていくしかない。

助けになるとすれば、同じレベルの痛みや苦しみを現在も持っている人であろう。
そういう意味では患者会みたいなものは、当事者たちには本当に助けになるのかもしれない。俺のように誰と共有すればいいのかわからなくなってしまったくらいの人は、なかなか人にこの病気をいうのも憚れる、逆に。

難病なんだけど、全然制限なしで食事もできるし、ハードに動ける。
恵まれているんだが、なんだかわからない。だからこそ、年にいっぺんくらいの内視鏡は受けて、俺は難病なんだという自覚をもつのもいいのかなと思う。ここまできたら、絶対大腸がんは発症させないという気合だけはもっている。でもがんってそういう気合入った人が、罹患したりするから怖いよね。