子どもが幼児のころは、小学生くらいに育ったら、子育てがさぞ楽になるだろうなぁと思っていた。しかし、実際に育った子をもつ親たちは、いやその年代年代で大変なのよ、と言っていた。

最近は、この当時は理解できなかった先人の言っている意味が理解できる。不登校気味になったり、ゲーム中毒気味になったり、かたや家ではすごいおしゃべりだが、学校ではまったく沈黙しちゃったり。いろいろな心配が頭をもたげる昨今である。

そこで自分の子育てのバイブル書 田中 茂樹「子どもを信じること」を読み返した。
やはり、いろいろな育児書を読んできたがこの人のが一番面白く、勇気づけられる。なかでも、子どもの誇りについての章は秀逸で、目から鱗なのだ。

子どもは一人の人間として誇りをもって生きている、というシンプルな真理だ。それが親の目からしたら破滅に向かっているように見えるから不思議である。例えば危ないことも、なんでもしたがるのだが、早くこれをマスターして一人前になりたいからやっているのだ。少なくとも純粋な子ども時代に自虐願望や自殺願望はない。つねに、向上心をもって物事に取り組んでいるのだ。それが短期的には親にとってとても見てられないものであることは多いので、つい小言を言ってしまうのである。

俺は今、禁酒まではいかないが自分で酒を買うことを断っている。依存体質があるし、二日酔い体質でもあるので、いいことはないと思ったからである。なので、かなり最近は健康的な生活である。こういった生活改善も基本的には、自分に誇りをもっていて、もっとよりよく人生を生きたいと思っているからである。

子どもも大人も人間である限りは、そのような誇りと自ら楽しくいきたいという願望がある。そうじて、幸せになりたいと思っているとでもいうか。

この本は、そう思っている子供を信じるということに焦点が充てられている。この本を読むと、なんと自分は子供を信じていないのだろうか…と目から鱗が落ちる。しかし、たいていの落ちた鱗は、数日もたたないうちにどこかへいってしまうのである。とはいえ、こういった自分の心に響いた本は、大事にしたいと思う。ちなみに、子育て本はたくさん読んだが、響いた本は「子どもを信じること」と「父親になる、父親をする」の2冊のみである。あとは、まぁ似たり寄ったりだった気がするな。

個人的に、こういった育児書の役割は具体的な方法を教わるとか、画期的な行動を変えるきっかけ、とかではなく、安心感をくれることにある。実生活では、思ったようにいかないことが多く孤独に陥ることもあるが、いや、間違ってないよと優しい言葉をかけてくれるのが育児書の良書だ。そういう意味では、この二冊は自分のシチュエーションにあった優しさを持ち合わせていたといえる。

子どもを信じること
田中 茂樹
さいはて社
2019-04-10