またまた、ちょっと前に再読しはじめた「子どもを信じること」から面白い部分があった!子どもへ、ご褒美をあげるとき、どうしているだろうか?たいていは、何かがあってのご褒美だろう。テストでいい点をとっただとか、お手伝いをしたとか。

だが、著者の田中さんは言う。それは取引であろうと。何もないのに、ふらっとなんか買ってあげたりどっか連れてあげるといい、というのだ。これは、ビックリである。

誕生日でもなく、なにかいいことしたでもなく、なんでもないのにいいことがある。よく考えたら、たしかにこれはとてつもなく嬉しい。いいの!?ってテンション爆上がりである。

こういう、取引をしない施しをなんというのだろうか…なんか聞いたことがある。そう、愛である。

これが、子どもにとって良い効果をもたらすらしい。かつてこれを読んで、とても衝撃を受けた記憶がある。それ以来、ちょくちょく無償の愛を施そうと思っているが、なかなか。誕生日まだでしょ!とか宿題したら、とか取引をしてしまうんだよねぇ。

最近見た記事に、子どもがポイントをためてそれを「学校を休む」という選択肢にも使えるというものがあった。学校を休むことを子供に与える親、なかなか画期的!というのが大方の筋であろう。しかし、先の著書からすると、もはやいいことをしてポイントを貯めさせること自体、取引なのだ。

子どもを信じる悟りを開いた親は、いやもうポイントとかなんとか、そんなもんいらねぇよ、と。休みたいなら休めよ、となる。無償の愛である。

ここで気付く、ネグレクトと無償の愛、この境目の難しさたるや…。結局親がこどもをどれだけ考えているかが、その違いなのかもしれないけどね。