発達障害というのは本当に難しい。かなり近くにADHDかなという人がいるので、最近はなんとなくそういうものだと分かり始めた。何でもそうなのだが、身近にいて初めてそのことについて勉強し始める。

ADHDというのは、アテンション・ディスオーダー(注意欠陥しょうがい)とハイパーアクティブ・ディスオーダー(多動しょうがい)が合さった脳の気質といわれている。人並外れて物忘れが激しかったり、いろいろなものに関心がいって集中できないなどが日常生活において生きずらさを感じてしまう2大要素である。

しかし、それ以外にも人によっていろいろな二次要素が出てくるため、定義するのは難しそうである。

とはいえ、その身近な人物はやはりADHDだと俺は思っている。ADHDってのは、例えば友達など多少距離がある人物ならば、面白いなこの人、このキャラクターなかなかいないな、などと魅力的に思えてしまう所作であったりする。

しかし、ひとたび一緒に暮らしたりすると、そのキツさに気が付く。財布やスマホなど比較的大事だと思われるものを、どこかに忘れる。これは、短期的には「おっちょこちょい」というカテゴリーである。女性の場合は、むしろ隙があり好ましいとすら思われるかもしれない。

しかし、それを3日に一度繰り返してみてください。地獄である。

俺も、最近家の鍵がついたキーケースをなくした。家の中にはあるはずだと思いながら、狂ったように探した。結局、布団の下にあった。その三日後にまたキーケースをなくした。また家の中で発見した。この2回だけでも恐ろしくストレスフルであった。これを繰り返しているんだとしたら、とてつもなく厳しい人生である。ぜんぜん笑えない。しかも、これは全ADHD気質の一部である。

最近タレントの木下優樹菜さんが、ADHDを公表して無茶苦茶叩かれまくっている。免罪符にするな!とか何とか…。

えっ?と思った。
なんと、ADHDの人を身近に持つ人も叩いている(コメント欄しかみてないけど)。俺からしたら、この間の悪さとか伝え方が、まさに皮肉にも彼女はADHDなんだということを証明したなと思って、ちょっとほっこりしているくらいだ。

これだからADHDの人は気の毒なのである。とくに日本では。