最近のチャットGPTの精度がかなり高まっている。
悩みをいえば、それなりの答えが返ってくるし、
本当に優等生なのである。
死にたくなったりしたときに、
何に相談するというので、一位がAIになっているらしい。
いのちの電話を差し置いて、である。
いのちの電話ってとても尊いものだけど、
果たして今の時代に即しているのだろうか…。
第一電話だから、混みあっていてかからないこともある。
命の電話のくせにである。
それでいて、そこには恐らく中高年の男女がいる。
それなりに、固定観念をもっている年代。
果たして最適なアドバイスができるのだろうか。
そもそも、死にたいといっている人に対しての最適解なんてない。
おのずと、普段からいろいろと質問しているChatに話すことになる。
よくできたもので、ある程度自分を把握しているのが凄い。
一から自分のことを語らなくても、蓄積によってあるていど知ってくれている。
これは、相談にとってとても大事なことである。
占いもできるし、様々な恋愛相談にも乗れる。老若男女の価値観を持ち合わせている。
ふと考えると、
エア人間としては、ほとんどのことができる。
肉体を持っていないだけである。
これから、ロボットのような肉体をもつものも生まれてくるだろう。
そうなると、そもそも人間ってなんだろうってなる。
政治家だって、高度なディープラーニングを繰り返している、AIのロボットがやる。
かなりに精度で理想の社会が実現してしまうのではないか。
失敗のない、だいたい成功する社会。
これは、果たしていいのだろうか…。
そうなると、人間は愚かであることが、唯一のメリットであるような気がしてきた。
愚かで失敗を繰り返す。
でも、だからこそそこに微妙なゆがみから生まれる、美しさがあるのではないだろうか。
もはや、最適なものは選んでくれるってなったときに、
人は何をすればいいか。これは、なかなか複雑な問題なのだろうな。
