今年、知り合いが亡くなった
貴重な病院友達だった。
ただの、病院ではない。いわゆる精神科の入院病棟である。
そう、かれこれ20年くらい前、鬱で無職で悲惨な状況の時があった。
そのとき、親に病院にぶち込まれた(と被害妄想…)

病院では、寝て起きて薄味のご飯をたべて、クリスを飲んで寝て起きて、薬を飲んでの毎日。
そんな中、転機が訪れた。
ヘビースモーカーだった俺は、死にたい気分を抱えながら談話室のような机で死んだ魚の目をしていた。
時折叫んだり喧嘩が始まるのを横目に、なぜおれはここに…と絶望していた。
そんなとき、同じ階に入ってきたのがA氏。
同じスモーカー仲間からか、話しかけてくれてぼちぼちと話すことに。
たしか5歳くらい上であった。
話す中で、鬱というのは繰り返すこと、そして社会復帰してからももどってくる人が多いし
俺もそうだ みたいな話をきいた。

完全に孤独であった自分の心がA氏と話すことで和んでいったのを覚えている。
いわく、俺だけではなかった…いやおれ以上の人が結構いるのだと。

自分が入院していた部屋は4人部屋。A氏との絡みで少し元気が出たのか横のおじさんと話す余裕がでてきた。
おじさんは、宗教妄想というのにとりつかれたらしく小さい工務店の社長をしていたが、
借金をして転落。精神を病んだそうである。
単なるといったらなんだが、鬱だった自分には分からない闇の世界がそこには沢山広がっていた。
いまでいう統合失調症の男性は、常に新聞記者に狙われているといっていたし、
20年歯を磨いてない人もいた。ボロッぼろである。

自傷行為で、にこやかに手首から血を流す女性もいた。元電通、東大、京大、高学歴の入院患者もいた。
名の知れた芸術家もいたりして。
精神科はベテランだったA氏にいろいろなことを教わった。
それが、直接的に自分の病の回復につながったかは分からないが、
きっかけにはなったろう。

そこから、退院後もたまにもう一人の病院友といっしょにあったりした。
そこから10年以上直接会うことはなくなったが、年賀状のやりとりはあった。
そして、二年前に久しぶりに飲みに行ったのだ。
近況を報告し、みな元気でよかったと言い合っていた。

今年に入り、A氏のメンタルがかなり厳しいことになっているのは感じていた。
再婚した奥さんとの不仲などもあり、愚痴が激しくなっていた。
こちらも、余裕がないためあまり深くは関われなかった。
今となっては悔やまれるが、ある日知らない電話から着信があり留守電を聞いたら
あったことはないA氏の奥さんからである。
嫌な予感がして、折り返すとA氏が亡くなったと。
奥さんを締め出して、一か月部屋で孤立死をしたと。
季節柄腐敗がすすみ見る影もなかったと…。

なんという悲しい死に方だろう…。自分にはなにかできたろうかと
思うのだが、人の死に関してできたことなんて結局はないのだ。
精神的に病むということは、すべてのことを差し置いて悲劇的なことである。
元気があればなんでもできるというのは猪木の名言だが
これは、その通りである。

逆に元気がなければなにもできないし、死に近づく。
貴重な病院時代の友をうしなった悲しみはつづく。
それでも、ともに過ごした時代やその後の再会は自分にとっては掛け替えのないものであった。
自分だっていつ死ぬかわからない。
それでも、エネルギーがあるうちは妻や子供を大事にしながら生きていきたいなぁ。