R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

こども

結局なってみないと分からないことは多い

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野田聖子の記事を読んだ。
この人は高齢出産で障害を持った子をもつ、現役の母親だ。
政治家なのでいろいろと叩かれることも多いが、
ブログを見ると、小さな時から命の危機があったり、現在も結構な困難を抱えている息子である。

なってみないと分からないことを沢山学んだ。

記事の最後のほうで、このように言っている。
政治家としての発言であろうが、
これは本当にその通りである。

人間は無知を克服することで、知恵を身につけて生きている。
なので勉強をするのだ。
しかし、勉強などではわからないこともある。
それは、経験で学ぶのである。

とりわけ経験の中でも人がしたくない経験というのがある。
その中のひとつが、障害児の親ではないだろうか。
だからこそ、妊娠前に検査をして多くの人が中絶を選ぶ。

しかし、意図しないこともあるのだが障害児の親となってしまう人たちは多い。
強度行動障害のある子供を押さえつけながら、ほうほうのていで暮らしている親のドキュメンタリーをみた。
とてもじゃないが、あれは知識で学べることではない。

野田聖子氏もあれに似た大変さがあったのだろう。

翻って自分もそう。
どんな親が自分の子ども不登校を喜ぶだろう。
そう、まったく歓迎しない不登校という事態も、想定外だし、
なってわかるのはその親の苦しみである。

育児には積極的に参加していたので不登校については、読んだりして
知っていた。
子どもがそうじゃない時のスタンスは、こうだ。
いや、今の教育がきついって、不登校児が増えても仕方ないよ。無理はさせない事…。

実際子供がそうなったらどうだ。
鬼の形相で行かせようとしたり、引きこもり気味の子どもと他の子を比較してみじめな気持ちになったり、
その時にならなければ分からなかった感情に揺さぶられた。

そう、自分ってやつは自分に甘い。
まさか自分に訪れるとは思っていないのだ、悲惨な事態ってやつは。
そんで、それに対応してワラワラしているうちに、
何だかわからないほど深い見地と、許容する力が生まれる。

とりわけ、離れることができない子どもの困難は、他のなにとも違う大変さがある。
いま自分は知り合いのだれかが、不登校のことで悩んで相談してきたとき、
なによりも共感力を高められると自負している。

9月の誕生会

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誕生日月の息子。はやいものだ、もう13歳とは…。
あんなに小さい赤ちゃんだったのに、感慨深い。
不登校でこの年を迎えるのもまた、なんとも。

そしてうちの父と妻の父も、9月が誕生月。
じじい2人に孫1人で、毎年みなで集まっている。
今年は、いつもの場所ではなく息子のリクエストでざうお という店へ。
魚のいけすがあり、釣りがたのしめる居酒屋。

タイが6000円とか。うっかり釣り上げすぎると破産するというスリルがある。
子供らは、いろいろ高級魚ふくめ3匹くらい釣ってご満悦。
料理もおいしく、大人も満足。ちょっとうるさかったけどね…。

今年は、義母ががんの転移があったり、命の危機があった。
無事手術が成功し、ことなきを得ているのが奇跡のようだ。
命というのは尊い。生きてればなんとかなる…そう思うんだよね。

うちの父母は80代。いつ何があってもおかしくないなぁ。
こうやって、みんなで元気で集まれることに
感謝しつつ今を生きたい。

不真面目なくせに子には大層なことをいう親

いやぁ、なんか最近昔のことちょこちょこ思い出すけど…。
不真面目だったなぁ。
大学生の時のバイトで思い出した、展望台のカフェ。
もうすでに、自分にはバイト仲間の雰囲気が合わなくてね。
ドタキャンでそのままやめた。

大学卒業して入った会社だって、営業職でむいていなかった。
連日、公園に営業車をとめて昼寝。
午前中に出て、夕方まで寝てたこともあった。
熱心な同僚が、日経新聞を読んでいるときに、
ジャンプやマガジン、コミックバンチとか複数冊を車で熟読。
これで、月給貰ってたから恐ろしい…。

そのくせ、日常には常に不満をたらしていたんだっけ。
なんか、自分はもっと大物になる存在だとか思っていたのではないか…。
若気の至りながら、恐ろしい。

とにかく、仕事、まじめにやったら損!みたいなスタンスだったなぁ。
今考えてもかなり痛い。

そんな自分が、子どもをもって、真面目なことを伝えている。
好きなことを今のうちから見つけろ、だとか。
楽しいことだけしてるだけじゃ人生まともに生きられない、とか。

どの口が言ってんねん、。
高校のとき、行ってきますと家をチャリで出て、30分かけてターミナル駅の前のパチンコ屋へ。
夕方までパチンコを打っていた。
高校生だが、その当時はほとんど何も言われないくらい緩かったのかも。

とにかく、不真面目を絵にかいたような人間がおれである。

人生の道中、ちょうど30くらいで大きくつまずいた。
知らなかったけど、挫折ってこんなに大変なんだねと。
ある意味、挫折を知らなかったのだろう。
そこから、復活してからは比較的まともに生活を頑張っている。

いまや家族がいる。文字通り自分でつくった家族である。
そのために、今日も今日とて早朝からWワーク である。
遅刻も0である。
あの当時の自分に見せてやりたいほどの変貌ぶり。
人は変わる。というか、いろいろな道をたどってしっかりする。
それには、いろいろな道を歩く必要がある。齢50にしてそんなことに気づく。

苦言ばかり言っているが、お前が言うなと斜め上くらいから常に言われている気もする。

父親像とは…

子を持って十数年。二人を育てている。
思えば、昔から育児は大変であった。
息子が生まれたとき、比較的積極的に育児をしていたんじゃないだろうか…。
夜中にミルクをあげたり、離乳食作ったり、もちろんオムツもお風呂も入れた。
息子は、かなり腕白な性格で、妻も手を焼いていたが、自分もかなり大変だった思い出がある。
たとえば、ガチャポンがある。街中のいたるところに設置してあるガチャポン。
これをやりたいと、騒ぎ出したら最後、とてつもない癇癪でそれをかなえようとする。

駅からベビーカーに乗せて帰る道すがら、そうとうな癇癪を起していた。
おもむろに女性が、そばを通り過ぎたと思ったら、くるりと振り返って、
「きみか、凄い声を出しているのは。あっちからも聞こえたよ!しっかり躾なさいよ」と子どもと、親(俺)に向かって宣った。
すみません、というしかなかったね。注意されたりすることも多かったかもなぁ。

3年後に娘が生まれるのだが、妻が切迫で2か月間入院したことがあった。
その間3歳弱の息子と二人暮らしになったこともある。約二か月、近くの保育園に連れていき、その後仕事に向かう。
離れるときに大泣きされたことも多々。
お昼寝用のシーツを週の初めに変えるのだが、ほとんどママさんに混じって、シーツ替えも行った。

そんなことをしていたら、赤子の娘がやってきた。
そこから、息子が赤子にアタックしないように気を遣いつつ、夜泣きをする娘を腹の上に載せて寝つつ、
ミルクをやったりした。
そうこうしているうちに、妻の顔色がとても悪いことに気づく。
産後鬱を警戒した。自分は鬱を経験しているので、なんとなくヤバイ予感がそこはかとなくした。
そこで、間髪入れずに、育児休暇をとることにした(一か月)。
いまとなればたった一か月だが、なかなかに大変だった。

妻が仕事や息抜きで外に行っている間、ずっとワンパク三歳児と赤子の相手である。
黄昏時の夕方には、こいつは…ヘビーすぎやしないか?
特大のため息をついた。

最初から育児に関わってきていると、そのまま密に子供に関わることになった。
仕事に多少余裕があったというのもある。
その結果、父親としての威厳は失われてしまった。

子どもは母親と父親では、父親を恐れる。
お父さんにいうよ!で静かになる、という家庭も多いのだろう。
うちにはそれがない。

それが、不登校児というものを抱えた時、なにやら失敗したような気がしていた。
まるで威厳がなく、言うことを聞かないからだ。

でも、得たものを考えてみよう。
間違いなく、信頼や親近感であろう。
いわゆる伝統的な父親像にはない感じになっている。
母の取り合いより、父のとりあいをしてしまう有様である。
これは良かったのかもしれない。

幼少期から関わりの薄かった父親が、
進路や就職のときに待ってましたとしゃしゃり出てくる。
それが自分は嫌だった。
いまや好々爺としている自分の父親も似たような感じだった。
もちろん、子どもの時のキャッチボールの記憶などはあるが、
どこか距離があった。

そういう意味では、子どもとの距離0感がある。
もしや、自分の理想の父親像になっているのかもしれない。
しかし、威厳がない…。これは、妻からすると嫌なのかもしれない。
いうことを聞かない子どもたちに楔を打つのが父親像でもあるからだ。

でも仕方ないもんね。どちらかをとればどれかを失う。

春は卒業の季節

いやぁ暖かいうららかな日が続いている。
雪が降ったのこの前じゃなかった!?でもいまは暖か。
そして、卒業の季節の到来である。
小学校…うちもご多分に漏れず。
あの入学式から6年…。

成長した華々しい姿に…と思っていたが小6より不登校になってしまったのだ。
卒業アルバムもいらず(のらず)、式もでないのである。
なかなか腕白な展開であろう。

自分の子どものころはそういう選択肢は皆無であっただけに、困惑する。
そして、卒業式証書を親がとりにいかなければならないという針のむしろっぽい状況。
妻はそれを想像するだけで、心が病むとのことで大黒柱であるおいらが、
仕事を早引きしていってくる!

めちゃめちゃ行きたくないよね。
それもそうだけど、終わりよければすべてよし、という言葉が重くのしかかる。
これでよかったのだろうか…いや、良いのであろう、というか今更だろうね。
今年一年はこれからどうなるだろうか…。
不安もあるが、春の風にふかれながら適当にながそう。
そう、本来自分はてきとうな人間であった。
家庭をもって子育てをするうちに、リスクを考える真面目な人間になったんだよな。
適度に力を抜いて頑張りましょう。

小中高のこどもたちの自殺者527人だと…

子どもをもつ親として衝撃的な数字といわざるを得ないな。
6歳~18歳の子がたった一年で527人も自死でなくなっているって。
こんな国である日本。そして、少子高齢化が加速。ただでさえ貴重な人材が、心を病んで死んでいくって。
ちなみに内訳は、小学生15人、中学生163人、高校生349人 だって。
まだまだ人生のスタートラインににも立ってない未熟で、向こう見ずな若者たちが自ら命を絶っていく社会って絶望意外にないな。

いじめや学校問題、家庭の問題など原因は様々だけど自死するにはそこまで至る過程があるのよ。
そこまでいくまでに、何かのネットにかかってほしいのだが…。

じつは自分も自死未遂をしたことがあるのだ。齢29歳のころかな?
完全に精神を病んでいたので、まぁ鬱である。
あの時の気持ちを自分なりに思い出すと、死にたいわけでは決してないのよ。
頭の中をしじゅう周り続ける、後悔や罪悪感、敗北感や虚無感や無力感。とにかく、ネガティブな感情をシャットダウンするには自分を終わらせるしかないんだよね。

だからこそ、自死ってほんとうにどうにもならない。ただただ、苦しみから逃れたいだけなんだから。
サウナにずっと入っているでしょ。苦しいじゃない時間たつと、そこから出たら涼しいでしょ。
出た先が死への部屋ってだけ。
もっと別の楽になる部屋がいっぱいあれば、死の部屋なんて選ばんのよ。

自分は、そこから精神科に入院し同じような仲間にであうことで、癒され不死鳥のように復活。
もちろん投薬治療もうけたけどね。

その後いろいろありつつ、結果的に子供にも恵まれて、あのとき死なんでよかったなと心から思っている。
同時にただラッキーだっただけだなとも思っているのだ。

自死を悪いものとみるといけない。そこまで追い込まれた人間がそこにいる。
そして、彼らは若い。
きっと、あとでなんかなるから、とりあえず逃げられる空間を用意してやるしかないのだ。
自分の子どもが自死したらと考えると、きっと親ならあとを追ってしまうかもしれない。
肉体は死なずとも精神的な死を迎えてしまうかもしれない。

そう考えると数字には表れない膨大な数の悲劇が毎年起こっているのだろう。
航空機が墜落して500人亡くなったあと、再発防止としてJALは徹底的な対策をうった。
この若年者の自殺者はそれ以上の悲劇だ。
なのに、毎年高値を更新!って情報だけ垂れ流しやがって無能でしかない…。
そして、出産率がまた下がり続ける。そりゃこんなニュースが流れる国で子ども育てらんないなぁ。

不登校記事のうすさたるや…

当事者になると目の前の景色が変わるんだよね。
なにって、不登校関連のいろいろである。
とりわけ、学校の長い休みのあとに出される、有名人のわれらも不登校だった…という記事。
逃げてもいいんだよ という感じの極めて優しいタッチの投げかけである。
不登校児を抱える前は、けっこう見ていてこれは当事者には効果があるのでわ?と思っていた。
なんせ、今華々しい活躍をしている有名人が、おいらも不登校だったズラと、テヘペロでいってくれるのだから。

しかーし。不登校児だっれも見とらん!そんな記事そもそも。まぁ、親がちらっと見る程度かな。
それでいて、不登校の深刻度の低さに一気に興味がうせるのだ。
せいぜい、不登校になって数か月程度で復帰しちゃってんだもん。
こっちは、もっと深刻なものを求めているのだ。そして、安心したいのである。

最近は元モー娘。のミキティが子育てに関しての意見をいろいろ言っている。
たしかに、うなずけるものもあるだろう。
きっと、不登校の悩みをミキティに言えば、気持ちのよい答えが返ってくるに違いない。
しかーし。ゲームの制限バリバリしてるところなどを見ると、
きっと、本来の不登校児の深刻度をまったくわかっていないであろう。
ただ、そこに悩むものがあれば寄り添えばいい…という自動化プログラミングである。
いや、まぁそういう職業だからね。イラっとして、ごめんなさい。

かねてから思っていることがある。
メディアには、弱者に寄り添う記事は多い。
しかし被害者がいれば加害者がいるのが、世の常。
いじめられていた有名人が、今いじめられている子に死んではいけないといってくれる。
しかし、いじめていたものが発言したのは小山田圭吾 以外には聞いたことがない。
ご存じの通り、何年もたって追い込まれている小山田圭吾をみるに、加害者には容赦がない。
でも、絶対いるはずである。有名人でいじめていたという人は。

作られた世界は心地がよい。でも、当事者の世界は過酷である。
給食がなくなった世界線で、昼に起きてきてペヤングソース焼きそばを食べる小学生。
これが毎日である。
きっと、そんな不登校児を抱える有名人は、メディアにでて、「きっと、大丈夫…」なんて言わないだろう。
言ってくれたらどれだけ救われる人がいるだろうか…とは思うのだが。

血が流れるのを想像して、痛いよね…という人を信じない。
現在も血を流しながらも、励まそうとしてくれる人を信じる。
なんか殺伐としちゃったなぁ俺 と思う今日この頃である。

子育ての初体験は早い方がよい

初体験…性への第一歩である。こちらは早ければ早いほどいい!とは断言できないなぁ。妊娠のリスクともあるかね。
それ以外の体験、特に育児に関する体験は男にとって早いに越したことがない!と断言できるね。
今回の息子の不登校もそうだった。俺自ら、息子を学校へ行かそうとしたよ。普段は妻がやっているものだけど、俺ならいけるかもっと思ったしね。
登校渋りの朝である。まずは、ナイスな声掛けで息子のテンション(?)をあげる。昨日の夜は、明日は絶対行くよ、と言っていた息子である。
朝食も食べてさぁ、というとこで動かなくなる。いやいや、と最近めっきり重くなった息子の体を持ち上げる。持ち上がらない。
そうそう、脱力した人間の体って重いよね?そうじゃなくて。
一時間目は漢字のテストなため、二時間目からの登校を希望。まぁしゃーない、と。
ここで放置するとお布団で寝かねないので、息子の好きなゲームを一緒にやって盛り上げる。
息子もわっははと笑いながら、あと何分?なんつって登校時間をきにしてる!
きた!(俺)なによぉ盛り上げりゃいけるじゃない。その時はそう思う。

いざ、二限目はじまる10分前。なんかお腹いたいか…な…。へ?(俺)いやいや、それはないでしょう。
そこから、大丈夫大丈夫と息子の脇をかかえ、玄関まで連行。もう外に出しちゃえばいいや、えいや!と外へ。
もうその時点で半泣きの息子。玄関の戸を開けて押し出したところで、震えだした。こ、こわい。
この段階でやっと気づきました。こりゃ、無理だわ。普段は明るい息子の初めてみる、怯えている姿。

この体験があったから、妻との息子の不登校についてのすり合わせはほぼできたのだ。その後。

人間にはどうやったって体験が必要である。
妻からの報告に、頭の中で分析して出すLINE。こうしたほうがいい。この声掛けどうだ?遠隔操作のクソ役に立たないことこの上なし。
百聞は一見に如かず、なのである。

思えば、子育ての最初の原体験は育児休暇一か月とって、完全ワンオペ育児を3日くらいしたときである。2歳の息子と赤子の娘。
子供の相手に忙しなく動いて、気づいたら16時。黄昏の夕日をみながら、あんだってんだよぉ、この一日はよぉ。(志村けん風)
きつ過ぎるだろうと思った記憶がまざまざと蘇る。
お母さんは、これを何日こなしてんだという…。

そうそう、その前娘が生まれる前に妻が切迫で3ヵ月入院しちゃって。2歳の息子をかかえ、疑似シングルファザーになったときがあった。
あれもキツカッタ。仕事前に保育所に息子を連れてくと、その玄関でプチげろを吐いた息子。急いで靴で証拠隠滅(預けられなくなっちゃうからね…)したとき。またそれを見られてたときーーっ。悲しい時っ。懐かしいね いつもここから どこ行った。

とにかく、何もかもが体験である。とりわけキツイと言われているものは、頭で考えるより体験しないとわからない。
それなのに、ホワイトカラー的オペレーションで、PDCAのサイクル回せば子育てなんてできるっしょ?なんて言ってしまうから夫婦仲が悪くなるんだよね。
まぁ、なんにしても、父親は特に仕事が大変だろうけど母親が立っている位置に早めに立って、同じ滝に打たれたほうがいい。

不登校の親から思う…本当の共感とは

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よくあるなぁ、新学期始まるころにメディアに踊る不登校は悪くない、というような記事。
逃げて大丈夫というような記事。
本当によくわかる。そう、つらいよね逃げていいよ…と。
最近も、芸能人のママタレみたいな人が、不登校に寛容な態度を示す記事があった。
フリースクールに行くのもひとつの手である、と。
まぁ、そのママタレさんの子どもは当然ながら不登校でもないんだけど…。
あくまで、想像して共感をしているのだ。もっと踏み込むと、自分の子がそうなったらと。

共感ってすごい大事。そして、共感は想像力である。
想像とは実際に起きてないことをあたかも起きているかのごとく考える力だから。
それがなくては、始まらないといえる。

でもね、いつもそういった記事は不登校になる子供に向けられているのよ。
だから、まなざしが優しいし、言ってしまえば無責任なのだ。
不登校児をもつ親に向けられた記事は、かなり少ない。

なぜなら不登校児の親の気持ちは、そうなっていない人には全くわからないといえるからである。

俺がそうだから。
今となっては、週1行かないくらいのプチ不登校で、分かった気になっていた自分を恥じたい。
完全不登校の恐ろしさたるや…。

不登校に寛容な気でいたが、結局自分の子どもは完全不登校ではないのなら、それは綺麗ごとであった。
不登校児の親は、着地点としては子供の不登校を認めてもう何も言わない というところに行きつく。
だが、そこに行きつくまでの修羅場たるや。暴言、暴力、虚脱、自虐、劣等感。
親と子ども双方が傷つけ合い、ボロボロになった末に不登校が出来上がる。
対外的にも担任との話し合いや、給食費とめたり、荷物持って帰ったりも結構キツイ…。

いきなり不登校児を、OK分かった明日から行かんでいい!と認めらる親なんか、いるんかな??レアだろうね。
認めたところで、
・毎日子供がゲームをしている。
・給食がないので、栄養が偏る。
・勉強をまったくしない。
・単純に家にいるので、家を簡単に空けられない

などなど親にとっては困りごとのオンパレードである。
学校とは、子どものためというより親のためのものであるといっても過言ではないくらいである。
これは、ある種の新しい視点といってもいい。

なら、フリースクールに行けばいい?
いや単純に金がかかるし、フリースクールったって本人はそう簡単に行かないのよ。

不登校を認めて、エネルギーを貯める期間が必要?わかるけどね。それ、いつまでなのよ!
そう言っている間にも、他の子どもたちの元気な声が外から聞こえる。
その劣等感たるや…。他の子ができることが自分の子はできない…。という。

こういった、日々の心配事に加えて、他の子と比べてしまうということからも耐えなくてはならない。
もう、厳しい寺の修行僧を超える忍耐力を持たないと耐えられない。
そんな時に目にする、不登校…いいじゃない。という記事の腹立ち度たるや。
んじゃ、われの子がなっても言えるんだな!という理不尽な怒り…。

そう、お気づきだろうか。不登校は子供はもちろんだが、親がいい年齢になった自分自身と対峙しなければいけない、そして価値観をガラリと変えていかなければならない機会なのである。
そこそこ、社会経験も積み、あとは子供を育てつつ、年齢を積み重ねていけばまぁいいか。と思っていたのに…。
これは大変である。
これを、あの時は大変だったなぁと他人ごとで語れる日が来るようになるのだろうか。
先が見えないトンネルを進んでいるときに、大丈夫大丈夫、逃げていいよという無責任さ。
いや逃げてトンネル入ってんだけど!
トンネルにいない人に、共感を求めるのは無理があるなぁ。やはり、同じように暗闇に逃げ込んでしまった人達しか、共感はできないのである。しかし、暗闇だけにお互い会うのも難しい…。
なかなか難易度が高いのです。

防災体験学習施設 そなエリア東京 で大震災の疑似体験

Panasonic施設からほど近い距離にあったのが、防災体験学習施設 そなエリア東京。
ここで、防災体験ができるとのこと。
俺としては、震度7くらいの地震の体験ができるのでわ…とワクワクしていた。
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時間帯別に予約するので、30分後に。

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その間息子と方々を回った。庵野秀明のシンゴジラで総理大臣たちが集まる指令基地が出てきたのだが、
その部屋があって、そこを覗き見れてわおっとなった。

時間になったので、集合場所へ。中年女性と男の子と父の親子連れと1、2歳の幼児を連れた二人の母親。
このクラスの幼児が体験できるなら、あんま怖いのはないかぁとちょっとガッカリ。

映画館のあるビルからエレベーターで下がっているときに、地震が起きるという設定。
ちゃんとしたエレベーターに乗り、降下。途中やや大きめの音が…。これが、地震の合図。
落ち着いてエレベーターを出てくださいという指示にしたがい、開いたエレベーターを出る。
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非常階段の緑のランプに従って、進むとちょっとびっくり。
被災した町が眼前に現れた…。これはけっこう迫力あって、大型ビジョンから終始流れるアナウンサーの呼びかけと相まって、
なかなかドキドキした。
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その後、前もってもらったタブレットから出るクイズに答えながら町を徘徊。
とちゅうの、民家がくずれたところでは、「助けて―、助けて―」という女性の声。
崩れがすごすぎて、素人では手を出せない感いっぱい。いや、これは無理だわ。
同じことが現実に起こっても、とても近づけやしない!
能登の地震を思って、すこし怖い気分に。
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全行程30分くらいだった。
一番すごかったのは、やはり巨大ジオラマのような震災を表現した町である。
あそこをみれてよかったなぁ。
あとは、最後に震災時のシミュレーションの映像みるのだが、
マネキンの人間が本棚とかに簡単にぺしゃんこにされてしまう映像に恐怖。

これを体験したからどうということはないが、防災意識は常に高めておかないとなぁと思った。
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