R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

育児

ハーフ成人式

息子さんが10歳を迎えた。ちょっと前は、10歳はハーフ成人式とかいって盛大に祝っていたな。
でも、いまや18歳が成人である。となると9歳がハーフか…と。
なんか中途半端だな。やっぱ感慨深いのは10歳である。

まるまる10年生き抜いてきたのである。今もだけど、いろいろあったなぁと思わざるを得ない。
よくぞ健康に生きてきてくれた、親が思うのはシンプルにはそんなことである。

と感慨にふける暇もなく、息子が友人を8人くらい呼び込んで誕生会を開きやがった。
休日である。
妻はあいにく仕事である。これをアテンドするのは俺である。
自慢じゃないが、まったく小学生に慣れていない。
しぶしぶ買って出たのだが、次から次に子供がきて、みなそれぞれ遊ぶ。

しょっぱなからカオス状態。

だいたい、8人以上を収容できるリビングではないからなんか大変。
途中まで、誕生会というかストリートで戯れる子どもたちになってる。

これはいかんと、予約していたピザの到来を告げる。
各々椅子について食べたり飲んだり。

そこで、おなじみのクラッカー。
おなじみの「人に向けないでね~」という俺のセリフ。
そして、警告を無視して人に向けてパンパンやる子どもたち。
これもお馴染み。

そんなこんなで、ピザからのメイン。

サーティーワンアイスクリームのスプラトゥーンアイスケーキ。
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こちらを、8等分するという難易度の高い業務をこなす俺。

お目当てのアイスにありつけず、不満を漏らす子どもを華麗にスルーして、
なんとかバースデーの歌も終わり。
息子も子どもたちもなんとか満足したもよう。

どうでもいいけど、アテンドする人って大変…。しかも子供って予想外だしキッツイ。

とはいえ、自分の子どもの誕生日を祝うためにこれだけの友人が集まってくれるなんて、幸せものだなぁと思った次第。
家では無茶苦茶だけど、外では意外とナイスガイなことを俺は知っている。
だからこそのこの好かれっぷりだろう。

この調子であと10年、いってほしいなぁ。

秋を虫で知る

蝉の声が聞こえなくなってきた。
しかし、残暑というか暑さはまだ残る。

公園に行くと、蝶々とともにトンボが沢山飛来していた。

100円ショップで買った虫取り網をもって、娘がいざ走り回る。
蝶々と違って、トンボは取りにくいと初めて知った。
なかなか、一カ所にとまらない。

それでも、娘は持ち前のフットワークで駆け回り、捕獲。
結局、5匹くらいとった。
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しかし、まじかで見るとトンボの顔ってTHE・昆虫って感じ。
仮面ライダーってここから来たんだっけ。
あのフォルム考えた人、なんでこれにしたんだろうか。

トンボ、バッタ、蝶々。

虫取りにハマっていた娘だが、さて来年は虫取りなんかやるのだろうか。
子どもの成長は早い、季節単位でみたらあとどのくらいこうやって一緒に行動できるのだろうか。

何気ない時間にちょっとした憂いを感じる。
これも秋のもたらすものであろう。

いや、それはそうと、もうそろそろ帰っていいですか…。かれこれ公園で、3時間…であった。

子育てのアップデートが必要

しつけやマナーって日本人は好きである。相手の迷惑にならないことを、とかやってもらったらお礼を言う、とかである。家庭内のしつけはとりわけ大事といわれている。

うちも妻がよく、飲み物をとってもらった時、お礼は!といって、ありがとうを強要している。強要というとあれだけど、まぁ、本人がやらないことをさせるのは、広い意味では強要であろう。指摘されて、「ありがとう」と言うことになんの意味があるのだろうか、と密かに思ってしまう。

心から思ったら言葉に出す、というのが基本だろう。まぁ、きれいごとであるが…。

俺の場合はひどいもんである。父親の威厳などが基本的にないので、なにをやってもお礼を言われないし、当たり前のようにジュース取ってとか言われる様である。あまり、それに対して何も言わない。

確かに疲れているときは、たまにイラっとくるのだが、こちらもこちらで基本テーマがある。家庭は、「くつろぎの場」ということである。もう、何をやっても基本はいいということである。言葉遣いとかも適当でいい。そういった心許せるホームがあるからこそ、外ではきちっとできるのでは?と思っている。

関係ないかもしれないが、自分の仲で「抱っこ理論」(てきとうにつけた)というのがある。ある程度大きくなったのに、相変わらず抱っこをせがむ子ども。かつては、こう考えられていた。抱っこをしてしまうから、それが癖になっていつまでもせがみ続ける。つまり、悪い癖を親がつけてしまっている、と。

しかし、最新の脳科学だとこれは違うらしい。

抱っこをその子がしてほしいなら、何回でも何歳になってもしてやるといい。そうすることによって、コップに水が満たされるように、ふとある時点でせがまなくなる。つまり、満たされてしまうのである。それ以降はまったく興味がなくなる。これがいわゆる「自立」である。

コップを満たさないまま、だとどうなるか。

あの時満たされなかった、という思いがずっと残ってしまうのである。未練ともでもいうかなんというか。
これと同じことはいろいろなところでいえる。とにかく、子どもの望みは一部を除いて(お金がかかること)、すべてやってやるくらいの気概が必要である。

まぁ何が言いたいかといえば、こうである。日本のいままでのマナーとかって、もしかしてクソではないかということである。今の時代からみると…である。その時代はいい。子供が多く、全体をなんとかまとめなくてはならない。子供が5人もいるのにいちいち抱っこしてらんない!なんてのもあるだろう。
しかし、今はそうではない。アップデートが必要なのだ。

我々が受けてきたマナー教育やその他。それをさらに次世代につなげてどうするのか?この生きにくい社会を作っているマナー教育である。相変わらず、しつけやマナーに賛同している人たちはどうかしている。

子育ても、もうびっくりするような革命のようなアップデートが必要だと思う。似たような生きにくい子供を作らないように。ありがとういえるかどうかなんて、短期的にはどうでもよいでしょ。実際。と思っているのだが。
何をやっても、いいというような子育てのマナー。いや、それヤバイでしょ、と思われるほうが、実は正しいのかもしれないと最近疑っている。

子どものダンス発表会が面白い

子どもの発表会といえば、ピアノがポピュラーだろうか。娘がやっているので、行ったことがある。正直自分の子ども以外は、見てるのが苦痛であった。延々と子どものピアノを聞かされる大変さタルヤ。

もちろん、駄目ということではない。子どもの発表会というのは、概してそういうものである。親が子供をみるために行く。いわば我が子を愛でる会である。

さて、息子も娘も水泳をやめてから、ダンスを習い始めた。
そして、先日息子のダンス発表会が近くの公会堂で開催された。20組がでて2時間ほど。息子は10番目である。結論から言えば、無茶無茶楽しかった。

いろいろな子ども関係のイベントに出てきたが、ダンスイベントは群を抜いてエンタメクオリティが高かった。照明などの演出や、選曲、振付など、先生たちが苦労して楽しいイベントにしようというのが伝わってきた。

もちろん、自分の子どもが出ている会がマックスの見どころだが、ほかの子たちもものすごく見れちゃう。変なプリキュアとかのアニソンとか、流行りのJPOPなどを使ってないのがまたいい。海外のゴリゴリのダンスミュージックである。

孫の晴れ姿とあって祖父母も2年ぶりくらいに公のイベントに参加。かなりご満悦の様子だった。ダンスがもつ特殊性が影響しているのかもしれないが、子どものイベントを大人が耐えうるものにするってすごいことである。

また次も観たい…、と思わせたこのイベント。
ダンスはエンタメ能力を鍛えるのにいいかもしれないね。

無償の愛は取引をしない!

またまた、ちょっと前に再読しはじめた「子どもを信じること」から面白い部分があった!子どもへ、ご褒美をあげるとき、どうしているだろうか?たいていは、何かがあってのご褒美だろう。テストでいい点をとっただとか、お手伝いをしたとか。

だが、著者の田中さんは言う。それは取引であろうと。何もないのに、ふらっとなんか買ってあげたりどっか連れてあげるといい、というのだ。これは、ビックリである。

誕生日でもなく、なにかいいことしたでもなく、なんでもないのにいいことがある。よく考えたら、たしかにこれはとてつもなく嬉しい。いいの!?ってテンション爆上がりである。

こういう、取引をしない施しをなんというのだろうか…なんか聞いたことがある。そう、愛である。

これが、子どもにとって良い効果をもたらすらしい。かつてこれを読んで、とても衝撃を受けた記憶がある。それ以来、ちょくちょく無償の愛を施そうと思っているが、なかなか。誕生日まだでしょ!とか宿題したら、とか取引をしてしまうんだよねぇ。

最近見た記事に、子どもがポイントをためてそれを「学校を休む」という選択肢にも使えるというものがあった。学校を休むことを子供に与える親、なかなか画期的!というのが大方の筋であろう。しかし、先の著書からすると、もはやいいことをしてポイントを貯めさせること自体、取引なのだ。

子どもを信じる悟りを開いた親は、いやもうポイントとかなんとか、そんなもんいらねぇよ、と。休みたいなら休めよ、となる。無償の愛である。

ここで気付く、ネグレクトと無償の愛、この境目の難しさたるや…。結局親がこどもをどれだけ考えているかが、その違いなのかもしれないけどね。

子どもは、自らの手で自分の人生を豊かにしたいと思っている

子どもが幼児のころは、小学生くらいに育ったら、子育てがさぞ楽になるだろうなぁと思っていた。しかし、実際に育った子をもつ親たちは、いやその年代年代で大変なのよ、と言っていた。

最近は、この当時は理解できなかった先人の言っている意味が理解できる。不登校気味になったり、ゲーム中毒気味になったり、かたや家ではすごいおしゃべりだが、学校ではまったく沈黙しちゃったり。いろいろな心配が頭をもたげる昨今である。

そこで自分の子育てのバイブル書 田中 茂樹「子どもを信じること」を読み返した。
やはり、いろいろな育児書を読んできたがこの人のが一番面白く、勇気づけられる。なかでも、子どもの誇りについての章は秀逸で、目から鱗なのだ。

子どもは一人の人間として誇りをもって生きている、というシンプルな真理だ。それが親の目からしたら破滅に向かっているように見えるから不思議である。例えば危ないことも、なんでもしたがるのだが、早くこれをマスターして一人前になりたいからやっているのだ。少なくとも純粋な子ども時代に自虐願望や自殺願望はない。つねに、向上心をもって物事に取り組んでいるのだ。それが短期的には親にとってとても見てられないものであることは多いので、つい小言を言ってしまうのである。

俺は今、禁酒まではいかないが自分で酒を買うことを断っている。依存体質があるし、二日酔い体質でもあるので、いいことはないと思ったからである。なので、かなり最近は健康的な生活である。こういった生活改善も基本的には、自分に誇りをもっていて、もっとよりよく人生を生きたいと思っているからである。

子どもも大人も人間である限りは、そのような誇りと自ら楽しくいきたいという願望がある。そうじて、幸せになりたいと思っているとでもいうか。

この本は、そう思っている子供を信じるということに焦点が充てられている。この本を読むと、なんと自分は子供を信じていないのだろうか…と目から鱗が落ちる。しかし、たいていの落ちた鱗は、数日もたたないうちにどこかへいってしまうのである。とはいえ、こういった自分の心に響いた本は、大事にしたいと思う。ちなみに、子育て本はたくさん読んだが、響いた本は「子どもを信じること」と「父親になる、父親をする」の2冊のみである。あとは、まぁ似たり寄ったりだった気がするな。

個人的に、こういった育児書の役割は具体的な方法を教わるとか、画期的な行動を変えるきっかけ、とかではなく、安心感をくれることにある。実生活では、思ったようにいかないことが多く孤独に陥ることもあるが、いや、間違ってないよと優しい言葉をかけてくれるのが育児書の良書だ。そういう意味では、この二冊は自分のシチュエーションにあった優しさを持ち合わせていたといえる。

子どもを信じること
田中 茂樹
さいはて社
2019-04-10



風船怪人あらわる

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こわっ、くびどこいった?
娘に、こっち見ないでと言われて数分後にあらわれた怪人。ふつうに首どこ行った?という感じ。

なかなかのクオリティ。おそらくYouTubeなどの動画で見たのだろう。

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こうなってました!って振り返ったけど、こっちはこっちで薄気味悪いね。じっさい。

母の日のプレゼント

母の日。
なぜか父の日よりも圧倒的に存在感のある日である。その腹から生み出された子供なら、この日はなにかあげねばならない…という使命感がふつふつと湧いてくる日であろう。わが子たちも例外ではない。

とはいえ、前日に息子と妻は大喧嘩。「母の日には何もあげない!」「いるか!」と罵り合った関係である。果たして…と思ったら、朝から「昨日はああいったけど、やっぱ母の日あげるよ」という息子。うーむ、子供はゆるしの天才とはよく言ったもんである。いつも思うが、どんなに険悪になっても子どもは全然引きずらない。長くても翌日にはあっけらかんとしている。

そんなこんなで、自分の小遣い+俺から少し金をせびって一人で朝から出て行った。一時間以上帰ってこないので、大丈夫かと思ったら帰宅。どうやらヨドバシカメラでラッピングしていたらしい。花やらグッズやらラッピングしたバインダー(なぜ?)やら色々購入してご帰還。
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ちょっとした冒険だったという。
途中のドンキで、大人の母の日セットというものをレジまでもっていき、18歳未満は駄目だといわれたそう。そくざに何階だそれがあったのは?と尋ねる俺。4階と答える息子。間違いない、大人のおもちゃコーナーにあったのだろう。子供は純粋に母の日セットと思って買おうとしたのだろう。お母さんも大喜び…というキャッチがあったらしい。いやしかし、せめたなこいつ。

大人の母の日セットが買えず、足をヨドバシまで向けて、母親がどのようなものを喜ぶか悩んだ挙句、色々購入してきた模様。プレゼントの中身はどうでもいいのだろう。その心意気がありがたいじゃない。

その後、朝のお料理教室から帰ってきた娘が私も買いに行きたいという。それならと、息子が同伴。初めてのお使いよろしく兄妹で送り出した。

これまた、おっそい。一時間以上帰ってこない。やっと帰ってきたと思ったら、母の日プレゼントの他にも自分たち用の福袋などいろいろ買っている。実家にいったときにばあちゃんにもらった子どもの日の小遣い5000円ほどがすっからかん。何に使ったのか…と問い詰めると、金のプラスチックのカプセルがお目見え。

どうやら、以前息子とやった千円ガチャコーナーに行って、二人で一回ずつやったらしい。一回千円で、当たるとまずまずの商品がもらえる。しかし、外れると変なキャラのマスクとか、缶バッチとか原価50円くらいのひどいモノを引かされる。

兄がまず引いて、缶バッチ、その後妹がガチャ。なんとB賞があたったのである。
カプセルの中にハガキが入っていて、6つくらいある商品の中からチェックを入れて、ポストに出すと、後日商品が送られてくるという。これは、妻も大喜び。スマホでうつした写真をその場でプリントできる機械をチョイスしたようである。

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冒険のような買い物と遊びをしてきた二人。ちょっと不安だったけど、親が付き添っていたらとても千円ガチャなんてやらせない。二人で行ったからこその成果。

巷では不審者がいたりして怖いなどもあるが、子どもだけで行動させる重要性もすこし感じた。
自由がゆえにいろいろな経験ができる。

普段は喧嘩ばかりしている二人も親がいなければ結構いい子なんだよね。

娘が誕生日をむかえた

子どもの誕生日ごとに祝いの気持ちと、いやぁ、年食ったなぁという気持ちが交錯する。
子どもがいるメリットとして、時間の経過が目にみえてわかりやすいというのがある。自分は40代後半だが、中身はなんら変わっていない気がする。

相変わらずつまらないことで悩んだり、異性の目を気にしたり。中学生のような感覚が少しある。
おっさんのくせに、だ。

しかし、子どもは目に見えて成長している。
自分は相変わらずであるが、子供は心身ともにびっくりするほどの成長を遂げている。それをみて、あぁこんなに時が経ってんだと実感することしきり。この実感が意外と大事だなと思っている。

いずれ人は死ぬものである。
いつまでも若くいることも大事だが、あぁ年食ったなぁと感じつつ死生観を備えていくのも大事なことではないか。

いや、完全に今読んでいる本に影響されているのだが。

しかしながら、娘が生まれて一か月育休をとったとき、あまりにも自分の時間が持てずに、苛立ち、苦肉の策として早朝に起きて、ジョギングとか英会話とかいろいろし始めた。その習慣が今も残り、むちゃくちゃ朝が強い体になっている。

そのおかげで早朝バイトもなんなくこなせているから、何が役に立つかわからない。

苦境からひねり出したものが、わが身をたすく。そういうもんじゃないか…。
なんだか老成してきている。中身は中三くらいのくせに。

「宿題やる気ペン」でやる気は上がるのか

宿題へのやる気がまったくない息子のために、妻が思い切って購入したのが、コクヨの宿題やる気ペン。
amazonのランキングも上位。なんと94%の親子が効果を実感したという。100人中94人が満足って、なかなかないよそんな製品と興奮しながら…。

息子のだけだと娘が怒るので2個購入。
1個あたり、7000円超なのでまずまずの出費。鉛筆になんだかようわからないツールをはめて、鉛筆で宿題をするといろいろいいことがあるみたい。

タブレットやアプリを駆使して、やる気を漲らせる息子…。

1週間後、満足度94%製品は、メルカリを通して、めでたく次の持ち主に引き取られていきました。
もちろん、購入価格より割安で。

結果的に、うちの子供にはまったく向かなかったこちら。


なぜかわかるだろうか?
ゲームをしすぎだからである。

フォートナイトでビクロイする興奮を味わっている息子が、ペンにたまったやる気をタブレット上の木に補充して、花が咲くなんてのに興奮するわけがないよ。

宿題やる気ペン、ゲームのヘビーユーザーには絶対向きません。
結果的にうちは、駄目だったがうまくハマれば効果は高いのかもしれない(知らん)。
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