R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

映画・テレビ

かがみの孤城と不登校児

辻村深月の「かがみの孤城」は、近年読んだ小説の中でもぴか一に素晴らしい小説であった。

かがみの孤城
辻村深月
ポプラ社
2017-06-02

ファンタジー色が強いのだが、不登校という深刻な問題もちりばめている。
その後、まだ息子が健在(不登校じゃないころ)のころアニメで映画化するということで、池袋に二人で見に行った。

当時は、小説からの映画化ということで、あまり自分には響かなかった。やはり端折る部分も多いからね。
息子にとっては、そこそこ楽しかったらしいが。
余談だが、この映画のエンディングテーマ曲の優里の「メリーゴーランド」はかなり名曲で最近になってハマっている。

それはおいといて、最近テレビでこの映画がやっていたので録画しておいた。
そして、先日家族で視聴した。
がっつりと不登校児になった息子には、なにかショックを与えてしまったりするかな?と思いつつも。

結果的に、とんでもなく感動した。俺が。やはり、不登校児をもつ親の視点に立ってしまったからかもしれない。
息子にも刺さる部分が多かった模様。
本当によくできたストーリーであった。
とくに城でルール違反を犯した子によって、オオカミが現れるシーンからの怒涛の展開。そして、しみじみとしたエンディング。
個人的には、傲慢と善良という小説が本当につまらなくて、辻村深月を敬遠していたが、やはりこの小説は素晴らしいと思い直した。

不登校児が身近にいる人もいない人も感動するに違いない。
トリックも素晴らしいのである。
とはいえ、これに感動したところで息子の不登校がなにか進展あるわけではなく、また後退していく現実。現実は大変である。

ねほりんぱほりん アフィリエイトの回

たまに好きで見ているNHKの「ねほりんぱぽりん」。
南海キャンディースの山里とYOUを司会に、ちょっとディープな職業や趣味の人を招いて送るトーク番組。
特徴は人が出てこず、人形が出てきて話すていになっていること。
これによって、ディープな話題もなんだか和らいでしまう。
うまい設定である。

アフィリエイターの回を見たが、結構稼いでいてびっくり。
とにかく、何か商品をPRする記事を書いて、その記事を通って誰かが商品を買ったら、
アフィリエイターに手数料が入るというのが基本。
文章力などもいるが、なにより検索上位に表示されることが大事。

一人の人はgoogleの広告に月間、数十万円を払っているとのこと。
やはり、googleである。Youtubeのそうだが、もうgoogleの力なしでは、成り立たなくなってるんだよね。
俺もWebライターをやっていた時期もあるが、もっぱら下請けの書き手だったので、
一か月5000円になればいい方。
こういった、アフィリエイターとか会社は、下請けの文字書き人に小銭を払って書かせて、
それを記事にするんだよね。Webの世界も下っ端労働者はまったく稼げないんだよね。

一人のアフィリエイターは、Xにてひたすらエロを想像させる言葉を書いて、出会い系のサイトへ誘導するタイプ。
これも、ずっとやっているときついけど、それでも月数十万の収入になるから、なかなかやめられないだろうなぁ。

気になったのは、一人の人がアフィを始めるときに、30万円くらいつぎ込んで、
そのノウハウを提供している人に金を払って教えを乞うたといっていたこと。
完全に情報商材商法の宣伝やん!
これを見た、情報弱者は確実にそちらに流れてしまう可能性あるよ。
天下のNHKでこんなの流しちゃだめだろう…と思ってしまった。

たぶんだけど、このアフィリエイターの兄ちゃんも情報商材を売っているに違いない。
たしかに、30万円なんて、月100万とか稼げると大したことないだろう。
なにか、グレーな匂いをかぎ取りつつ、それでも楽しく拝聴した。

いろいろなところに罠がある昨今。情報弱者にだけはならないようにしたいなぁ。

ハリーポッターの劇をみてきた

妻が一度見たらしく、家族に見せたいと昨年から予約していた劇「ハリーポッター」を見てきた。
何気に楽しみにしていたが、気づいたら俺、ハリーポッターは一番初めの見たくらいで、それもかなり前であんまり詳しくないんだよね。
観劇前に映画でもみて、予習しようかと思っていたが、結局できず。
IMG_2302

当日知ったのだが、劇は休憩をはさんで3時間半くらい。なっが!と思ったが、まぁ劇ってそんくらいあんだよね。
内容は、ハリーポッターが大人になって子どもが出来て、その子供が魔法学校に行くんだけど、ハリーほど能力が優れてなくて、
親子で葛藤するというテーマ。
IMG_2290

子どもが好きで生まれてきたんじゃない…的なことばに、父のハリーが俺もお前のことが嫌いだみたいな言葉を吐いてしまうシーンがある。
ハリーはいいが、なんだか完全に反抗期の息子とのバトルである。
ちょうど不登校の息子と重なる部分もあり、なんだか胸にせまったなぁ。

あとはタイムスリップで時空がゆがむ演出や、単純に魔法の演出。
幽霊みたいなのが空中を飛び回る演出など見どころ満載。

生の劇なんてあまり見る機会がないので、すごく楽しかったが、ちょっと長くて一瞬お眠りしかけてしまった。
ヨコの娘はもう後半は全然ダメで完全にオチていた。
妻も寝不足と二回目だからややオチ。
息子だけ、熱心にすべて見ていてこんなのが見れるようになったか…と感心した次第。

粉雪が降る中、赤坂での観劇だったがたまには生の劇もいいなぁと思ったしだい。

気になったのが、隣の一人で来ている女性。
娘がわからないところを俺に小声で聞くのだが、小さい声で「うるせ」って言ってやがる。
最初は気のせいかと思ったが、俺が時計をみるだけで「チッ」と舌打ちされたり、なんか汚言性の人?かと思うくらい。
まぁ観劇マナーみたいのがあるとは思うんだけど、仕方ねーだろうと思ったね。
こっちも金払ってんねん!と
休憩中に隣の人の顔を見たが、いたって普通の女性。やっぱ気のせいかなぁとも思ったが、
後半でも舌打ちされたり、うるせ みたいな声。
ある意味ハリーポッターの亡霊以上の怖さを受けたよね。

スーパーマリオ4DV3D は膀胱を刺激する

息子のたっての希望で、期間限定上映のマリオの映画を観てきた。
マリオは一度見たのだが、今回は4DX3Dというスタイルである。
3Dメガネをかけて、ただ立体を楽しむだけではない。
座席がガタガタ動いたり、水がかかったり、匂いがしたり煙がでたり。
かなりアトラクション性が強い映画なのである。

この4DX、噂は聞いていたので気になっていた。
良い機会ではと、行ってみた。池袋のグランドシネマである。
この4DX、どこでもあるわけではなく、あるところが限られている。
なので、長い期間一つの映画を上映しているわけにもいかず、
マリオが終わったら夕方からは、ホーンテッドマンションとローテされていた。

驚いたのは、そのチケット価格である。
ネットで予約して、いい席を取れた!とフンふんと鼻歌交じりに会計。
大人3700円、子ども2700円也。ひえー。ノーマル映画の二倍以上増し。
こうなったら、と期待を高めて鑑賞。

いやぁなかなかすごかった。水のシーンでは顔に水がかかり、マリオカートのシーンではガタガタの座席が揺れる。
おまけに、ジャングルシーンで緑のむせかえるような匂いが鼻を突き、臨場感抜群。
これが二時間近く続く。
これは、下手な遊園地のアトラクションよりすごいわ。

初めて体験したが、この金額もやむないと思った次第。

ただ、頻尿の俺にとってはこの座席が揺れるのが、膀胱を刺激して、結果二回トイレに行かされた。
気のせいか映画館の側道を、さっと歩いてトイレに向かう人の数が多かった気がする。というか多かった。
あぁ、みんな膀胱を刺激されているんだな、と。

開始1時間で初めてのトイレに行った後、その15分後にトイレ行ったからね。
ちょうど、ドンキーコングとマリオが戦っているところあたり。
異常に座席を揺らされて、膀胱が早期覚醒した…。
俺が長距離バスを何より嫌う理由が分かった。
この揺れる感じが無理なのだ。映画館はトイレに行けばいいが、バスは…。
どうしても、長距離バスに乗らなくてはいけないのなら、大人用パンパース必須である。

ドキュメント72時間から感じるフジロックの高齢化

好きな番組ドキュメント72時間で、フジロックが舞台になっていて興味深くみた。
フジロックといえば、20代の時に一度行ったことがある。
苗場の広大なエリアに、メインステージ3つ、あと細かいステージがたくさんあって
行ったり来たりした思い出がある。
英国のロックバンド ブラーがメインをつとめていて、日が沈んで夜になっていくステージと
ブラーの音楽が幻想的で、かなり楽しかった思い出がある。

フジロックあたりから、日本でも野外フェスという概念が生まれメジャーになっていった。
歴史的に見れば、ここ20数年くらいの出来事じゃないかな。
自然豊かなところで、ロックを聞く。
ヒッピー文化などとも親和性がある野外フェス。
アンチ大人文化、既成概念をぶちこわしていく若者たちのフェス。
ロックフェスはそんなイメージだ。

実際、自分がフジロックにいったのも20年くらい前で、若者だらけだった印象である。
しかし、ドキュメント72時間にでてくる観客たちを見て違和感がじわり…。
おっさん、おばさん、40代、50代…。満面の笑みで楽しそうである。
しかし、若者はいずこ…。
噂では聞いていたフジロックの高齢化。画面を見る限り本当のようだ。

楽しそうだが、なんだか寂しさも感じる。
この国はロックですらも少子高齢化してるやん!と。
じじいが何に反骨すんねん。なんか、見ててイライラしてきた次第。
いや、まぁ単純に野外フェスを楽しんでいるだけだろうが、こうやっていろいろな場所が
高齢化してくるとなんか、同世代のじじいに、
最後の局面で全部黒にひっくり返されるオセロの気分になる。

確かに俺もロックフェスに行きたいけど、
なんか高齢化の一翼は担いたくないという矛盾した気持ちがあるのだ。

モテない男はやっぱりモテないのか

あいのりのアフリカンジャーニーとアジアンジャーニーを立て続けに見て気が付く。
アフリカンの「しゅうまい」とアジアンの「シャイボーイ」の存在である。
前者はポッチャりしていて、顔もイマイチ。いわゆるモテなさそうなオーラが漂っている。
後者は顔は結構いいと思うのだが、表情というか、なんというかちょっと女性受けしなさそうなオーラである。

旅の中で、しゅうまいにしてもシャイボーイにしてもいい役割を演じている。
仲間思いだし、いい奴である。
しかし、恋愛にあまり絡めない。
しゅうまいに至っては、誰からも言い寄られずに終わった感がある。

共通するのは、二人ともほぼ恋愛経験がないということである。

かたや、イケメンではないのにモテる男たちがいる。
そうじて、内面が男らしく女性を楽しませるエンタメ気質が備わっている。
芸人がそうだが、女性を笑わすことができる男はそれだけで、モテる。

にわとりが先か卵が先かわからんが、とにかくモテる男は恋愛をどんどんしていく。
失敗しようが、成功しようが、経験値を積み上げていく。

そして、恋愛こそは、人間の感情のすべてが、喜怒哀楽のすべてが詰まっているといっていい。
傷ついたり傷つけたり、泣いたり笑ったり、怒ったり、すべてである。
下手したらマネージメント能力から、危機管理能力とかもなくてはいけない。

たとえば、ムエタイ未経験でリングにあがったらどうだろうか?
ボコボコにやられるだけならまだいいが、下手したら一発で沈むだろう。
恋愛経験がないというのは、そういうことかもしれない。

そうやってみると、シャイボーイにしてもしゅうまいにしても、あまりにも技が少ない。
時に、相手の反応に固まってしまう。
これでは、勝てないと思わせてしまうものがある。

恋愛強者の力をまざまざと見せつけてくれた男が、アフリカンジャーニーにいた。
ジェノベという元ホスト経営者である。
告白の場面で、断られているのに、そこから巻き返したのである。
すさまじいコミュ力と男らしさで、いろいろと注目された男である。

人間は、与えられた外見は変えられない。しかし、内面はいくらでも変えられる。
そして、それを変えるのはやはり経験といえるだろう。
たかが恋愛リアリティショーにこんなにもはまり込んだ俺。
恋愛をとおして人間の生き方を教わった気がする。
しかしながら、さすがにもうお腹いっぱい。
次はほかのジャンルにするわ

ーーー追記
投稿した後、あいのりアジアンを最後まで観たのだが、なんとシャイボーイが告白成功してたじゃない!ちょっとディスってすいませんという気分である。
そう、真摯で愚直な心が響くこともあるのである。
ちょっと感動したわ。

あいのり アフリカンジャーニーが学ぶことだらけ

相変わらずの恋愛リアリティ―ショーづけ。あいの里から始まり、ラブイズブラインド。
そして、飢えを満たすがごとく、いよいよ避けていたラブワゴンでお馴染み、「あいのり」にいった!
アフリカをラブワゴンで旅する最新?シリーズ。

とはいえ、これコロナ前だから3年以上前のやつなのね。
MCがベッキー。時系列がよくわからんかったけど、どうやら、不倫騒動の後。
それをネタに昇華して生き生きと進行している。
やはり才能豊かな人だなぁと感心した次第。

それはそうと、あいのりって色々な国を回るだけでなく、
その国が抱える問題点や現状をうまく途中で挿入していて、すっごい勉強になるわ~。
知らんかったこんな教養番組の一面もあったなんて。

それをまざまざと見たのが、ルワンダ。
俺の中でルワンダといえば、「ホテルルワンダ」。
この映画で、民族間のぶつかり合いで100万人が亡くなった事実を知った。
これが、俺の大学くらいの時に起こった出来事で、まったく知らなかったことに衝撃を受けた。

だがしかし、ルワンダの知識はそこでストップしていたのだ。
ルワンダといえば、民族トラブルの国…という短絡思考。

しかし、革新的な大統領の下で、この国が目覚ましい発展をとげていたらしい。
ITCを国の基幹産業にして、子どもたちには一人一台のPC。
驚いたのは、紙幣に印刷された絵である。

野口英世とか新渡戸稲造とか昔の偉人ではない。
パソコンに向かう子どもたちの絵柄である。
この紙幣からも、過去を払しょくし、未来へ転換したルワンダの姿がみえる。

ドイツしかり、ある意味日本もしかり。
過去にひどい経験をした国は、それを糧に発展を遂げるている。
そのいい見本である。
というか、すでにテクノロジーの分野では日本は太刀打ちできないのではないだろうか。

日本人が発展途上国だと思っていたアフリカのイメージは10年もたたないうちに変貌してしまう気がする。

まぁ、そんな池上彰的な知識を満たしつつ、本流の恋愛リアリティも楽しませていくこの展開。
だてに人気作じゃないなぁ。あいのり 御見それしました。

しかし、この年になって恋愛リアリティにはまるとは…。なんか欲求不満なんじゃないだろうか…。

恋愛リアリティ番組にドはまりしている

興味のなかった分野にこそ活路がある。そう気づかされた最近。そう、恋愛リアリティショーに現在ドはまり中である。
まったく興味のなかった…どころかちょっとクダラナイなくらい思っていた分野。

きっかけはネットフリックスの「あいの里」である。ラブワゴンでお馴染みのあいのりのスタッフがお届けしているらしい。
中高年の恋愛というのが、ちょっと触覚に引っかかった。35歳から60歳くらいの男女が古民家でくらして、人生最後のパートナーを選ぶというなんだか、下世話な内容といえば内容である。

とくに、結婚している自分が観るには、見下す感があったりする。いや、ひねくれた自分にとっては、そうやって観るのもたしかにありであろう。自分はよかったなぁ結婚出来て…。いやぁ、この人たちはこんな年で大変だなぁと。エンタメなので何を思おうが勝手である。

しかしながら、そうはならなかった。シンプルに出てくる人たちが、年輪を重ねた魅力にあふれる人たちばかりだったからである。
これを見ると、人間の本能的な欲求は、シンプルだなと思う。本能的な欲求とは、性欲である。

性欲はエロのみと思われがちだが、大きな意味では孤独を回避したいという欲求である。
信頼できる人と心と体をつなげたいという欲求である。

つながった結果、肉体的に若ければ子どもが生まれる。そう考えると、子供というのは単に状況から生まれる副産物ではないか?とすら思えるのだ。いや、生物学的にはそうではないのだけどね

とにもかくにも、個性豊かな男女が繰り広げる恋愛ショーに一喜一憂、一週間ですべて見終わってしまった。
個人的には60歳の「みなねぇ」という女性の動きがとても面白かった。元ミスジャパンの超絶美人だった方だが、今は年相応の容姿。
若者たちにまぎれ、みじめさを感じていたが、途中で同い年の男性が登場して一変する。
みなねえの人生観の深さと気遣いは、きっと苦労してきたんだなぁと思わせるものがあってよかった。
うーん、どんな映画よりドラマよりハマってしまった。

その勢いで今は、ラブブラインド 日本版を見始めた。相手の容姿が見えない状態で、トークだけで恋の相手を決めるという、またまた斬新なもの。触りだけみて、やめようかと思っていたが、いやいやコイツも面白い。

ドラマもそうだが鑑賞に堪えうるものにするためには、登場人物たちがそれなりにハイスペックでなくてはならい。
あいの里もブラインドもそうだが、総じてハイスぺでコミュニケーション力の高い人たちばかりである。
自分がここに混じったらと考えるだけで、背筋がぞっとする。恋愛ショーは、ある種のホラーでもあるな俺にとっては。

フィクトセクシュアルは理解しがたい

自分の若いころは、セクシャリティなんて意識は皆無であった。もちろん、男性を好きであるというセクシャリティを持った人の存在は知っていた。
とはいえ、そのソースは「おすぎとピーコ」だった。
おかまやホモなどの存在は、笑いを彩るネタでとしか感じていなかった。

20歳くらいの頃、新宿で終電を逃しブラブラしていたら中年のおっさんに、マンションに来ないかと誘われたことがある。こちらも暇なので、路上で話の相手をした。
どうやら、若い子にお金をあげてマンションで軽い性行為をしているらしい。見た目は普通で、どちらかといえば紳士のようなふるまいのオッサンであった。
いまでいう、ジャニーさんのような性癖をもち、それ用のマンションがあったのでそこそこの高所得者であったのだろう。
自分はその気がないことを告げ、ジュースを奢ってもらい(?)別れた記憶がある。

LGBTやそれに付随するセクシャリティは、昨今だいぶ浸透してきている。かつてのようにそれを笑う風潮もなくなってきている。
そんなときに、フィクトセクシュアルという性癖を特集したテレビを見た。
フィクションの世界の人を愛する性癖らしい。

ほほぉ、THE多様性。いいじゃない、と思っていた。

しかし、キャラクターとの結婚式に式場を借りて友人たちをしっかり呼び、親も招待したかったが断られたという話をきくと、これはちょっと理解できないなと思ってしまった。
理解したふりを最初はしていたが、なにかがしっくりこないのである。

以前ペットと結婚して、性行為をするズーフィリアという人たちの本を読んだ。
こちらは、理解できる。

しかし、人形はなんというか、わからない。
セクシャルというからには、性行為をするのだろう。
これは、ダッチワイフではないだろうか。

おそらく、フィクトセクシュアルの人と会話すると、俺は怒らせてしまうかもしれない。
興味はあるのだが、絶対理解できないためいろいろと地雷を踏んでしまいそうだからである。

なかなか世の中は広い、という漠然とした考えでそのテレビを見終えた。

資格学校は癒しなのではないか…

ドキュメント72時間に資格学校の回があった。
おそらくTACかLECに3日間密着していた。15年以上前、ひょんなことから仕事を辞め、行政書士の資格を取ろうとLECに通った思い出が蘇る。あの時は無職で心を病んでいたので、もはや資格にすがっていた感があった。結果的に途中から不登校(?)になり勉強もままならず、無駄金になったのだった。

あの頃はキツかったなぁ、などと思い出しながら見ていたが、
資格学校って15年以上前とほとんど変わってないのね。
講師がいて、テキストにそって教わる。さらには、目指しているのも社労士や司法書士などなど…変わらずの定番資格。はたして、今もって需要があるのか…と訝るくらいの変わらなさである。

仕事をしながらや、リストラにあって無職になったのを機に資格をとろうと決意する人々。なかで、40万円以上を現金で支払っている人がいた。インターネットで学べる時代でも、資格学校は一定の需要があるようである。

ふと思うのだが、学校というのは魔法のようなものである。
そこにいるうちは何か希望という名の魔法がかかり、明るい未来を観ることができる。今の感覚で考えると、講師の講義を聴くだけで数十万とられるなんて、バカらしいと思うのだが、それを可能にしてしまう何かがあるのであろう。

個人的には、資格学校にいい思い出はない。

しかし、そこにいる人たちは、なにかかつての自分のようで、気持ちはわかる。当時の自分も、不安を紛らすために通っていたのだろう。ある種の実質的な何かではなく、セラピー効果としての存在価値があるのかなと思うのである。ただ、厳しい現実の前に癒しは意外と無力である。厳しさと癒しの落差でよりやられてしまったりもするしね。

もはや俺は学ぶのは、ネットとお金を使ったとして数千円の書籍くらいである。
ちなみに、今までで一番ためになった教育系のものは、断トツで月5000円程度のオンラインフィリピン英会話である。早朝バイトで一時やめてしまったが、また、時間と余裕があれば学びたいと思っている。

これで、何か職を得るというものではなく、単純に楽しいのである。
突き詰めると、陳腐であるが人間楽しいと思うことしか、身につかない気がする。特に年を重ねるとね。
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