R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

社会問題

自動車も外国産になる時代がきてしまうのか

おそらく見ているブログやツイッターや記事によっていろいろであるが、自分がチェックしている記事や人によると電気自動車(EV)で日本はかなり追い込まれているらしい。

世界は環境問題もあって、完全にガソリン車から足を洗い始めている。しかしながら、日本はトヨタを筆頭になかなかそこまで舵をきれてない。それでいてEVの開発競争ものんびりしているらしい。車といえば日本だろうという感覚があるのだろう。

しかし、この感じ、なにか既視感がある。そう、家電である。

かつて、あらゆる電化製品はメイドインジャパン!として尊ばれてきた。壊れないし、高性能だしで。しかし、今世界で日本の家電を使っている国ってあるのだろうか。むかしだが、フィリピンにいった時、テレビが大体韓国製で驚いた記憶がある。

それでも、国内でガッツリ流通していればいい。しかし、それも怪しくなりつつある。家電ではないが、自分の周りのものを眺めても国産品が確実に減りつつある。パソコンはマイクロソフトだわ、スマホはアップル、電子書籍はkindleだし。愛用しているのは、ほぼメイドインアメリカである。

それでいて、髭剃りやスマートウォッチはどこだと思えば、よくわからない中国製である。この中国製というのは問題がありそうだが、製品の質がなかなかいい。安くて、機能が攻めているのである。

よくアマゾンで髭剃りなどを買うのだが、少し前の髭剃りがもうないのだ。それだけアップデートが早い。顧客の指摘する問題点を取り込み、すぐに次の試作機を作ってリリースしている。この中国的サイクルが本当に凄いのである。

日本は完全に製品化して、それを何年も売り続ける。こういう機能が欲しいといってもそう簡単には取り入れられない。そうこうしているうちに、中国製のほしい機能を持ったものが出てきてしまう。

EVの世界も今、中国のこのスピード製品化が凄いらしい。ここれへんのEVが安く出てきてしまうと、消費者はそちらへシフトしていってしまう。国産品を守ろうという精神的なものでは太刀打ちができない。

そして自動車産業が衰退するとかなりヤバイことに…。なんて、話ばかり聞いている。自分の実体験からみても、人って得なものに飛びつく。そして一度体験したら、なかなか離れられない。

一時期、日本の本屋を守ろうという動きが(自分の中で)あった。けど、結局amazonの便利さにはかなわなかった。

それだけに、自動車分野が心配である。もっとEV頑張ってほしいな。中国だけでなく、テスラとかもすごいけどね。

女性に生まれ変わりたくない理由

本来、俺は意外と女性っていいなって思っている。女性が好きということではなく、自分が女性になるという意味で。なんていったって、化粧ができて、華やかになれる。ちょっとセクシーな衣装を身につければ男性の視線を奪える(いいのか悪いのかわからんが)。

女性の感性も好きである。小説をよく読むのだが、最近はほぼ女性作家である。近年では、町田その子や凪良ゆうがいい。かつて最も感銘を受けた作品に、篠田節子の「弥勒」がある。最近の作風はイマイチだが、いまだに強烈な読書体験である。

とにかくこれは!という作品は女性が多い。感性が男より豊かなのであろう。

子供を生むことができる身体性もすごい。妻と子どもたちを見ていると、この二人がこの腹から生まれたのか…とたまに驚愕することがある。そういう物理的に生み出すことができる生産性も羨ましい、と考えている。

多くの男性は次に生まれ変わるとしたら、また男がいいとかいうかも知らん。が、俺はある一点を除けば即座に女性!といいたい。

しかし、この一点が譲れない。今日も駅内でみた、その恐ろしい光景。そう、トイレである。いわずと知れた(?)頻尿の俺であるが、女性のトイレの長蛇の列はもはや恐怖でしかない。あんなに並ばないとしっこができないなんて、絶対無理である。

それに引き換えると、男便所の気楽さたるや。回転率が半端ないからすぐに放尿ができる。駅ならまだしも、花火大会やロックフェスなどの女性トイレたるや、俺はおもらしするだろう、あんなに混んでいたら。

その一点において、女性に生まれ変わりたくないと思う次第。まぁ、よく考えたら男女がどうというか、頻尿がどうかなんだけどね…結局は。

ながらスマホの恐ろしさ

毎年印象に残る事件や事故がある。
いろいろあるがちょっと思い返すと、新潟の山での父子遭難死事故や夜の海で静岡の大学生3人が波にのまれて死んでしまった事故などが自分の中では印象的であった。

この2件には共通点がある。自分もやってしまいそうであるという点である。ちょっと子どもを楽しませようと山へ行ったり、ちょっと盛り上がって海で花火をしたり。なんの非もないことである。

ただ、準備が足りなかったり、台風が来てて海が少し荒れていたり。あとから、付け加えるなら非の部分なんていくらでもある。何もなければ、ちょっとしたネタ話になって終わるていどのワンパクである。しかし、そうはならなかったから恐ろしい。

今年一番恐ろしく、印象的に残ってしまった事故が報道されていた。
「ながらスマホ」をしながら、踏切の遮断器が降りたので、立ち止まった女性。しかし、そこは踏切の外ではなく、中であったという事故である。つまり本人は、踏切の外であると勘違いし、線路内で立ち止まり、おそらくスマホを見ていたのであろう。

イヤホンもしていたというから、危ないという意識もないまま、即死したのではないだろうか。
想像すると、震えた。
なんという死に方であろうか…。

この手の勘違いってどこにでもあるだろう。
感覚で言えば、反対方向の電車に乗ってしまい、3駅くらいで気づいたとかそんなもんではないだろうか?おそらく、死んでいなければ、ちょっとしたネタになるような話である。友人として飲みの席で聞いていたら、笑っていた話ではないか?

しかし、恐ろしいほどのバッドエンドである。気の毒でならない。
しかしながら、たしかに、歩きスマホ+イヤホンは危ない。いや、こんなに危ないとは思っていなかったので、絶対やらないようにする。

いろいろな広告以上に、この事故はその悲惨さを表現してしまったといえる。

クローズアップ現代の男の性被害の回を見た

早朝バイトの後に小一時間ほど時間があるので、いろいろ暇つぶしをしている。
最近は、ドキュメンタリー番組を見ている。このような番組を見ると、いろいろと自分の知らない世界があることに気が付かされる。もうアラフィフに近づいているのだが、今回も、まだまだ未熟であると痛感させられた。

クローズアップ現代の男の性被害についての特集である。
男の性被害って子どもの時のだろ?って思っていたが、ここに出てくる方々は中・高校生を下に、結構な大人の社会人などであった。

いわゆる非力な子供が、ペドフィリアに…という図ではない。
はっきりいおう。
大人の男の性被害なんて、ちょっとした面白ネタだろ?と思っていた。いや常日頃からは思っていないが、深層心理ではそうである。ところがそういったいわゆる、男は性被害なんてあわないよ?みたいな偏見がまた、被害者を追い詰めるのである。

番組の中盤、具体的に成人男性の性被害を描けない俺に、とんでもない具体例が叩きつけられた。

その男性は、会社の同僚にサウナに連れていかれたらしい。サウナで汗をかき、レモンサワーかなんかを奢ってもらったとか。汗をだして、冷たいアルコール…最高である。しかし、ここに睡眠薬が入れられていたらしい。

その後、酩酊した男性は幾人もの男たちにレイプされてしまったらしい。おしりを肉棒で貫かれたのである。尻が痛いに違いない…。この段階でアメリカの僻地の刑務所みたいなことか…と思った俺。それでも、まぁ、あるかもな程度である。

しかし、その後画面が移り変わり、何やら男性が毎月か毎週病院で検査している場面が。
何かの値が落ち着いています…という医者。何だろうと思っていたら驚愕の事実が!なんと、レイプされた男性はそのうちの誰かに、HIVウイルス、つまりエイズを移されてしまったらしいのである。

エイズは今は死なない病気とも呼ばれるが、性感染症としては最悪のものである。不治の病なので、薬が手放せない。
たかがサウナにいっただけで、レイプされエイズをうつされた男性。恐ろしすぎる。この男性も、自分がそんな目に合うなんて思ってもいなかったという。つまり、我々と同じ側にその前日まではいたのだろう。

その日を境に、この男性は、精神的にも肉体的にも痛めつけられてしまった。こんなの笑いのネタになるか?なるわけない!これを見てはじめて、男女問わず性犯罪の被害に遭うというのはとんでもないことだと思った。

もちろん、男の場合はちょっと笑える話もあるのだろう。
しかし、ちょっとどう考えても笑えない話も同じくらいあるということは知っておかないとならない。

まずは、サウナに一緒に行かない。レモンサワー飲まないという短絡的な自衛策をとることにする。
しかし、中で言及していなかったが加害者は同僚であろうか。同僚に一杯食わされたのだろうか?いくらなんでも怖すぎる…。

日本のジェンダーギャップ指数

世界の男女平等の度合いを示すランキングを「ジェンダー・ギャップ指数」というらしい。それで、日本は156カ国中120位だと。こりゃ低いなぁとおもいつつ、まぁそうだろうなと思う。

日本のもろもろを決める最高組織が政府であるが、そこにいるおっさんの数をみれば、さもありなんである。ところで、最近気づいたのだが、小学校である。女性校長が増えているんじゃないだろうか?

子供が通っている小学校はそうだし、教員も圧倒的に女性が多い。いいじゃないかと思う。
もっとすごいとこがある。幼稚園、保育園である。園長とかは男性が多いかもしれないが、圧倒的に女性職場である。

そう、初等教育の現場は、管理職を含め、びっくりするほど女性が多い。
しかし、なぜかそこから年齢を経るごとに女性が消えていき、女性といえば、最終的に非正規雇用の人たちが多くなってしまう。

なんなのだろうか?はっきりいって子供は混乱するだろう。
あんなに教育をリードしてくれていた女の人たちが、社会に出るとあまりいなくて、むしろ低賃金で使われる側が圧倒的に多くなるなんて…。これは社会システムによって男尊女卑を体現してしまっているに他ならないのではないだろうか?せめて、小学校や幼稚園の場にいるくらいの半分は、企業や政治家などにいてもいいのに。

社会にも母的な役割を強引に当てはめて、介護的な仕事ばかりを割り振っているのだろうか。

しかしながら、前になにかで言っていたが、今のような状態で、女性の管理職数を一気に増やしても意味がないという。結局は、今まで育ててきていないので日本人女性を管理職にすると、男とそう変わらない感じになってしまうらしい。または、おっさんの操り人形みたいな…。

どうするか。管理職大国の外国からバリバリの人を呼んでまずはなってもらうのが一番であろう。その外国人カリスマ女性管理職が、日本の多くの若い女性に影響を与えるだろう。そこから、徐々に女性管理職を増えていく。悲しいかな、経験豊富な革新的な人じゃないと、やっぱなんも生み出されないんだよね。

そう考えてみると、子どもの小学校の校長は女性ではあるけど、やたらと保守的な人っぽい。結局、従来のやり方から、まったく何も変わっていない感じなのである。男から女になるのなら、やり方はガラッと変わらないとまったく面白味もないのである。

ブライダル業界はきついなぁ

ふと思ったけど、飲食店やデパート観光よりも客が戻ってきづらいのはブライダルではなかろうか?
なぜか?
意外とこの状況を良きと考えている人が多いと予測するからである。

なんだかんだ、結婚式は自分たちのためというより親などの祝福してくれる側へのプレゼンのようなものである。もちろん、やる側もうれしいんだけど、とにかく金はかかるし友達も呼ばなければならない。

友人もそう多くないと、呼ぶ人などの選定も苦労する。その中から無理行ってスピーチしてもらったりして、とにかく主催する新郎新婦側は大変なのである。

とはいえ、以前は、やらない!とはなかなか言えない。
結果、盛大にやってまぁ良い思い出になるのだが、これがコロナで…で済むのならそうしてしまうだろう。今自分が結婚を控えているのなら、絶対しないなぁ。

まぁ、コロナが解消されても、機を逸したし同じ金で旅行いこうや!などといってしまうだろう。
女性側になるとまた違うのだろうが、男側で本人自らぜひ結婚式したい!って思ってる人はおおくはないのでは!?と思っちゃう。それが、世情でうまくやらなくて済むなら、ねぇ。

という事情でブライダルは大変だなぁと思う次第。
他は、旅行にしても、飲食にしても、基本的にみな、早くやりたいのよ。でも結婚式は…。身内で小さくできればそれで、と考える人が多いとみている。同じようなことは、葬儀にもいえるかもしれん。そういった業界は、それ以前に戻すのにかなり時間がかかるかもしれないなぁ。

第4波か…

ワクチンで収束するのかと思っていたのに、大阪を中心にまた蔓延しだしたみたい。またまた、責任の押し付け合いが始まる。若者がとか、カラオケがとか、飲み屋がとか。

とはいえ、昨年みたいな自粛はもうできないっぽいし、オリンピックはあと100日だしで、完全にやってることがチグハグだなぁ。まぁ、批判したところで収まらんだろうから、自分の身を守るために手洗い、マスクをするのみである。

最近自粛ロスという考え方があることを知った。
一般的には自粛疲れであるが、その反対である。被害を被る人もあれば、恩恵を受ける人もあるのが世の常。飲み会が嫌な人は多いだろう。リモートが肌にあうと気づいた人も多いだろう。たしかに、インドア派で、雇用が維持されており、給与も下がっていない人にとっては、恩恵のほうが良いのかもしれない。

かくいう自分は…と考えると、経済的にはさほど変わらずである。
しかしながら、さすがにロスはないだろうな。実害としては実家にいけないというのが大きい。毎度、自分の実家に子ども連れていったりしていたが、昨年からぱったりである。高齢両親を慮ってのこと。

届け物などで、車で来てもらうことが最近あったが、ずいぶん老けたような気がする。両親にしても、元気ではあるが、残りが多くない人生を、孫との接触が制限されるのはかわいそうである。

いや、まてよ。もしかしたら喜んでるのかな?結構疲れるからね孫の世話は。もしや、両親もロス派か…。

老体に鞭をうって孫の面倒を見ていた祖父母にとっても、コロナは逆に福音だったりして…。まぁ、いろいろあるが、やはりウイルスに怯える暮らしは早く終わってほしいよ。

マウンティングは蜜の味

小川アナの旦那の不倫が話題である。不倫相手をバッシングする声がすさまじい。どうやら、雑誌のインタビューでちょっとマウンティングしたらしい。

しかし、マウンティングして何がいけないのであろうか。たしかに子育て中に不倫するなんて、妻側からしたら、ふざけんなである。しかし、自分がこの不倫相手だったら…と思うと、たまらない。

めっちゃ天才的な頭脳を持つ男。そして、好感度も抜群なエリート妻。そこに割って入る、自分である。えっ、俺のほうがいいの?そんなに?と自分の自己評価爆上がりである。優越感と自己肯定感が今までないくらい上がっちゃう。これが気持ちがよくないわけがない。マウンティングは麻薬である。

誰だってある、そういう気持ち。
でも、最後は正妻のもとに戻っていく男。後姿を、切なく思う。こういう気持ちもなんか酔っちゃうのかもしれないな。テレサ・テンの世界観である。思えばあのテレサ・テンはほぼ不倫の世界を歌っていたのだよね。

当然、今回傷ついているのは不倫をされた妻だろう。許す、許さないなどはどうでもよくて、夫婦間で話し合えばよいのである。それとは別に、この不倫した女性に共感する人は多いのではないかなぁ。いや、人生で一度はそういうのやってみたい!などと。俺なら思うなぁ。まぁ、あこがれだけど。

実際、この人自体に、実質的な得はなんもないもんね。訴えられちゃったりもするし。最後までバレずに駆け抜けても、どこかで捨てられるだろうし。それでもあまりある、この自己肯定感。きっと、この人も今はつらいけど、この残った自己肯定感でどうにかやっていけるんじゃないかなぁ。それが、ポロリと出ちゃったのがあのインタビューだろうね。

ポップコーン業者の悲鳴

先日映画にいったのだが、そういえばポップコーンが販売中止になっていた。
そんな折、映画館のポップコーン業者の記事を見た。息子と娘は映画といえば、ポップなコーンを食べるのが当然と考えていたので映画館では、少々駄々をこねられた。しかし、このご時世である。

ポップコーンを食べるとなると、1マスクを外す→2口に放り込む→3指についた塩分をなめ回す という作業が必要になる。とくに、3が問題なのでは、と個人的には思っている。しかし、ポップコーンは指をなめくるまでが1セットなので、やはり映画館という空間では厳しいのだろう。

鬼滅の刃の空前のヒットに映画業界が盛り上がっているが、その業界にはポップコーン業者もいるだろう。突然締め出しを食らった形であるが、どこのアミューズメントも客数が激減している中でほかに売り上げを求めるのも厳しい。かなり、つらい立場に追いやられているのである。

関連ニュースのコメント欄などをみると、旧態依然の体制で、映画館に依存しきっていたから悪いのだという厳しい意見が目立つ。

なかには、帰りのお土産としてキャラクターの印刷されたポップコーンを作れなどと、偉そうにちょっとしたアイデアを披露してくる人も…。いや、買わねぇよ。あんな原価鬼越えのくそ高い菓子。映画見ながらだから許してるんだって…。

若いころ、、富士山になんの準備もなく上ったことがある。
前日、焼き肉を食べていて、年上の知人がノリで言いだし、行くか早朝からと…。
夏の終わりである。軽装で登ったらどんどん寒くなっていった。もちろん、弁当も用意なし。

8合目あたりの山小屋にたどり着いたときには、飢餓状態。メニューにあった焼き肉弁当に飛びついた。出てきたのは、ペラッペラのハムより薄い焼き肉。ここまでスライスする技術を他に生かせといいたかった。

これで、¥1500也。
地の利を生かしたビジネスというのは、こういうものである。だからポップコーン業者は、映画館という地の利を獲得した時点で、ビジネスとしてはすでに大成功であった。なにも責められるいわれはないわな。

そんなことを考えていたら、厳しい業者はいくらでもある。飛行機の機内食を提供している業者だって、どうなる?このコロナ禍では、目立つ産業ばかりフォーカスされるが、それを支えている隅のほうにある産業もそれ以上に苦しんでいるんだろう。

そういった産業を応援してあげたいとは思うものの、街中であの値段のポップコーンは食べられないなぁ。そもそも体に悪いしねぇ。

20年後の職業

2040年。今から20年後、他国を先駆けて、日本はかなり問題がある国に躍り出るらしい。
高齢化問題がピークに達するのだ。
65才以上の高齢者人口が全人口の40%に達するらしい。何を隠そう、20年後は俺も、ビギナーではあるが、高齢者人口の層に仲間入りしている。

一番厄介なのが、高齢者を支える現役世代である。
なんと、1人の高齢者を1.5人の現役世代が支える計算になるらしい。騎馬戦なら、ぼろ負けである。一人が老人をオンブして、もう一人が足を持つ。そんで、その一人が、もう一人の老人の足を持っている感じ。繋がっちゃって、もう、まともに戦えやしない。

騎馬の大将である老人に目を向けてみよう。
大将として担いでいた、今までの老人は、高度成長期で正社員として働き、お金を持っていた。どこか余裕があり、大将の気品もあったかもしれない。悔しいが、ちょっと頑張ったらチップくれたりして、騎馬のモチベーションをうまく上げてくる。

しかし、2040年あたりに上にのる老人は、氷河期世代などで辛酸をなめた人々を筆頭にかなりの数の貧困者がいる。社会に対して恨みを持つ人も多いかもしれない。独身も多いだろう。そんな人たちを担ぐ負担たるや…。

自分をみてもそう。大卒後、なんとか就職したが、一年目でいきなり中堅世代のリストラをまざまざと見せつけられた。ボーナスも削減されたりして、バブルって何?世代であった。現状、非正規は免れているが、ぎりぎりである。無職になった時もある。

絶対的に感じるのは、自分の親世代より経済的に厳しい生活に将来はなるだろうということである。そうなると、もはや人にやさしくするのも難しい。そんな、老人たちを現役世代の5人に1人が相手しなくてはいけないのだ。医療福祉といっても医者がたくさん誕生するわけではない、多くは介護従事者であろう。

かつて子供に言ったことがある。
AIなどによって、今はないような、ワクワクする職業が将来できているから。そのために、視野を狭めちゃいかん。みたいな、かなり偉そうに…。そう、AI関連書を読んだあとだったから、受け売りである。

実際に、かつては王道だった、いい大学からの大企業というスタイルも崩れてきている。未来は、AIが…などと夢を持って語っていたが、この記事を見ると、結果的に、介護かよ…。となってしまう。

もちろん、介護や医療の職は大事だし素晴らしいと思うが、25%とという比率は普通ではない。職業の25%が警察官となったら、どんだけ治安が荒れてんだとなるように、やっぱり普通じゃない。若者の職業はもっと、自由に選ばせてやりたい。

高齢者となる自分ができるのは、できるだけ健康に生きて、介護世界で働くことかな。
元気な老人3人が弱った老人1人を支える。
足腰が弱いながらも、立派に騎馬戦が戦えるだろう。2040年問題というちょっと暗くなるようなニュースを見て、今の若者の負担を減らしていやりたいと思う今日この頃である。

未知のテクノロジーは世の中を便利にするけど、人口だけは、産んで育てるという途方もなく長い作業がある。一朝一夕にいかない分野が煮詰まっているのは、どうにもならないよなぁ。
スポンサードリンク
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

お問い合わせ