R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

社会問題

いじめ動画が話題である

いじめ動画がやたら拡散されている。
被害者の立場になると、胸が痛い。
殴っている人間がいれば、殴られている人間もいる。
やられている側の人権は踏みにじられている動画だ。
それを、沢山の人にみられる。これは、キツイだろう。
拡散されなければ解決されなかったとはいえ、被害者本人はつらいところである。

とりあえず、寝た相手の顔面を蹴るのは駄目だ。
これはブレイキングダウンを始め素人格闘動画の弊害だろう。
顔面を蹴り、フットスタンプのように顔面を踏みつける。
プロレスでよくある光景だが、プロだってリングのスプリングがある。
堅いところでやったらどうなるか、少し考えればわかるだろう。
脳に障害が残ったら責任をとれるのだろうか。
あまりにも馬鹿である。

これを見ると、男の喧嘩は相撲一択だ。
枠の中で争い出たら負けである。
足をかけて転がすのも危ないが、打撃に比べたらマシである。
殴り、蹴るうちにドーパミンが出るのが危ない。
相撲はとにかく転ばすか、枠から出すだけでいい。

いじめを見たことも、またターゲットにされたことがあるが、ここまで凄惨な暴力はなかった。
それでも、メンタルはボロボロである。
男が暴力に屈するというのは、それだけ辛いものなのだ。
いまも、暴力に屈した時間を思い出し苦い気分になる。
いまもどったら、鼻っ柱にこぶしをぶち込んでやるのに…と思ってしまう。
それができないんだよなぁ。気が弱いと。

とにかくわかったのは、中学高校などで起こる暴力的ないじめは
世の中で沢山あるということだ。
貧困格差などで、社会がすさんできている影響が
少子化でただでさえ大事にしなきゃいけない子供らにいっている。
加害者も被害者も若者だ。
叩きまくればいいという問題でもないかもしれない。
とにかく、SNSで拡散する良い面も悪い面もでてしまっているいじめ問題。
新たな局面がでてくるのを見守ろう。

クマが怖すぎる…

昨今のクマが人間を襲う被害、怖すぎやしないだろうか。
これは序章のような気がしてならない。
もはや、人を怖がらなくなった熊。
以前、ヤマケイ文庫の人を襲う熊 という本を読んだことがある。


熊が人を襲った事例を何個かピックアップして、
詳細に様子を検証した本である。

とにかく、熊が怖い。という印象であった。
基本は、彼らのホームである山に行きそこで襲われるというもの。
大学生が何人も熊に殺害された事例は、戦慄した。
とにかく、一度狙ったらしつこいのである。
幾度も幾度も接触し、最後には殺害してしまう。

あたりまえだが、動物に言葉は通じない。
泣き落としも同情も、金銭での交渉も、まるで効かない。
妊婦が熊を相手にお腹の子は助けてください…といって、
子どもごと食い殺されたこともあったらしい。

ホラーよりもホラーである。

うちのワンコもほとんど、噛まないのだが
たとえば散歩に行くといって、ハーネスをつけたあと、やはり今日は無理といって
外そうとする。その時に、すさまじい唸り声をあげ、噛みついてくる。
ほかにも、心地よい場所から強引に移動させようとするとき、噛みつく。

そして、このガブリが本当に危ない。
家族みんな噛まれたことがあるが、数日癒えない傷を負うことがある。
犬だって、鋭い牙をもっている。

一説によれば、犬は人の骨をかみ砕く能力をもっているのだが、
あえて生き延びるためにそれを使わない選択をしているだけだという。
人との共生が、犬たちに武器を使わない選択をさせている。賢いのであろう。

同じように、熊が生き残るために人を食べるという選択をしたらどうだろうか。
武器は犬の牙がピストルだとすれば、熊はロケットランチャーである。
はっきりいって、人間が単体で勝てる相手ではない。

女子プロの元レフェリーの方が熊の襲撃で亡くなった。
幼い娘を残してという情報をきき、胸が痛い。
彼だって、温泉地とはいえ人の生息域で襲われている。

今年は、例年を上回る猛暑にあえいでいたと思えば、
熊の出現。
人が生きるのに過酷な時代が到来したのではないかと危惧してしまう。

いのちの電話がAIChatになる時代

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たしかに…と思う。
最近のチャットGPTの精度がかなり高まっている。
悩みをいえば、それなりの答えが返ってくるし、
本当に優等生なのである。

死にたくなったりしたときに、
何に相談するというので、一位がAIになっているらしい。
いのちの電話を差し置いて、である。

いのちの電話ってとても尊いものだけど、
果たして今の時代に即しているのだろうか…。
第一電話だから、混みあっていてかからないこともある。
命の電話のくせにである。

それでいて、そこには恐らく中高年の男女がいる。
それなりに、固定観念をもっている年代。
果たして最適なアドバイスができるのだろうか。
そもそも、死にたいといっている人に対しての最適解なんてない。

おのずと、普段からいろいろと質問しているChatに話すことになる。
よくできたもので、ある程度自分を把握しているのが凄い。
一から自分のことを語らなくても、蓄積によってあるていど知ってくれている。
これは、相談にとってとても大事なことである。

占いもできるし、様々な恋愛相談にも乗れる。老若男女の価値観を持ち合わせている。
ふと考えると、
エア人間としては、ほとんどのことができる。
肉体を持っていないだけである。

これから、ロボットのような肉体をもつものも生まれてくるだろう。
そうなると、そもそも人間ってなんだろうってなる。
政治家だって、高度なディープラーニングを繰り返している、AIのロボットがやる。
かなりに精度で理想の社会が実現してしまうのではないか。

失敗のない、だいたい成功する社会。
これは、果たしていいのだろうか…。
そうなると、人間は愚かであることが、唯一のメリットであるような気がしてきた。
愚かで失敗を繰り返す。
でも、だからこそそこに微妙なゆがみから生まれる、美しさがあるのではないだろうか。
もはや、最適なものは選んでくれるってなったときに、
人は何をすればいいか。これは、なかなか複雑な問題なのだろうな。

5歳の娘と50代のシングルファザーが心中した事件

去年の7月にダムで心中した親子の事件。
こういうのは、風景が浮かんで辛いのだが、その検証みたいなのがニュースでやっていた。
52歳のシングルファザーと一人娘が5歳。
47歳の時の子どもである。出産後、すぐに離婚して子どもを引き取ったらしい。

5年間育て上げるって、それだけで大したもの。
なんらかの事情で、心を病んでしまったのかこのままでは、ヤバイと思ったのだろう。
なんとか、娘だけはと思い、行政に頼る。しかし、たぶん冷たい反応だったのだろう。
その後、実家の父母にも預けようとした。
娘の服もすべて用意して、80代の父母を頼った。しかし、断られたのだ。

ここらへんの心情も分からなくはない。
いま、自分の父母がまさに80代だが衰えがすごい。
子どもをたまに預けるのだが、疲れ果ててしまう。
とくに夏場はよりそうだ。
この祖父母たちも、その時調子が悪かったりしたのかもしれない。

この父と娘のひととなりもやっていた。
明るいお父さんだったらしい。娘も可愛く元気。
はたからは、分からなかったのだろう。
自分も娘がいるのだが、本当に娘は可愛い。
辛い時、娘を何度も抱きしめて勇気をもらって生きてきたんだと思う。

ところで、ここで問題になっているのが、最初に支援を頼った行政である。
はっきりいうと、最初に対応した奴はA級戦犯だ。
でも、仕方ないのも分かる。だから、こういう公の機関こそITやAIを活用したほうがいい。

たぶん、公的機関は、電話に出た人間によって対応が変わる。
企業やお店の場合はいい。電話の人間の対応で、売り上げが下がろうがクソどうでもいい。
でも、こういった命に関わることは、個人の性格や能力よってはいけない。

そりゃいろいろな案件がくるから、一度断ったり適当なマニュアルがあるだろう。
でも、その人の切迫度合いや、環境やステータスなどが登録されていて、
総合的に判断して、この人はやばい…と判定すればすぐに救済される。
そんな感じになってほしい、いやいまの技術ならできるだろう。

関係ないけど、死刑で行われる絞首刑。三人の刑務官一斉にボタンを押して、罪悪感を軽減とかも意味不明。覆らないのなら、機械にまかせりゃいいやん。非人道的なんかな、それは
なら死刑制度自体を考えるべきだろう。

このお父さんは、自分は死にたくて仕方ない。恐らく、このままだと危ない。
なんとか娘だけは助けたい。その気持ちがありありと出ていただけに、
どこかの網に引っかからなかったのかと無念な気持ちだ。

シングルファザーの支援の網はうすいし、孤独だ。
おこがましいが、自分も娘の出産時に妻が切迫流産にて3か月弱入院したときがある。
その時、息子2歳。3ヵ月弱、シングルファザーを体験した。

保育園に、送りとどけたり病気の時は早退して帰って来たり。
夜は寝かしつけて、食事の世話も。超大変だった。
しかも、やはり周りはママさんばかりなので、なんだか気が引けて輪に入れなかったよ。

とはいえ、うちは両方の祖父母が通える距離にいてくれて、助けてくれたからなんとかなった。
あとは、その時はまだ40歳でまだ若かったってのもあるな。

それはいいとして、
命の現場にこそ人じゃなくて、テクノロジーを使って欲しいとおもうなぁ。しかし。
あの時、どうして、ほにゃらら なんて過去を悔いたってどうにもならない。
テクノロジーの場合は、エラーを取り込んで次回に活かす。

しかし、人間様の場合は反省文を書いて終わりを何度も繰り返すのである。

子に殴り殺されることと刺し殺すこと

50代の息子を刺殺しようとした事件の父親が逮捕され、報道にて顔をさらされていた。
片方に色濃く残る痣のような青黒いあと。
真実はわからないが、多くの人が子供に殴られたあとだと思ったことだろう。
事実、日常的に息子から暴力を受けていたらしい、父親。
暴力に耐えられなくなったという。

息子をもつ父親として耐えがたい事件である。

果たして、子に殴り殺されるのと、刺し殺すの、どちらがいいのだろうか?
どちらも悲惨なんだけど、きっと刺し殺すほうがいいのかもしれない。

狂っているのはどっちだといえば、その時点では息子であろう。
狂気の人間を残すと、たとえば自分に親族(娘や弟など)がいれば、
そちらにさらなる被害が及ぶ…。
とりあえず、息の根を止めるしか無かろう。
それ以上に、暴力を受け続ける恐怖と苦痛がある。
人間の生存本能から、死に物狂いで刺し殺すことも考えられる。

自分ならどうするか。
一人にさせるはかわいそうだから、心中するかもしれない。
そういうのもある。殺害した後に、あとを追うが死にきれないで逮捕みたいのも。

考え得る限り最も悲惨な最期だ。
でも、日本の近親殺人は全部の殺人事件で半数以上を占めるのだそうだ。
自分はまぁないな とは言い切れない。

色々と大変な時期の息子であるが、いまは父子関係はけっこういい。
尊敬は全くしてないが信頼はしてくれているような感じである。
たまに、甘えてくる。普通は母親にいくのだが、なぜか俺に来る。
寝るときに抱きついてきて、ちょっと気持ち悪いのだが、
最近はそのままにしておいている。
不安なんだろういろいろと。

いろいろな道がある。
生きてればいろいろな出会いもある。

事件の父子も生き残ったからには、
パラレルワールドでは、父子で殺しあわなかった道もあったんだと、
そう思いながら生きていってほしい。

参院選には珍しく投票したい政党があった+最近読んでる本「近親性交」

今回の参院選は、個人ではなく政党というか弱小だが応援したい団体があったから、
積極的に行ってきた。
その党首が一人当選したから、よかったのだが、一人くらいじゃあな…という感想である。
まともな人は、過剰なことを言わないのであまり目立たない。
でも選挙というのは、限られた時間内でのアピール合戦なので、なかなか難しいなぁと感じる。
とはいえ、政治家のなかにまともで若い人が増えれば少し変わってくるのでは?とも思う。

ところで、今絶賛読書中の本「近親性交」があまりにもキツイ。


著者は阿部恭子さんという、日本では珍しく犯罪の加害者家族の支援を長く行っている女性。
それだけに、間違いなく真実の内容で有ろう。
だがしかし、あまりにもタブーに触れる内容ではある。

近親性交とりわけ、父親と娘、母親と息子の性行為に触れている。
内容はあまりにもダークである。
異常なのはどっちかといえば、やはり親であろう。
子どもは、親という絶対的な存在に絡めとられていくだけの存在である。
そして、将来のすべてを破壊される…。
事例のすべてが衝撃的であり、救いがない。

娘に性的な関心はもちろんないのだが、
自分がこの立場だったら…と考えるとそうなってしまうかもしれない
と思う部分もあった。
父親ならこうあるべきという、家族の不文律を破壊されたら…。

まったく父親として顧みられず、妻にも子供にも罵声を浴びされ続けたら、
それでいて、社会的地位も低かったら。
家庭内で誇示する暴力しか、屈服する手段をもたなくなる恐怖がある。

いまのところ、妻が自分を尊重してくれているから、少々威厳がなくても
子供らは父親を好きでいてくれる気がする。
しかし、このバランスもなにがきっかけで崩れるか分からんもんなあ。ああ怖い。

中で虐待死した千葉県野田市の事件。栗原心愛ちゃんの件が出てくる。
性交事案ではないのだが、
強権的な父親が、娘を虐待死させた事件である。
しかし、父親がたどった事件へ至る道を見てみると、一概には悪人とは言えなくなってしまう。
母親の双極性障害と、その母親に洗脳された娘が起す父親への度重なる暴言。
自分が育ってきた父親像と、著しく乖離していく中で、
むりに戻そうとしたのが、この暴力であったのでは。と考える。

人間の闇は怖い。
とりわけ劣等感の闇。
こんなはずじゃなかったという理想との乖離。

馬鹿になれ というアントニオ猪木の言葉を胸に、生きるしかないなと思う。
馬鹿だもんね と笑っているその心に闇が巣食う… こわ

人生とは本来、こんなはずじゃなかった の連続である。
そこを楽しめればいいんだけど、なかなか人間の精神はそんな強靭にできてないんだよね。

妊産婦の自死

162人。去年までの3年間に、妊娠中または出産後に自ら命を絶った女性の数である。
とても多い、と感じる。
なぜなら、子どもを産むというのは、女性にとって掛け替えのない喜びに満ち溢れたことだからである。
その太陽のような季節に、自ら死を選ぶってのは、普通ではないだろう。
トータルの自殺者に比べれば大したことない、という意見もあるが、この特別の時期に自死するというのはアブノーマル。異常である。

妊産婦自殺といえば、真っ先に思い浮かぶのは女子アナの方である。
米森麻美さんと山本真純さんである。
どちらも、幼い子供を残してなくなっている。産後鬱ではと言われている。
おそらく経済的な問題はなかったに違いない。
子どもを授かって産むまでは、本人もまさか自分が近々死ぬとは思わなかったのでは?と考えられる。

とりわけ山本さんの場合は、祖父かなにかに孫を見せに訪れたタワマンから、飛び降りてなくなるという衝撃である。
これは、その時点で相当深刻な鬱だったことが伺われる。
もう一度いうが、孫を見せに行ったその住宅のタワマンからである。
どう考えても、計画性はない衝動性が伺われる。なにか、きっかけがあれば防げた可能性は大きいが、本人が鉄壁のガードをして
弱みを見せなかったのだろう。

とりわけ、仕事が出来たり頭が良い女性が、産後鬱にかかるといわれる。
でもそうは思わない。
産後鬱はどんな人でもかかる。そこで、情けなくヘルプを出せるかどうか…これが生死をわける。
162人の尊い命。だけでなく、パートナーと子どもたちがその人生で受ける衝撃はすさまじい。

普通の鬱とは違い、産後鬱や妊娠期の鬱はきっと収まってしまえば、夢をみていたかのようなものではないか?
それだけに、悪夢がさめずにそのまま逝ってしまったのは恐るべきことである。

いかに、悪夢を見ている人を軽んじずに、周りが助けられるか…これが重要である。
かくいう自分も、妻がやばいな…というときは今も含めあった。
なにもなければそれでいいのだ。
何かあった時のために、われわれ男どもは予防でいろいろ助けなくてはならないのだ。

と調べていたら、もう一人同じアナウンサーの大杉君江さんも育休中の転落死だったらしい。
3人も優秀な人が…下に恐ろしいのは産中産後うつである。

叩くのに格好な経歴がまた

変態教師盗撮事件の続報が入っている。
その中で、この一連の事件の発覚の契機になった人物の経歴が詳らかにされている。
この人、盗撮どころではなく精液を給食や笛などにつけたりしていた超危ない人物である…。

その人物の両親は共に校長を経験した、りっぱな教職者であるという。
現役引退後も教育関連の職を歴任して、地域でもりっぱな人物で通っていたという。
その息子が、変態で逮捕である。
これは…。なにか、もう待ってましたとばかりの経歴ではないか。

やっぱり。立派な人物の二世がこれというのはよくある。教育者の一番の実績は、子どもが立派になることであろう。体面的には。
英才教育を施していた姿が目にうかぶ。
そのストレスが彼をこんな変態教師にしたのだろうか…。

想像は尽きない。

いま子供で苦労している自分。
不登校からの荒れに荒れた生活。
いまも続く、その余波。

もはや子供にあまり過度な期待はしていない。
それがよいのか、といえばそうとも言えない。
やはり不登校は、精神面にも影響するし、未来に影を落とすかもしれない。
でも、少なくとも、優等生でなんも問題ないと思った子供が、突然犯罪者と暴露されることからは逃れられるかもしれない。

しかし怖いのは人間である。
昨日までは、そこにいて信頼できる関係を築いていた。
性格も優良だし、仕事もできる。家族ももっている。
これから、いろいろありながらも苦労しつつ、少しの幸せをみながら定年まで働くと思っていた人。
それが、突然、恐ろしい醜悪な人間だったと暴露される。

近くにいる人間ほど、その威力はすさまじく、その爆風に吹き飛ばされてしまうだろう。
でもそれも人間の一面である。
人の本当の姿は他人にはわからない。心に何を飼いならしているのか、だれにもわからないのだ。

趣味と実益を兼ねた教師という仕事

小学校の教師、しかもその中核を担うベテラン教師のペドフィリア行為が問題になっている。
SNSで自校の女児らの写真を共有し、閲覧。その仲間10人はすべて教師であるらしい。
事件発覚によって、もしかしたら似たようなSNSアカウントがあったとして、消去して安堵している者たちもいるのでわ…と勘繰る。
その主要人物は、写真をとる役割を担っていたという。

これはあかん…。もう、小学校なんて信じられないのではないか…。
思うのだが、職業的ストレスからペドフィリアに移行するってことはないんじゃないか。
そうなると、もうすでに、最初からロリータコンプレックスの人間が、教師として小学校に入ってくるのではないか。
あらゆる6~12歳の女児が集う場所。そこに、教師という強大な権力をもって一日過ごす。
これは、変な話、その人間にとっては夢の舞台であろう。

北欧のある国では、教師は医師、弁護士などと同等に難関の職業らしい。
教育というのは、そのくらい高度な知識と人格が必要である。

だのに、日本において、とりわけいまや、誰でも教職さえとれればなれてしまうほどの倍率らしい。
どうすればいいのか…いやこれは、もはやどうにもならない領域。
教師が性加害を行い、生徒は不登校になる。
昭和の教育をそのまま行うシステムもクソである。
学校というシステムの崩壊、そしてそこにいる指導者の崩壊。
精液を給食に…なんてのは、いつからやっていたのだろうか?たぶんかなり前からやっているだろう。

捕まった教師たちには、家族、子どもがいるらしい。
加害者家族に待ち受ける悲劇を思うとなんともいえない。
昨日までの日常が、一気に崩落する恐ろしさ…。

引きこもり引き出し系のドキュメンタリー が嫌

いやぁ、息子が不登校になってから引きこもり系のドキュメンタリーがキツイ。
なにって、引きこもりの子をもつ親って、人類で一番底辺ってくらい弱い立場だと思うのよ。
もう、誰も味方がいないし、結果的に子育て失敗だし(その時点では)
まずもって、その親に感情移入しちゃってキツイ。

そして、縋り付くのが民間団体の引きこもり支援事業者。
事業者は民間だから当然、ビジネスがある。困っている人にこういうビジネスがあるよと拡散するためにもドキュメンタリーが必要なのである。

最近よく見るのが、YOUTUBEでやっている○塾である。
これも、惹きこまれるつくりでガッツリ見ちゃう。最終的には、あぁよかったなぁ ○○君と思ってしまったり。
(関係ないけど、なんでこういうダークサイドの支援者って、総じてイカツイの??)

何を隠そう、引きこもりの親子の絵面…これ、エンタメとして凄い魅力的なんだよね!
なんつーんだろ、人間の絶妙なマウンティング意識を刺激するっていうか…。

子供って、なんていうか平和と繁栄の象徴なわけ。
なので、その子供をもうけた人たちは国が支援したりするし、世間的にもややもてはやされる(まぁ日本は厳しいともいわれているけど子持ちに…)

そんな状況の中、引きこもりという失敗例の子どもがフューチャーされる。それをみた子どもがいない人びとは、あぁ子供はリスクでしかない!という気持ちを強くするのだ(断言しすぎ…)
そして、子どもという富裕層の特権のようなものをもった人々が、困り果てている姿が気持ちいいと感じる。(あくまで推定)

なにいう自分も、子どもが不登校になる前は、そういうドキュメンタリーをよく見て、あぁ気の毒だなぁと同情していた嫌な野郎であった。
いまや、現実である。同情されるのがクソと感じる。自分勝手なものである。

しかし、不登校、引きこもりや小中高生の自殺率アップなど、子供をもつリスクばかりが近年目立っている。
これじゃぁ、子ども欲しいと思う人たち自体が当たり前に減るだろうなぁ。
同じくらい、メリットがあるのが子育てでもあるんだけどねぇ。
人間を育てることの困難さにぶち当たってる今日この頃であるが、
自分の器は年々深まっている気がする。死ぬころには何にも動じない仙人みたいな人間になっていそうだよ。
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