R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

ビジネス

数十枚の画像からエクセルへ数分で…もうだめだ、人いらない

仕事でAIツールのclaude codeを有料で使っている。
とりあえず、使わないことにはAIはわからないということで上司にねじ込んで使い始めた。
最近は、月の売り上げデータを読み込ませて、月度の報告をしてもらっている。
鋭い指摘が多数だが、たまにチョンボを侵す。
AIなんていってもやっぱ大したことないやん…て思っていた。
しかし、最近考えが変わってきて。

もしや、彼らはわざとイージーミスを犯しているのではないか?と
イージーミスを犯すメリットが結構あるのだ。
それにより、人間はAIに完全に任せないのでチェックするという役割ができる。
人が介在できる余白をわざと作っているのだ。(知らんけど)

そして修正のために、AIと何度か対話を行う必要がある。
この対話こそが肝である。

claude code を創業した天才たちの中に兄と妹のコンビがいる。
この兄はゴリゴリのプログラマーの理系の人だが、妹は芸術や人文に特化した人らしい。
このAIを作るにあたって他と違うアプローチがこの妹の存在らしい。
AIに人間ならではの哲学や人文、アートの要素を加えているという。
それが、まさにこの対話に表れている気がしてならない。

なぜなら、対話→修正 を繰り返すことでどんどんAIへの信頼が加速している自分がいるからだ。
例えれば優秀な部下だがまだ経験が浅いのでミスをする。
そこを指摘すると、さらにスキルを上げてくるという感じ。
なにか関係性の中で自分が育て上げている気がしてしまうのだ。恐るべき。

そして、極めつけのことが起こった。
決算資料のために一年間の通帳の数字をエクセルに転記する必要があった。
この作業はかなり大変である。本来少しずつデータにしていくべきだったが、
放置していたため膨大な数のデータ化が待っていた。

印字された通帳というアナログデータ。これをデジタルにする。
かつて、スキャナーかなんかで取り込んで、データ化するアプリかなんかがあったが
相当不完全で廃れた記憶がある。なので、アナログデータの時点でアウト!なので人力でするしかないかと。
そんで作業。最初の数行をエクセルに移してすでに根を挙げた、めんどくせぇ。
そんでふとAIさん…と思いつく。まさか、アナログデータだからなと。
まぁ一応試しにと。全部の通帳のページをスマホでとって、AIにぶち込んだ。

その数分後に驚愕…。

こちらのエクセル表の項目を理解し、そこにあった形ですべてのデータを入力していたのだ。
画像から…こんなに正確に…ものの5分だ。
信じられない。みんな知ってたの?これできるって。教えてよ。

とはいえ、一気に正確にはできず、例のようにミスがありつつなので、対話を重ねたのだが、
はっきりいって、自分がやったらとんでもない時間がかかっていた。

いつからこんなに画像を正確に読み取るようになったの!?
もうこわい。そう、事務員いらない。新人がやる仕事もないよぉ
たしか、入力作業員とかいう職種あったよね?完全に消失した。
はっきりいおう、いまパソコンでの簡単な入力作業という職種があったら9割がた詐欺です。

もはや、人間ができる範囲がなくなりつつあるといわれていたが、
実体験をとおしてそれを感じた。

これでいて、ひと月数千円をAIに払えばいいだけ。
とりわけ中小企業はAI導入に消極的だという。
ある意味わかった。これを導入してしまうと、マジで仕事がなくなる人が出てくる。
震えあがるほどに高度なことができているClaude Code。
過去にここまですさまじい機能のツールを手に入れたことがない。
5,6年前にpython を独学でチクチク学んでいた自分にいいたい。
今すぐやめろと。

人を簡単に解雇できないことの弊害

よく知られたことだが、日本は解雇規制が厳しい。
簡単に正社員はもちろん、非正規ですら解雇するにはそれなりのリスクがいる。
これは、いいことだ。と思っていた。

だって、解雇されたら収入が途絶えて生きていけないじゃないかと。
安心して生活するためには、解雇に断固反対しなくてはいけないのだ。

とはいえ、たまにふっとよぎる疑問がある。
そもそもその会社が赤字になったら、給料の原資がなくなるのに
解雇できないのか…。こりゃ、経営者にとってはひどい話だなと。

その行きつく先は倒産による、強制解雇。

最近、この解雇できない弊害で納得できる論をみた。

産業が活性化しないのだ。
デジタル教科書論争がある。その内容はともかく、これは日本では難しいのではないだろうか。
なぜなら、文科省に紐づいた物体としての教科書で利益を上げている会社があるからだ。
この会社は、毎年一定の(少子化とはいえ)紙でできた教科書の莫大な需要がある。
デジタル化は、そこに紐づけられたいろいろな産業、紙会社から出版、流通などなどの利益が一気に消失する。

それいいじゃん。コストが大幅に削減になって!関係ない人はそう思うよね。
でも、それらの会社の人たちの雇用はどうするの?いきなり仕事がなくなっても解雇できないのだ。
そうなると、従来の紙産業を保とうとする、強力な政治力が方々から働くことになる。
結果、デジタル教科書は尻すぼみになる。

いま町の本屋はどうだろうか。軒並み消えてった。
amazonという黒船のせいである。
アメリカの強烈なサービスが強引に駆逐していく。この形でしか、日本は改革できない国になっている。
それも、この解雇規制のせいではないだろうか。

翻って解雇しまくりのアメリカ。
解雇された人たちはどうなるのだろうか?じつは、なんだかんだ新しい産業に組み込まれていくのだという。とりわけ、解雇が自由な社会は新事業の立ち上げが早い。
解雇された人材が豊富だからだ。
いっときは悲劇的なのだが、結果的に個人も国も発展するのが自由解雇の世界らしい。

日本でAIを本格的に使っている会社は少ないという。
なぜなら、使ってしまうと今いる事務員が必要なくなるからだ。
そうなると、解雇したいのだができないジレンマに陥る。
最終的には、人件費コストでつぶれてしまうという悲劇。

人が流動的に動く社会だったら、もしかしたら就職氷河期世代なんてものもなかったかもしれない。
自分は氷河期世代だが、比較的いい大学だったからか、周りは優良企業で安泰な人も多い。
だが、はたして彼らが能力的に秀でているかといえば、否。
たまたま有名大学からの大企業就職の波に乗れただけといえる。

若者に石の上にも三年と諭すよりも、
がんがん辞めて次に行くのが当たり前になれば、雇用も流動化して
結果的に解雇も自由になり、発展するのかもしれない。
そう考えると若者がすぐに辞めるのは、長期的に見てとってもいいことなのでわ?

いまの規制は、間違いなく中高年世代が自分を守るためにやっているにすぎない。

積み立てNISAとかってほんと儲かるの!?

何もせんでも増えてたつみたてNISAだけど、昨今のアメリカ政治の影響か下がっている。
いわゆるオルカンといわれるやつを、軽めにやってるだけだからいいけど。
暴落すると、必ず出てくるのがパニックになるな…と。長期的な運用だから大丈夫と。
長期的な運用ってのは、わかるけど絶対もうかるから的なのはどうなん!?
それって、投資でもなんでもないやん と。

メルカリの販売利益を最近ビットコインやイーサリアムに投資したが、
こちらも大暴落である。
いやぁ、長期的な運用だから…と気を静めているが落ちた時はそういうしかないのが現状だろう。
希望的観測…。

世の中に絶対はないだろうし、投資よりいま必要なものにお金をかけたほうがいいような気もするよね。
かくいう自分は、昔パチスロなどのギャンブルをやった経験上、損することは織り込み済み。
ギャンブルだって、あわてるな長期的につぎ込めば必ず当たりはくる、ってのが基本。
でも、一番大変なのが止め時である。
儲かったあとにいかに、引くか。これができないんだよね、人間って。

いつからチャットGPTに画像生成がついたの!?

こわいこわい。チャットGPT。キャッチコピーとかアイデアだしとか、時には相談相手につかっていた。
しかし、いつの間に、画像やイラストを生成できるようになったんだ!?
テキストで普通に~の画像作って とかいえば、時間は多少かかるが出てくるのだ。
なんだこれは。

技術革新って大々的にいわないよね。
知らぬ間に、こんな機能が備わって、それで食っている数千人かの人たちは仕事がなくなるという。
実際、デザインにこだわらないのなら、この生成画像を使って、パンフレットやらホームページやらが出来てしまう。
静かに、マッハのスピードで進む技術革新。こわいけど、便利だわ

リモート仕事の利点

いやーリモート仕事っていいわぁ。
妻の精神的不調もあり、職場にリモートをお願いしている。
フルではないが極力家で仕事をするようにしている。
とはいえ、早朝バイトはバリ肉体労働なので、それをやって家に帰ってリモートである。
基本、パソがあればできる仕事であるので、可能なのだが。

まずもって、通勤しないでいいのでドアTOドアの二時間弱くらいが得られる。
2時間かける4日くらいでも、8時間も自由時間が得られるのである。
これはデカい。

あとは、身なりを気にしないで済む。髭なんて生やしていてもいいし、髪型だってどうでもいい。
もはや所帯を持っていて50歳近いので、外に出て出会いを求める必要もない。
淡々と家で仕事をしていればいいのである。
いやぁ、これ続けたいよな。友人がフルリモートで完全に慣れてしまっているといっていた気持ちがわかる。
以前は、鬱みたいになるんじゃない?と思っていたが、家族がいれば基本家でしゃべるし、むしろ孤独になる暇がない。

ただ、仕事終わりに酒を飲んだりすると結構量がいってしまう。
アル中になるリモーター?がいる意味がわかる。
そういう意味では、やはり適度なリモートが必要なのかなぁ。

メルカリでビットコインが買える

たまにモノを売ったり買ったりで利用しているメルカリ。
最近、見慣れない項目が増えている。
はたらくやつだとか、仮想通貨だとか。

はたらくのは、最近はやりのタイミー的なもので、手軽にバイトができるものである。
よくよく考えてみれば、メルカリに住所やらクレカやら登録しているので、すでにメルカリのアカウントが証明書になるわけだ。
あらたにバイトを募集したり、登録させて審査とかしなくても企業はメルカリにその人の信用を担保させればいい。
なんとも頭のいいこった。

とはいえ、メルカリからアルバイトを探してみても、あまりいいのはないようである。
ルノワールとかでも、やはり接客経験が問われそうなのでね。まぁ、これから案件を増やしていくのだろう。
バイト料も、メルカリのポイントとかで払うのだろうが、amazonや楽天もそうだが、ほんとうにひとつの独自の経済圏を展開している。
ポイントって独自通貨ってことだもんね。

それはおいといて、メルカリの仮装通貨(ビットコイン)は面白そうなので、4000円分購入した。
毎日見ているが、下がりっぱなし。と思ったら、100円くらい上がっていたり。なんだかわからないけど、見ているだけで面白い。
ちょっとしたアクアリウムを眺めるつもりで、ちょっとずつ増やしていこうかなと思っている。

しかし、こういったIT系のサービスもひとつ作っても、それで安泰じゃないんだね。
いろいろなサービスを追加しまくり、事業も展開しまくらないと生き残れないんだろうね。
昔とは違う事業のスピード感を感じるなぁ。

プロンプトエンジニアってなんじゃ?

プロンプトエンジニアという職業をご存じだろうか。
もう欧米辺りでは人気になりつつある職業らしい。そして、資格や特殊スキルがいらないエンジニアらしい。

最近なにかと話題のチャットGPTに、より良い答えを吐かせるための技術職なのだそう。
ご存じGPTはAIによって、そこそこまとまった文章を作り出してくれるものである。そしてその文章はある程度入力内容に依存する。

例えば、死について と入力すれば、主に死の概念が分かりやすい言葉でまとまってでてくる。
同じ概念でも、死についてお笑い芸人は と入力すると。死を絡めたお笑いのネタをいくつか表示してその後に、「死に関するテーマを笑いの対象として取り上げ、人々の死生観や死後の世界に対する思考を軽妙に揶揄しています。お笑い芸人は、人々が持つ普遍的な不安や恐怖を軽減し、笑いを通じて共感を生み出すことを目指しています。」と出てくる。

同じ死でもどの角度から情報が欲しいかで、AIが表示する内容が大きく変化する。
そこにビジネスチャンスがあると思った誰かが生み出したのだがプロンプトエンジニア、らしい。

この最初に入力する文字を考える人である。
詳しくは知らんが、結構需要があるらしい。はっきりいって誰でもできるのではないか?という疑念が払しょくできないが、新しい職業というのはいつもそんな感じで現れてくる。

ユーチューバーしかりである。
このプロンプトエンジニアに注目しつつ、副業とかで稼げねえかな?と密かに期待している俺がいる。

リスキリングを勘違いしていた

最近リスキリングという用語を巷でよく聞く。
リスキリングによって、職を変えて非正規社員がが社員になったり年収が二倍になったりなど、いい話が多いリスキリング。

これ「リスク」のing形だと思っていたおれ。
本当に勝手にだけど、あーあれねと思っていた。
あれとは、会社に応募してくる人のSNSなどを調査して、いわゆるバイトテロとか寿司テロとかしてないか調べるそれである。会社に入って、社員がそういう危ない人材であった場合、かなりリスクがある。そのリスクを軽減するのがリスキングである。

もう、この時点でリが抜けていることに気付いていないのだ。
しかし、珍しくリスキ(リ)ングの記事を深く読んで、あれって思った俺。なんと、言葉の意味は、Re(再び)skill(能力)であった。
年をいってからも、IT系その他の学びを得て、旧来の仕事を効率化させたりするのが、それである。

これなら、おれもやってる!とちょっとテンション上がった。
なにいう自分も、30代からほぼリスキリング三昧であった。エクセルを学んで、デザインを学んだ。画像処理もきわめて、オンラインショップ運営の一通りも独学で学んで実務に生かしている。

営業しかしてなかった時代のスキルのなさたるや。
でも、齢50近いのにパソコンスキルはそこそこあるのである。

というのも、本当に今は恵まれていて、なにを学ぼうとしてもネットでほとんど知識が得られるのである。エクセルの関数だって下手すればネットで調べてコピペしてしまえばいい。プログラミングにしたってコードの内容なんて理解してなくったて大丈夫。

ホームページだってオンラインショップだって、専門的な知識なしでだれでも運営できるのである。
たしかにいい時代である。

こんな時代に、昔からのただ単調な事務仕事だけをやっていても、つまらないし給料はあがらんだろう。このリスキリングをみつつ、おれやってるなぁと感慨を深めたが給料あがってねぇなぁと意気消沈した次第。

まあいろいろ自由にやらせてもらってるからいいかとも思うのだが…。

こもっている人ほどオンラインショップに向いている

オンラインショップ関係の仕事をやっているが、この仕事はコミュ力がない人や引きこもってしまいがちな人に大変向いている。商品の出品、在庫管理、サイトのデザインや出荷、いろいろな告知やクレーム対応(メールにて)。など業務は多岐にわたる。

最近は、さらにグーグルアナリティクスなどを使用して、ネット上の分析もしなくてはいけない。やろうと思えば際限なくやることがある感じだ。ここに必要なのは、黙々と積み上げていく地道な労働である。一日中誰とも喋らないこともあるくらいだ(これはこれで問題だけど)。

だからはっきりいって、コミュ力はまったく重要ではない。ミスった時に激しいクレームにあうが、これもタイムリーで電話などで怒られる機会はほぼない。メールなので、怒られている内容をじっくりみて、検討し、客を刺激しないように最善の対応をするのみである。ここでもメールが基本。

思うのだが、「コミュ力がない」ということは部分的には瞬発力がないのと同意ではないだろうか。俺もそうである。あとあと、ああ、あそこでああ返しておけばよかったなぁ、と思うことが多い。またはああ、ああいうことを言っていたのかと後で気づいたり…。その場で、ガンガン対応できないのである。

しかし、メールの場合は一度考えて、ゆったりと対応できる。
実は、こういうことは一般にコミュ力がないといわれている人の方が得意なのである。慎重だから、こうしてこうなると、こうなるからこの対応はまずいな、などと考えられる。

かつてオンラインショップというものは、いまほど簡単に運営することはできなかった。しかし、今はいい時代である。メルカリのように、個人で手軽にできてしまう。商品によっては、海外とのやりとりだって可能である。

現代は過剰にコミュ力が高くないと生き残れないといわれている。まぁ、そうなのだが、それと同じようにそれがない人にもいい時代ではある。

問題は、個人でやる以外は、会社に入らなければいけないということである。入社にコミュ力が求められてしまう点だ。そこをうまく回避して、もぐりこむことができるといいのだけどなぁ。就職でつまづく人が、コミュ力のない人であることもまた現実である。

仕事を辞めての転職活動はだめである

自分にとっては当たり前だが、意外と次のあてがなく辞めてしまう人も多い。確かにすぐにでも辞めたい気持ちはわかる。だからこそ、転職するんだろうし。でも、絶対的に仕事をしながら転職活動をしたほうがいい。

もうかれこれ20年以上前になるが、ふとしたきっかけから仕事を辞めてしまった。その後、資格をとろうかと学校に行ったが、結局さほど続かず、ならばと転職活動を始めたことがある。この時さんざんな目に遭った。

当然ながら、転職の動機を聞かれるし、その時失業保険を満期もらっていたので失業期間はすでに半年を超えていた。それでも若かったからか、どうにかなる!と高をくくっていたのだ。しかし、ことごとくアウト。どんどん、焦っていき最終的には心の病を発症した。(まぁ、それだけが原因ではないが)

実際、よほどの専門的な技術がないかぎり、現状の仕事を辞めての転職は冬場に丸裸で外に出るようなものだ。ブルブル震えだしたころにしまったと思っても遅い。下手したら、死んでしまう。自分の経験上、こういったアドバイスはなかなか聞く耳を持たれないことが多い。

なぜなら、辞めてしまう人は、もっと成長したいという前向きな姿勢ではなく、一刻も早く別の場所に逃げたいと思ってる場合が多いからだ。

俺もそうだった。巷にあふれる、とにかく逃げろみたいな文言。もちろん、わかる。しかし、逃げた先を確保していないとまた違った地獄が始まるのである。

当時、転職雑誌かなんかの広告でスガシカオが語っていた。俺も、サラリーマンであった。やりたいことに飛び込んで今がある、みたいな。この広告に刺激を受けて、飛び込んだやつが何人もいたのではないか?

真っ裸で飛び込んだ先には、ドッキリでお馴染みの滑り台。真冬の山を滑走し、ポーンと体が宙に浮く。そして、遭難。仕事を辞めての転職には、そんなイメージが俺にはある。どう考えても、厚手のダウンを着て、食料もたっぷりもって、スマホと無線機も、そう、いつでも帰れる準備万端で山へでるべきである。

とはいえ、こういうことも経験してみないとわからない。
まったく勧めないが、それでも辞めて背水の陣でのぞむのだ!というのなら、若いうちがいい。最近とくに思うのは、若さというのは素晴らしい資源であると。
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