R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

病気

死にたい人や鬱病の人に説得は無意味

なにやら気のせいなのか親子の心中事件などが目立つ。
昨今の物価高や世情の不安を反映しているのだろうか。
単純にニュースで目立っているだけだろうか。
とても悲しい事件が多い…。


死にたいと思っている人が近くにいたらつい説得したくなるだろう。
普通の人ならそうだ。
なんていうか、死ぬ覚悟あるならなんでもできるやん みたいなのね。
あとは比較とか、アフリカの飢餓の人に比べればまだましだよーみたいな。

でも、説得みたいなのは死にたい人にとっては無意味どころか有害この上ないのだ。
おれも鬱の時にいろいろなことばを掛けられたり、鬱から回復した本をもらったりした。

そのときに分かったのは、
「言葉はほとんど役に立たない」という事実だった。

回復した人の本。
前向きな言葉。
成功体験。

全部、「できない自分」の証拠にしかならない。

あの状態の人間にとって、
他人の成功談は希望ではなく、圧だ。

鬱で死にたい人に特効薬はない。
抗うつ剤や精神安定剤はそれなりに有効だが、それで風邪みたいに全快することもない。

ただひとつ、はっきり言えるのは、
「時間」は効く、ということだ。

体感として、今この瞬間に強く死にたいと思っている人が、
一年後もまったく同じ強さでそれを維持していることは、そんなに多くない。

環境が変わったり、少しだけ余裕が生まれたり、
理由は様々だが、揺らぎは確実に起きる。

だから、まず必要なのは「時間を稼ぐこと」だと思う。

なので、ゆっくり休めというのは、ある意味で正しいのだ。
一度酷い鬱で死を望んだ知人に、こういったことがある。
3年たっても、同じ分量で死にたかったら死んでいいと。むしろ応援してやると。
今も彼は生きている。

あとは防げなかった自死に対して必要以上の罪悪感は不要であるということ。
自分だって、いまこの瞬間だって自殺しようと思えば容易にできる。
車の前に飛び出したり、へたしたらロープに首をかければいい。
そんな簡単に死ねるのだから、本当に死を望む人を死なせないためには四六時中監視していなければならない。
そんなの無理だろう。

死というのは厄介だ。遠くにあると思えば、すぐ隣で微笑んだりする。
全ての人が老衰で死ねないのだから、なんらかの死に選ばれるのだが自殺だけは周りのためにも避けたいと思う

普通救命救急講習にいってきた

立川の防災センターにて普通救命講習会に行った。
約3時間の講習会。
わざわざ平日に有休をとって、お金を払っての参加。

素人が救命が必要になった人に、第一次的に施す処置を教えてくれる。
簡単に言えば、心停止した人には心臓マッサージを、呼吸が止まった人には人工呼吸を(たいていはこの二つを併用)
異物が詰まった人には、除去の方法。あとは、AEDの使用方法も。
当日は20人くらいの人たちと、実技をしながら3時間タップリ学んだ。

なぜわざわざこんなことを学びに行ったか。
もともと、ヤマケイ出版の遭難の本が好きで、震えながら読んでいたが
そのなかで ファーストエイドの重要性を語っており興味をもっていた。

ファーストエイドとは、専門の救命士が来る前の素人によるヘルプである。
これがあるとないとでは、予後の回復が格段に異なるのだ。

そんなこんなで、今年のタピオカ事件である。


実際には詰まっていなかったのだが、詰まったような気がしてパニクッた事件。
これで気付いたのは、本当に詰まって倒れたとして、誰もなにもしてくれなった場合。
救急車到着まで5分以上かかる。5分息ができなかったら、もう後遺症がすごいじゃない。
そこに少しでもデキル人がいたら、最初の処置で生き永らえる可能性がある。
それに思い至り、勢いで予約をいれたのが、この講習会である。

実際は人形を相手に胸骨圧迫から、人工呼吸、AEDと学んだんだが、
これを生身の人間にやるには、かなり勇気がいるだろう。
しかし、本当に誰もいない場合…たいてい看護師がいたり手練れがいたりするのだが、
本当に誰もいない場合は、普通救急救命士の資格をもった自分が(誰でも取れる)やろうと思っている。

どうやら、救命をやってなにかあっても罪にはとわれないらしい。
やらないよりは、やった方が良いらしい。
胸骨圧迫30回、人口呼吸2回、AEDを持ってきてください。といって来たら、AEDの操作。
この一連を人形相手とはいえ、みっちりやった。

なにもないことを祈るが、頑張りたい。
上級コースもあるのだが、6時間もやるらしい。これはやめておこうか…。

そろそろ体のメンテナンスをすべき年齢である

頻尿と無呼吸症候群 これは昔からあった。
無呼吸は、寝ているときに2分くらい呼吸がとまると、妻に言われていた。
頻尿はいわずもがな、夜間にお小水が少なくとも2回。
夜間パトロールと家族に揶揄されながらも、まぁまだ元気だったから医者にもいかんかった。

しかし!ここ50歳を上回り急激に体感的疲労度があがってきた。
ミッドライフクライシスともいわれる年代。
精神的なケアももちろんだが、そもそも身体的に元気でないと本当によくない。

ということで、今週頻尿の病院へ、来週無呼吸の病院に行く予定だ。
頻尿はあきらかに前立腺が浮腫んでることがわかって、ピンポイントの薬物治療をおこなう。
無呼吸も治ったら、睡眠の質があがりかなり生きやすくなるのでわ?とかってに考えている。

まだまだ元気…といっているうちが花である。
あと30年くらいは元気で生きたいので、今のうちにケアしておこうと思う次第である。

そろそろ頻尿を治したほうがいいかもしれない

ずっと放置してきた頻尿である。
夜間はマストで2回はしっこで起きる。
もはや、映画館や劇場はいつも端の席である。
端に座れないと、トイレに行くことが容易ではないというプレッシャーでさらに頻尿になる。
神経性頻尿と夜間頻尿である。

生死にかかわらないので、放置していた。
もよおせば、トイレにいけばいいだけだから。
でも、最近疲れやすい→睡眠がイマイチということに思い当たった。
イマイチな原因は、夜間におしっこで起きてしまうからというシンプルな帰結。

こういうのは、思い立ったが吉日のため
最寄り駅の近くで、清潔なクリニックを探した。
いいところがあったので、早速電話で予約。

父親が前立腺がんというのもあり、前立腺に問題を抱えやすいのかもしれない。
もし長年の頻尿が治るなら、それはすごいことである。
夜行バスにも乗れるし、舞台で真ん中の席にも行けるということである。

クオリティーオブライフが向上する。
さすがに、夜間一時間おきに起床しておしっこをした時は、
これはヤバイなと思ったし。
しかも、一回一回結構な量が放尿されるから笑っちゃう。
いやさっき出ただろうと…。

できれば薬物療法的な簡単な治療で終わりたい。
とりあえず初めての泌尿器科にいってこよう。

病をともにした友の死

今年、知り合いが亡くなった
貴重な病院友達だった。
ただの、病院ではない。いわゆる精神科の入院病棟である。
そう、かれこれ20年くらい前、鬱で無職で悲惨な状況の時があった。
そのとき、親に病院にぶち込まれた(と被害妄想…)

病院では、寝て起きて薄味のご飯をたべて、クリスを飲んで寝て起きて、薬を飲んでの毎日。
そんな中、転機が訪れた。
ヘビースモーカーだった俺は、死にたい気分を抱えながら談話室のような机で死んだ魚の目をしていた。
時折叫んだり喧嘩が始まるのを横目に、なぜおれはここに…と絶望していた。
そんなとき、同じ階に入ってきたのがA氏。
同じスモーカー仲間からか、話しかけてくれてぼちぼちと話すことに。
たしか5歳くらい上であった。
話す中で、鬱というのは繰り返すこと、そして社会復帰してからももどってくる人が多いし
俺もそうだ みたいな話をきいた。

完全に孤独であった自分の心がA氏と話すことで和んでいったのを覚えている。
いわく、俺だけではなかった…いやおれ以上の人が結構いるのだと。

自分が入院していた部屋は4人部屋。A氏との絡みで少し元気が出たのか横のおじさんと話す余裕がでてきた。
おじさんは、宗教妄想というのにとりつかれたらしく小さい工務店の社長をしていたが、
借金をして転落。精神を病んだそうである。
単なるといったらなんだが、鬱だった自分には分からない闇の世界がそこには沢山広がっていた。
いまでいう統合失調症の男性は、常に新聞記者に狙われているといっていたし、
20年歯を磨いてない人もいた。ボロッぼろである。

自傷行為で、にこやかに手首から血を流す女性もいた。元電通、東大、京大、高学歴の入院患者もいた。
名の知れた芸術家もいたりして。
精神科はベテランだったA氏にいろいろなことを教わった。
それが、直接的に自分の病の回復につながったかは分からないが、
きっかけにはなったろう。

そこから、退院後もたまにもう一人の病院友といっしょにあったりした。
そこから10年以上直接会うことはなくなったが、年賀状のやりとりはあった。
そして、二年前に久しぶりに飲みに行ったのだ。
近況を報告し、みな元気でよかったと言い合っていた。

今年に入り、A氏のメンタルがかなり厳しいことになっているのは感じていた。
再婚した奥さんとの不仲などもあり、愚痴が激しくなっていた。
こちらも、余裕がないためあまり深くは関われなかった。
今となっては悔やまれるが、ある日知らない電話から着信があり留守電を聞いたら
あったことはないA氏の奥さんからである。
嫌な予感がして、折り返すとA氏が亡くなったと。
奥さんを締め出して、一か月部屋で孤立死をしたと。
季節柄腐敗がすすみ見る影もなかったと…。

なんという悲しい死に方だろう…。自分にはなにかできたろうかと
思うのだが、人の死に関してできたことなんて結局はないのだ。
精神的に病むということは、すべてのことを差し置いて悲劇的なことである。
元気があればなんでもできるというのは猪木の名言だが
これは、その通りである。

逆に元気がなければなにもできないし、死に近づく。
貴重な病院時代の友をうしなった悲しみはつづく。
それでも、ともに過ごした時代やその後の再会は自分にとっては掛け替えのないものであった。
自分だっていつ死ぬかわからない。
それでも、エネルギーがあるうちは妻や子供を大事にしながら生きていきたいなぁ。

市販の睡眠薬を飲んでみた!

どうにも更年期障害なのか、眠りが浅い。
早朝バイトもしているから、浅く短い眠りの後肉体労働をする。
朝、昼、夜 と三つの仕事を掛け持ちする曜日なんてのは、もう眠気マックスである。

せめて、朝遅いときくらいはぐっすり寝たいと思い、アマゾンで市販のお眠り薬を買った(なんと400円 やす!)
一般の人は、睡眠薬なんて…というだろうが、一度鬱を経験した身としては、まったく抵抗なし。
抵抗しまくって、死にかけた過去があるだけに、利用できるものは利用したほうが良いと思っている。

しかも、市販のものはかなり軽めの睡眠薬だろう。
これによって、自分がどれくらいの状態か分かる。
鬱って睡眠にダイレクトにくるからね。

さて、一日寝る前に二錠である。
ノンアルコールビールで流し込む睡眠薬。

ビックリするくらい、熟睡してしまった。
これは、大丈夫やな。たぶん一錠でもいいかも。

とりわけ日本人は、中毒になるのが怖いからかこういったものの助けを借りない。
そして、重くなって重度の投薬をする。
ライトな感じで試すには、それなりの経験がいるけど、これも予防医療のひとつだと思っている。
むしろ、ワクワクしながら投薬そする自分がいるよね。

潰瘍性大腸炎と口内炎の関係…

潰瘍性大腸炎を患ってほどなく15周年ほどになる。
ここまで歴が長くなると、病とも友達のようになる!?いやならない。
でも、自分が罹患していることが自然となるのだ。
幸いこの病で直接死ぬことはない。
難病なので、発症から死ぬまでは一応患者ということになる。
一般人からしたら嫌だろうが、結局は慣れなのである。

潰瘍性大腸炎も故・安倍さんでかなり有名になったと感じている。
それが原因か、罹患者が増えに増えて自分レベルでは助成金が出なくなってしまった。
かなり重症度が高いと助成が出るが、自分程度の月4回診察・年一回内視鏡検レベルでは、駄目。
まえは、三か月にいっぺん三万五千円の難病助成金が出ていた。
これを、妻にはお腹のボーナスといってジョークを飛ばし、喜んで受け取っていた。
ただ、それなりにお金がかかるので、助成金が出るのはべつに変なことではない。

ただ、助成金というのは際限があるということ。
つまり、患者が増えたりいろいろな要因で、簡単に受け取れなくなってしまうのだ。
この助成金がなくなり小遣いに困ったので、早朝バイトを始めたのだが、これは結果的に良かった。
普通に5年以上続いていて、まぁ眠いのだが続けていると人が入れ替わり、なんだか知らんが重宝されているのが単純労働のいいところ。

そんなこんなで、直腸型の潰瘍性大腸炎なので薬でほぼなんの影響もない今なのだが、一点。
口内炎が異常にできやすいのである。
これは主治医に言うのだが、そのような明確なエビデンスはないようなので、毎回ケナログ塗り薬を渡されて終わる。
潰瘍性大腸炎で口内炎に苦しんでいる人ってもっと多いと思うがなぁ。
この前も、舌先というレアな部分に1週間居座った口内炎。
はっきりいって、痛い。痛いと不機嫌になる。もはや難病より、口内炎がもっかの悩みの種である。

予防医療は50代こそ大事な気がする

潰瘍性大腸炎が発覚したのが、35歳くらい。
となると、約15年ちかくその治療にと毎年大腸内視鏡検査を受けている。
助成金も途中からなくなり、経済的に嫌だなと思っているが、半ば惰性に近い。
惰性で内視鏡受ける奴も凄いんだがね。

経過がよいので、普段の診察は年4回(4か月に1)。そんで内視鏡。
診察の前には血液検査がある。
ここまでやっていたら、正直大腸がんになりようがない。なっても早期だろう。
だいたい年に3万円くらいかな潰瘍性大腸炎関連は。
その時その時は、もったいないなぁ元気なのに…と思うがたかが3万円である。

いま高額医療費制度の見直しが行われている。
高額医療を必要としている人は、継続的医療費がかかるので、確実に懐を痛める。
これによって、治療をやめる人も続出するのでは…と。
当事者はとてもつらいだろうなと容易に想像できる。

もちろん、病は突然やってくるのだ。
しかし、予防することはできる。たまたま自分は難病にかかってしまったため、このような治療を行っている。
それが、たまたま予防医療のような形になっているのでラッキーといえばラッキーかな…。

とはいえ、多くの50代のおっさんはこんなことしないだろうな。
個人的には、50代はとても危ないと思っている。
いろいろとストレスも多い。

なんとか還暦までは無事に過ごしたい。そのためにも、この予防医療だけは続けていきたいなぁ。

脂漏性皮膚炎が乱発

昨年から脂漏性皮膚炎(しろうせいひふえん)が頭皮に起こっている。
頭がかゆくて掻くと、フケがわさーっと落ちてくる。
かゆみ・不潔度・異臭の三拍子そろった最悪な病である。
主にストレスが原因といわれ、思い当たる節しかないんですけど!

とりあえず、刺激の少ないシャンプーをして皮膚科でもらった薬をつける。
軽減するが、持続してつけなくてはならない。

まだ明確に禿げてはいないが、毛根が細くなっている頭皮。
本当なら、育毛剤をこすりつけたいところだが、皮膚の薬をこすっている。
年齢を重ねストレス度合いも高まりつつある昨今。
みぽりんを含む50代の突然死も多い。

長生きのためにストレスフリーの生活をしたいが、実際むりだよね。

アトピーの救世主 デュピクセント

息子は幼稚園からだから、およそ6~7年くらいひどいアトピーに苦しんでいた。
とにかく、夜はかきむしるので、出血。そこに絆創膏を貼るので、
体中バンドエイドだらけ。
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頭も痒いのでかきむしり、フケがでるわ額のサイドの髪が抜け落ちる。
風が吹くと額がふわっとあがり、さながら「ハゲしいな桜井くん」(懐かしい)状態であった。
昨年の秋くらいまで、そんなこんなでとにかく四六時中搔いていた。

親も大変で、毎晩かゆみ止めの薬を飲ませ、かなり強いステロイド薬を塗り付ける。
それでも、最初は効いていたステロイドも徐々に効かなくなっていて、それでも
塗らないわけにはいかず…という感じであった。

そんなひどい状態が続いていたのだが、デュピクセントという画期的な治療薬の登場である。
多くのアトピー患者が救われた奇跡の治療薬である。
小児への適応が焦点だったが、とうとう昨年冬に注射を打てることになった。

これが噂通りめちゃくちゃ効果を発揮している。いまは、夜はかかない。
肌がどんどんきれいになる、という奇跡が起こっている。
もうこれはノーベル賞ものではないだろうか…というくらい凄い治療薬である。

今までの分を取り返すように熟睡もできている。
さすが若いからか俺と違いはげも治って、ふっさふさ。

この治療薬は注射を月2回(子供の場合)打ち続けないといけないのだが、
それでも、副作用も少ないし、なんにせよ今までの苦しみから解放されるからいい。
生きていれば医学は進歩する。
デュピクセントって変な名称だけど、
いまある様々な難病の苦しみも、いずれ解消される日が来るかもしれないと思える、画期的なものである。
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