R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

病気

ADHDってまさにそれだろう…

発達障害というのは本当に難しい。かなり近くにADHDかなという人がいるので、最近はなんとなくそういうものだと分かり始めた。何でもそうなのだが、身近にいて初めてそのことについて勉強し始める。

ADHDというのは、アテンション・ディスオーダー(注意欠陥しょうがい)とハイパーアクティブ・ディスオーダー(多動しょうがい)が合さった脳の気質といわれている。人並外れて物忘れが激しかったり、いろいろなものに関心がいって集中できないなどが日常生活において生きずらさを感じてしまう2大要素である。

しかし、それ以外にも人によっていろいろな二次要素が出てくるため、定義するのは難しそうである。

とはいえ、その身近な人物はやはりADHDだと俺は思っている。ADHDってのは、例えば友達など多少距離がある人物ならば、面白いなこの人、このキャラクターなかなかいないな、などと魅力的に思えてしまう所作であったりする。

しかし、ひとたび一緒に暮らしたりすると、そのキツさに気が付く。財布やスマホなど比較的大事だと思われるものを、どこかに忘れる。これは、短期的には「おっちょこちょい」というカテゴリーである。女性の場合は、むしろ隙があり好ましいとすら思われるかもしれない。

しかし、それを3日に一度繰り返してみてください。地獄である。

俺も、最近家の鍵がついたキーケースをなくした。家の中にはあるはずだと思いながら、狂ったように探した。結局、布団の下にあった。その三日後にまたキーケースをなくした。また家の中で発見した。この2回だけでも恐ろしくストレスフルであった。これを繰り返しているんだとしたら、とてつもなく厳しい人生である。ぜんぜん笑えない。しかも、これは全ADHD気質の一部である。

最近タレントの木下優樹菜さんが、ADHDを公表して無茶苦茶叩かれまくっている。免罪符にするな!とか何とか…。

えっ?と思った。
なんと、ADHDの人を身近に持つ人も叩いている(コメント欄しかみてないけど)。俺からしたら、この間の悪さとか伝え方が、まさに皮肉にも彼女はADHDなんだということを証明したなと思って、ちょっとほっこりしているくらいだ。

これだからADHDの人は気の毒なのである。とくに日本では。

人の心の裡はわからない…が

またまた衝撃的なニュースであった。ダチョウ倶楽部の上島竜平がお亡くなりになったと。その前には俳優の渡辺浩之さんが…。二人とも自死らしい。様々なことが語られるだろうが、最終的には亡くなった本人しか真相がわからない…。それが自死の恐ろしさであろう。

家族がいて、仕事や仲間にも恵まれて、身体面も重い病気などがないなら、なぜ?と思ってしまう。実際なぜ?である。人の心の裡はわからないが、問題ないような人が自死に至ってしまうのなら、間違いなく少し前からうつ病を発症していたのだろう。

かれこれ二十代後半の時期、自分もうつを経験した。そして、文字通り死にかけた。その経験からわかるのは、死に至る前は、ほぼ毎日、毎時間、毎分、希死念慮に苛まれるのである。死にたいという願いが止まらないのだ。

結果、自分は「入院」というポケットに転がりおちたのだが、どんなポケットに転がるかは運である。あのころ考えていたポケットは、自死を筆頭に新興宗教に入信、クスリ、はたまただれかを殺す(これはなかば妄想であるが家族が最有力であろう)などなど破滅的なポケットばかりであった。

苦悩から逃れるために開いているものは禄でもないモノばかりである。これがうつ病の怖い所である。発症時に大きな決断をしてはいけないというのは、それその通りである。

どうすればいいか?これは大変難しい。しかし、おそらく、自死した人たちは不眠に陥っていただろう。シンプルだがまず第一には、不眠を解消しなくてはいけない。睡眠薬によってこれは可能である。そして、意外かもしれないが、第二に「元気をだしてはいけない」のである。

よく覚えているが、落ち込んでいるのが嫌だから元気を出そうと、いろいろ試みたことがある。友人に会いお酒を飲んだり、ギターを弾いて歌ったり。その時はいい、しかし、根本的には何も解決していないので、すぐに落ち込むのだ。

この元気→落ち込みは、落ち込み続けるより実はキッツイ。落差のある落ち込みは、ジェットコースターのようである。あんなに、元気になったのにコレかと思って自分に絶望してしまうのだ。あとは、元気になることで自殺をする行動力まで元気になっちゃうってのもある。

だから、うつ病の時は、とにかく現代医学の投薬治療でずっと寝てる。これがいいのだ。

そのうちに何か変化するだろう、くらいの気持ちで。
実際そんな簡単に切り替わらないけど、経験上一年くらいなんの情報にも触れず、寝っぱなしの廃人な生活を送っても、胸板がペラッペラになるくらいで大したことはない。元気になったらまた活動すれば、きっちりリカバリーする。

人の心の裡はわからない。でも、そのプロセスは経験上なんとなくわからないでもない。だからこそ、そのポケットに落ちてしまったことが、悲しい。そして、まわりの方々の悲嘆はいかほどのものか。でも、なんで?と思わないでほしい。答えはどうやったって出ない。

そうなってしまったのだから、運であり、ある意味仕方ないことであろう。まだまだ精神の病は恥ずかしいという感覚があるが、どんな時も、誰もがなりうり、特別なものではないのである。

無事復帰した

月曜から復帰して、やっとこさ週末。いや、今週頑張ったわ。内容的には、さほど頑張ってないけど2週間動かなかったあとだから、よく錆びついた体を動かせたって意味で。

なんだかんだ休んで迷惑かけたので、ほうぼうに謝りつつで…。
一番良かったのは、家族以外誰にもうつらなかったこと。それが、一安心。しかし、いろいろ人と会ったが、なんというかみんな優しい…。労りの言葉を受けて、なんて世界は優しいんだろうと思った。

おそらく、今やコロナは誰が感染してもおかしくない状況だからだろう。もはや、暴走した車にちょっと轢かれたくらいの事故感があるのかもしれない。

それをいいことに、コロナの話ばかりしていたら、ちょっと嫌がられた気がする。自分の症状だったり、どんなに大変だったかとか。なんてったって2週間家に引きこもっていたから、話題といえばコロナのことしかない。

ここぞとばかりに、その話ばかりしているとやっぱいやだよね。
なんつっても、楽しい話題ではないし。そんでもって、労わられたのも初日くらい。あとは、平常である。

しかしながら、死者数が上がっている現状を見ると、オミクロンとはいえやはりコロナはヤバイ。一番は、高齢の両親などにうつらなくてよかったと思う。自分のせいで誰か死んでたらこんなリラックスできないもんね。

療養期間あとわずか

やっと自宅療養期間が終わろうとしている。約10日。ほぼ家を出なかった、ごみ捨て以外は。

しかし、前半は喉痛に苦しんだ。後半は、なんだか無気力症候群でダラダラと過ごした。そうじて一番きつかったときは、息子が発熱して次々感染症状が妻俺で出たとき。それでも、コロナではないだろうと無理やり言い聞かせていた時。あの時が精神的にはきつかった。

その後、俺はとんでもないのどの痛みに七転八倒した。
それでも、やっぱり世間的な傾向と同じでコロナの症状は落ち着いた。

今一番怖いのは、また月曜からフルに働くこと。いやー面倒くさい。一度止まってしまうと動き出すのが大変だ。これは引きこもりの人にも通じる。たかが10日でこれだから…。一年とかひきこもってしまうと出てくるのが容易ではない。

でも、出てしまえばそれで1か月もすれば、なんとかなれるだろう。

今はただひたすら外に出て働くの面倒だ。いや、コロナの本当の目的はこれではないか!人間を怠惰にして絶滅させること。かなり回りくどいけどね。

喉痛い地獄収束…からの嗅覚異常

やっと喉痛地獄がおわり単なるイガイガっとした感じのみになった。いやぁ、きつかった。しかし、3日くらいとみせかけて4日かかった。この1日はデカい。一生このままだったら死を考えるくらいしんどかった。

痛みについてずっと考えていたのだが、痛いって個人感覚だから誰とも共有できんのよね。俺の痛さは半端ないのだけど、妻も痛いといっている喉が。でも、全然比じゃないよと俺は思うんだけど、でもその人の痛みの許容量って違うから、ひょっとしたら俺のほうが痛くないのかもしれない。でも、どう考えても飲み込むのも震えるくらいの痛みではなさそう、妻は。それを私だって痛いのよといわれても…まぁいいんだけど。

痛みを一瞬共有出来たら、これよ!この痛みだよ!?とわかってもらえるのだが。そうなると、出産時の痛みはどうだ。夫が共有したら失神してしまう男続出である。そう考えて、痛みの共有なんて碌なもんじゃないなと結論付ける。

なんだかんだで、自宅療養期間が半分ちょい来た。
体調が治ってくれば、あとはゆったりするのみ。なんだかやたら方々に心配されている。コロナって周りでも本当に近しい人でいなかったから、一家全員コロナがいきなり来て驚いている。近しい周りもそうだろう。なってしまえば、もうどうしようもない。これもいい経験として糧とするしかない。

などと感慨ふけっていたら、子供から何回も屁を吹きかけられた。
コラ!と一喝。くさっ!と言おうとして…
あれ、ん、いや、くさくない!?
まぁ、無臭の屁もあるだろう。気のせい気のせい。
と思いつつ、ちょっとにおいの強烈な芳香剤などを嗅いでみる。無臭。

いや、嗅覚ねーや、これ。
そう、嗅覚異常が発生した。軽症と軽視されているが、このコロナは俺を攻めすぎではないだろうか…。

まさかのコロナからの喉痛地獄

週の初め、小学生の息子が高熱を出した。翌日なかなか病院が見つからず、なんとか電話で予約をとれたかかりつけ医へ。このご時世なのですぐに、PCR検査を行った。2日後が検査結果である。しかしその検査待ちしている間に、妻と俺発熱。

これは、間違いないのではと…と思っていたらやはり、息子コロナの陽性。同日夜に、娘含めかかりつけ医のほうで検査。もはや症状が出ていたので、その場でわかる抗原検査をして夫妻ともに陽性判定。あっけなくコロナ患者となってしまった。

娘は症状がないのでPCRしてまた後日。現在、家族4人中3人が見事にコロナになってしまった。二年前から気をつけて、頑張ってきただけにガックリ…。いわゆる、子供からの家庭内感染の見事な感染スタイルである。コロナ内部に戦略部長みたいなのがいれば、お手本にされてしまうくらいの見事な感染である。

家庭内隔離などとよくいうが、いうは易し、行うは難し。
そもそもトイレも1個しかないし、あっという間にうつったので防止する暇なし。とはいえ、息子が高熱を出した時点で仕事を休んだので、最小限の防止はできたのではと思っている。

いまは自宅療養中。俺以外はなんだかんだ、症状が落ち着いたみたい。

しかし俺はひどい喉の痛みに悶えている。
一昨日夜より始まった喉痛であるが、底なしのように痛みが増している。昨夜はこれがピークでは?と思ったが、今夜はさらにピークが増している気がする。きっつい。唾を飲み込むのも体が震えるような痛み。たまに痰がでて、気道を塞ぎそうになるのも怖い。

コロナは風邪か、議論があるが、ある一点において風邪より質が悪いと思う。それは、薬がまっーーたく効かないことである。喉痛を収めるため各種薬とロキソニンなどの鎮痛剤を投与するが、びた一文痛みが引かない。

普通なら、せめて数時間くらいは痛みが引いたりするでしょ?いやこれ、まったく引かないから。なんだこの古代の薬は?とコロナに言われているようである。10日間の隔離にのどの痛みマックス。

正直、これまでにないほど疲弊している。子供にも怒っちゃった、さっき。
アンガールズの田中など同じような症状の芸能人が、3日間続いたといっていたのが救い。
おれ、明日が喉痛3日目。頼むから収まってくれと願うばかりである。

深夜に突然くしゃみ連発

別室で息子と寝ていた深夜2時くらい。突然くしゃみに襲われた。
鼻がムズムズして、寝床を起き出した瞬間から、くしゃみ30連発。
とにかく、左鼻のムズムズが止まらず…。突然過ぎて、困惑。

別の部屋で娘と寝ていた妻も起き出してきて驚いた顔。
「コロナじゃない?」と第一声。たしかに、この突然さはまさか…。
そんなわけ無いだろうと虚勢をはりながら、アレルギー鼻炎の薬を貪り飲んで、さらに困ったときのパブロン鼻炎カプセルも重ねて飲んで寝た。

翌日になっても、ムズムズが止まらず。鼻にちり紙を入れて、寝床で一日中寝ていた。
あまりの改善されなさに、途中息子用にかつて処方された点鼻薬を鼻に注入。
これが吉と出て症状は緩和された。

一日寝た翌日は、早朝からバイトと普通の仕事で3時まで活動。
少し、鼻水が出るくらいで事なきを得た。幸い熱も喉の痛みも息苦しさもなし。
一体これはなんだったんだろうか、と考えると、やはり花粉症あたりが妥当ではないだろうか…。
もちろん、この時節コロナを疑うのだが、症状が鼻だけというのはかなり確率が低そうである。

それでも、まさか…というプレッシャーは凄いものがあった。突然っぷりがとくに。

もし感染した場合、2つの職場への迷惑。
また、家族とも隔離される。
そして、家族も感染していたら…。ここらへんは常に考えてしまう今日このごろ。
プレッシャーかかるわぁ。

最近気のせいか、よる、昼とわず救急車が走ってんだけど、これも気のせいかな。
まぁ、なにもかも結びつけるのもよくないよね。ネガティブ思考でいくのもいいことがないし。

近いエリアに志村けんとクドカン…

ちょっとまえの武蔵野市(吉祥寺)の新型コロナ感染者3人。
おとなりの三鷹市7人。合計10人。
これは、居住者ベースらしい。
つまり、新宿のライブハウスで感染しようが、その人が吉祥寺に住んでいれば吉祥寺の感染者に数えられる。

知っている人は知っていると思うが、脚本家の宮藤官九郎は吉祥寺である。
そして、死去して初めて知ったのだが、志村けんは三鷹に住んでいたらしい。
けっこう、近くに居たのね…。

さきほどの数字に戻るが、吉祥寺3人のうち1人がクドカン。
そして、志村けんは三鷹。
もう亡くなってしまったので、元・感染者ということで、8人と仮定する。

吉祥寺と三鷹エリア感染者11人中、有名人2人…。
ちょっと街にでるのを躊躇したくなる確率である。

しかし、街はけっこう賑わっている…。こわひ。

39度の発熱に焦る…

有給を使った月曜日。朝活としてジョギングをした。いつもどおりの体調である。
その日は息子の運動不足解消のため、公園で自転車の練習をする予定。張り切っていた。
しかし、朝食を食べてるあたりからやけに左の太ももが痛い。そして、寒気がする。

確実に体調が悪いのだが、公園に行こうとせがむ男児の誘いを断れず強引に出発。
テントを張ってお菓子を食べたりしている最中も、気の弱い笑みを浮かべながらしまいにはゴロンと転がった俺。

自転車貸し出しなどもコロナの影響で休止。早めに帰ることに。
息子を後ろに乗っけて自転車を転がすが、虫の息。
これはヤヴァイなと感じつつ、なんとか家に帰って体温を測ったら38度。

時世柄、とってもやばい感じである。
もうその日は、日中39度近くから下がらず、布団の中。
翌日は病欠で休みを取り、迷わず病院に。

インフルやましてやコロナだったら…と悪い考えがよぎる。
結果は、意外なもの。
乾燥肌で最近膝をかきむしっていた俺。そんで膝が切れてそこから菌が入っていたもよう。
菌がリンパに乗って、足が痛くなり、終いには発熱。

周りに伝染る感染症じゃなくて一安心。
とはいえ、このまま放っておいたら、確実に危なかった。
この手の雑菌で発熱までしてしまうのは、結構なことらしい。
そんでこの手のものはすぐに抗生物質でやっつけないと、ものによっては脊髄までいってしまい、大変なことになる。

すぐに点滴を30分受けてなんとか事なきを得た。
一昨日は擦り傷のようだった膝は、いまや、膝は赤黒く腫れている。
保健衛生の知識をないがしろにしていた罰である。

今後は、まずお肌のケアからである。乾燥しないように保湿する必要がある。
保湿男子なんて気持ちが悪いと思っていたが、脊髄に菌が入って足切断なんて、気持ち悪いどころの騒ぎではない。

早く処置できたのがラッキーだと思って今後は気をつけるわ。
しかし、今の御時世何かあっても、病院にすぐにはいかず経過観察という人も多いと思う。
でも、それは間違いだ。
すべてがコロナとは限らず、病気は大体が早期に処置すれば大きくならずに済む。
迷わずに行くべきであるね。
まぁ、確実に肺炎の症状がある人はまずは、そのガイドラインに従う必要があるけどね。

ツイッターでフォローしていた女性が若くして亡くなられた

昨年ホリエモンの本を読んで、ピロリ菌と胃がんの高い関連性を知った。簡易キットがあったので、amazonで速攻取り寄せ、夫婦で検査。どちらもピロリ菌はいず、一安心した。そんな関連でピロリ菌を調べていたところ、ツイッターでみゆきさんという女性が、啓発してるのをみてフォローした。

彼女は30歳になった2日後に胃がんと診断されたらしい。ピロリ菌は陽性で、自分みたいな思いをして欲しくないという思い出動画にて、啓発していた。それが昨年12月くらいのことだ。

彼女には6歳の双子の娘がいる。いくつかのメディアに出たりしてたので、チェックもしていたが、最近あっけなく逝ってしまったらしい。とても、ショックを受けた。有能であり、ユーモアもあり、いい旦那がいて、子供にも恵まれたベストな人生を歩んでいた人が、あっという間に死んでしまった。

人生の無常を感じる。なにか、ドキュメンタリーで見るのより数段濃い闘病を目の当たりにしてしまった気がする。感動などない。ひたすら気の毒だ。

小林麻央さんにしろ、最近も小川淳子さんという方も幼い子供を残してガンで逝去した。特段体に悪い生活をしていたわけではないだろう。むしろ子供がいるだけに、健康生活だ。生活習慣だけでは、太刀打ちできないのだろう。

実際に自分が、若くして確度の高い死に冒されたら、暴れまわるかもしれない。みゆきさんはかなり勇敢な人であった。多くの人が勇気をもらっただろう。ツイッターではたくさんの人が追悼している。ツイッターでアクションを起こすことはまったくない俺だが、つい、メッセージを送ってしまった。

癌で若くして亡くなった女性といえば、新卒で入った時期の同期の女の子が思い出される。明るく、ユーモアや行動力がありキレイな子だった。きまって悲劇に見舞われるのはこういった子だったりするのは皮肉である。

新卒一年目に、胃潰瘍で休んでいると聞いてから、数ヶ月で死んでしまった。スキルス性胃がん。20そこそこの年齢であった。通夜のときに、晴れた空から突然雨が降り注ぎ、これは彼女の悲しみの涙の雨だ、と思ったものだ。
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