R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

音楽

サンボマスターみたいなのが増えてきたな

またまたバンドの話。
若いバンドのライブの様子がこれまた、いろいろ音楽系みてるからアルゴリズムで流れてくる。
ライブハウスで、叫ぶだけでなく、結構ポエムタッチのことをMCしながらそこから曲につなげるみたいなパターン。
そうサンボマスターメソッドを使用しているバンドも多く観られた。

基本今までのバンドってのは、MCはさっぱりして曲を濃厚に歌う人が多かった。
しかし、それじゃつまらんとばかりに、観客にダイレクトに抒情的な扇動的なことばで訴えかけるバンドが増えてきた。
これが様になっていれば結構かっこういい のだが、そんなのばっかりみているとやっぱり飽きる。
観客に、あなたたちのおかげでここまでこれたんだよぉう とかいってワーって盛り上がる。
口調もどこかサンボっぽいな。

サンボマスターの名MCといえば3.11震災の復興ライブかなんかで繰り出されたMCが有名だ。
あれば、動画でみてすら胸が熱くなるから、現地で見た人は相当心揺さぶられたのかもしれない。

一方MCを過剰にしないのも、大好きだ。
今はなき、元ミッシェル、バースデー のチバユウスケである。
ある会場で、ポツリと
「きょうはお台場に来てみたよ」
これだけで、人々がわく。
なぜか、あの照れ笑いしながら放った一言が大好きである。

きょうはお台場にきた。
当たり前だ、ライブがあるんだから。
でも、この当たり前のことをあの嗄れ声で伝えられる嬉しさたるや。
ミッシェルガンエレファントは一回だけライブに行ったが、
もっとライブに行っておけばよかったなぁ。
ライブはチケットどりが面倒くさいし、やけに高いので躊躇するが、
やっぱり元気なうちにいろいろ言っていたいな。

よく知らないマイナーバンドのメンバーの訃報

最近掲示板で募集した人たちとバンドを組んで、ゆるめのバンドをやっている。
だからか、ギターのテクニックや海外のギタリストの情報などをネットで見ている。

かつて若い時もバンドをやっていたので、今かよ、もっと前にハマっとけよと自分にいいたい。
昔は音楽を深堀するほどに興味がなく
とりあえずギターやベースのコードやルート音を弾けるので、
適当に曲を作って、音楽理論も知らずにほんとうに適当にやっていた。
それでも、ライブなどをできてしまうバンド音楽というのの懐の深さは凄いなぁと、最近思う。

しかし齢50代。この年になるとそのルーツなどいろいろな根源に興味をもつ。
そんなこんなで、セックスピストルズのシド・ヴィシャスは楽器がくそ下手だったとか。
ピストルズは活動期間がたったの二年で、アルバムも一枚だけだったとかに驚愕したりしている。
オーバードーズで死んだのはカートコバーンもそうだが、当時のドラッグ事情にこれまた驚いたり。

まぁそんなこんなで、音楽情報をスポンジのごとく吸収している状況である。

それが影響しているのか、最近Xなどでバンドメンバー訃報のお知らせなどが出ていて、
誰だ!?と驚いて詳細をみたら、まぁまるで知らないバンドである。
フォロワーを見ても1000に満たない。こいつはマイナーバンドやなと思うが、
なんだか不幸な話なのでもう少し見てみると、結構活動期間がながくオジサンバンドのことも多い。

改めて、こんなに長く売れないバンドをやっている人たちがいるんだぁと思った。
ライブハウスはたしかにそこら中にある。
夜な夜なそこでライブをする人たちがいる。
メジャーで売れている人たちは絶対やらないような、小中規模のライブハウスである。

ライブ動画などをみても、MCもいい 演奏もいい。でも売れてない。
売れるというのは、いかに大変かがわかる。
そして、ある程度まで年齢がいってしまえばもはや経済的な成功は望めないだろう。
でも、いまさら…みたいな感じで苦悩をかかえているのがマイナーバンドの人たちではないだろうか。

まぁバンドにかかわらず、お笑い芸人、舞台俳優、夢を追う人たちはたくさんいる。
30歳を超えて売れなければ、普通に働こう。
こういったイメージが夢にはあった。
しかし、いまの40~50代くらいになっている人たちは夢の延長状況が起きていたのではないだろうか。
氷河期世代という、経済的に鬱屈した時代にバンドをやって過ごした人たちにまともな職はないかもしれない。
そうなると、もう少し続けるか…となる。
当然続けるうえでの糧というか支えは必要だ。

お笑い芸人の世界には、かなり高齢でも互助システムが働いているからか、頑張っている人たちがいる。
でも、バンドの世界に互助システムがあるとは思えない。

昔世話になった先輩オッサンバンドを日本武道館の前座で使おうとする、売れたバンドの後輩はいないだろう。
米津あたりから、才能がある若者がニコニコ動画やSNSで音楽的に頭角を現すのが、多くなった。
昔は、ライブハウスに足を運んだ音楽事務所のスタッフが、ヘッドハンティング…などのパターンが多かったのが、いまはSNSが主流である。

気軽に世に出やすくなった半面、地道にバンド活動をやってきた初老の人たちは、ここでも零れ落ちていく感がある。
世代によって、救い上げられたり、零れ落ちたり、人生のポイントはわからないよなぁ。
そう考えると50代以上の人はまだSNSなどのとの親和性が低かったから救われたのかもしれない。
自分が35歳くらいでバンドを粘っていたとしよう。その粘っている理由として想像されるのは、可視化されたファンである。
たとえフォロワー500だったとしても、500人のファンがついているという錯覚がバンド活動をおおいに勇気づけるだろう。もはや辞め時が難しくなるのは容易に想像がつくのだ。

と知らないバンドマンの訃報を見ながら、勝手に解釈した。

ここにきてうまいギタリストになりたくなってきた

エレキギターをアルバイトの先輩よりもらったのが20歳のころ。
すでに、遅いといえばおそい。
たしかフェルナンデスの黒いギターであった。
そこから、興味をもってチラチラと練習していたが、まったく上達せず。
完全なる独学なので、コードなどの意味もわからず。

とにかく教則本を購入して、四季の歌を弾いたりしていた。
かなり古くくさいものに手を出していたな と今ならわかる。
そこから、スピッツのチェリーを何とか弾けるようになったころには、
コードがある程度できるようになっていた。

そして、就職。あまりにも社会人生活に覇気がなさすぎて、
大学時代のギターがうまい友人と、なにかしようかと話して、バンドを組んだ。
このとき、我24歳。初バンドにして、結構な歳である。
就職浪人していたまったく音楽素人の友人も覇気がなかったのをいいことに
誘い、無理やりドラマーにしたてあげ、スリーピースバンドの誕生である。

休日に練習していたら、やっぱりライブに出たくなり、オリジナル曲でデモテープを作ったあたりは
なかなかの青春といえたのではないか。
それから4年くらいバンドをやった。
バンドは社会の縮図である。うまく行っていた時もあれば、険悪になったり、それでも立て直したり
夢をもったり、崩れたり。いろいろなことがあったが、何気に社会人である。
浪人していたドラマーも仕事を得ていた。

結局は、喧嘩別れのようにバンドは空中分解した。予定していたライブもキャンセルとなる体たらく。
なかなかおもしろかったなぁ。若かった。

そこから、時は流れまぁ適当に遊びでそのとき音楽ができる人と、スタジオは行ったりした。
でも、あんなに頑張ったことはなかったなぁ。
だが、ここにきて酔った勢いで募集したバンドが集まってまるで知らない人たちと結成。
そこでリードギターをやることに。
まえは人材難で、ボーカルベースだったので、本格的なギターを弾くのは初めて。
数か月に一度くらいしか集まれないが、これが楽しいのだ。

いままで買ったことのないギターマガジンも買っちゃって、ギタリストの研究もしている。
ギターって楽器は不思議である。
なぜこうも人を惹きつけるのだろうか。
エフェクターも売ろうと思ってて手元に残ってたRATがいい味を出してきている。
もうこれは死ぬまでになかなかのギタリストになるということを目標にしてもいいんじゃないかなと思うくらい。
さすがに、この年でジミヘンやカートコバーンみたいにODや拳銃自殺とかしないだろうし。

ギターとそれを披露できる場があるということは、幸せである。
とりあえず、バンドとサウナをしばらくの趣味にしていこうかと思う今日この頃。

ここにきて知る有名ギタリスト

ジェフベック、クラプトン、ジョンメイヤー、ジミーペイジ、ジミヘン。
ここにきて、世界の名ギタリストを学んでいる。
もうなんか、ギターっていいよね というのを50代になって思い始めるというていたらく。

これをバンドをやっていた20代の時にしていたら、
もっと楽しかったよなぁと思いつつ。
いま、知らない人とバンドを組み始めて、俺以外の人が異常に洋楽に詳しくかなりの劣等感。
そんなに、音楽聞く暇ってあった?!

まぁいいんだけど。
これ、若いころにもあったな。
友人がエライ洋楽に詳しくて、劣等感でCDのジャケ買いとかしていた時期。
でも、やっぱりサザンとかミスチルが好きだったりして、
頑張ってエレカシだったりしたあの頃。

そういう劣等感ごと飲み込んでいま、純粋にいろいろな洋楽ロックを聞いている。
なんだか楽しいのである。
そして、それを自分のエレキギターに落とし込めるという至福。
あんま、練習できないけど死ぬまでギターって楽しめると思えば、あと20年はいける!

とりあえず、ギターソロアドリブも勉強を十何年ぶりに再開。
ペンタトニックスケールは覚えているので、それをどう活用するか。
なんなんだろう。ギターって。楽しいわ。

自分史上もっとも太り過ぎている

いやーしかし、今年は自分史上初くらい太っている。
じりじりと上がってはいたが、大台に乗った。
父親が70キロ代だったのは覚えているから、同じくらいになってしまった。

たぶんお菓子の食べ過ぎに違いない。
あと、ずっと続けていたジョギングをさっぱりやってないのもデカい。
痩せないといかんなぁ。
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奇しくもいまバンドをやり始めて、ギタリストの位置についている。
へたっぴだが。
ギタリストといえば、ガリガリである。
ぽっちゃりギタリストなんていないだろう。(いるか?)

とにかく、格好悪いよぽっちゃりは!
ということで、ダイエットをしたいと思う。
そうガリガリのギタリストになるために。
いまの夢はガリガリになった体で
ギターをかき鳴らし、そのまま成仏する感じである。
50にしてそんな夢を描くくらい、ギターが好きになっている。よね。

ロックバンドのボーカルが女癖悪くてなにが悪いんだ!?

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ねぐせ。というバンドがある。最近、子供らが好きできいている。
織姫とBABYだかなんだか、キャッチ―な歌を歌っている。
そういえば、前に甲子園のソングで外野がどうのといって、叩かれていた人たちだった。

ボーカルは文句なく歌がうまい。
そして、中世的なルックスもいい感じ。
そして、女癖が悪いときたもんだ、最高ではないか。

しかし、その女癖で叩かれているようだ。
意味が分からない。ロックバンドのボーカルで、マッチョでもなくロックっぽいガリッとしたルックスである。
そりゃモテるだろう。駄目なんか?
モテても、自制心を保つロックバンドのボーカルなんて魅力0だろう。

同じような感じで、ヤングスキニーもそうだという。
またまたボーカルがいい感じのロックってルックス。そして、女癖が悪い。
全然いいだろう。むしろそうじゃないとイカンだろう。

結婚しているわけでもあるまいし。
SNSが広まってから、なんだか品行方正を求める人間が増えている。
だいたい嫉妬なのではないだろうか…。

しかし、この2つのバンドはいいね。いい具合にこれからも女癖の悪さを発揮してほしい。
傷つけて、傷ついて、くずっぽくなって初めて出る色気がある。

関係ないのだが、オフィシャル髭ダンディズム。通称ヒゲダンである。
品行方正を絵にかいたようなメンバー、とお思いだろう。
結構好きなのだが、気に入らない部分がある。
売れて安泰になった途端、ほとんどのメンバーが結婚したことである。
売れて、経済的に安定したからそれまで付き合っていた女性と結婚。
なんだよそれ…。ロックと真逆じゃないか。いやらしい…と思った俺。

結婚している身としては、気持ちは痛いほどわかるんだけどね。なんかつまんない。
どうやったって破滅的な、女癖の悪いバンドを応援したくなるんだよね。なんか。

バンドの再結成の理由は一つ カネである

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シャムシェイドがもめているらしい。
三分の一の純情ななんたら である。あまり好きでもなかったので、知らないのだが
もめているらしい。
もめているといえば、バンドではないがチャゲアスもそうである。
そうそう、ハウンドドッグだってもめている。
ジュディマリもちょっともめている…。

バンドが売れて、全盛期を経験し、そして解散する。
たいていが解散するのである。
そして、解散の理由はいろいろである。
メンバーの逮捕から、結婚、定番の音楽性の違いまでバラエティーに富んでいて面白い。
しかし、解散後長い月日がたつ。そして、復活するバンドがある。

なにかの本でいっていた。
解散の理由はそれぞれだが、復活の理由は金 ただ一つである。
なんだか、いやに頷けるフレーズだ。

音楽性の違いや、その他いろいろで分かれたバンド。
復活するときに、いろいろな美談を作る。
ファンもまぁ、盛り上がるだろう。
でもね。やっぱ金なんだよね。
金に困ったメンバーが、もう一回やろか となる。
みんな均等にそこそこ困っていたら、やる!となる。

ジュディマリをみてよ。
ユキ 困っていない。だから、復活しないのだ。
他のメンバーは困っているのだろう。(かなりの偏見が入っているが)

そして、金目当てで復活するから、やっぱり金でもめるのである。
今回のシャムシェイドをみていてもそうだ。
根底には金がある。
権利の奪い合いである。

一回ブレークした後に再度ブレークするのは難しい。
もといたファンがちょろっと来るくらいだろう。

まったく解散しないバンドをみなさい。
グレイしかり、ラルクしかり、ミスチルしかり。
継続すればするほど、何周年という記念日が増える。
そして、世代を超えてファンが増えて、解散する理由がなくなるのである。

バンドだって継続は力なりなのであろう。
とはいえ、海外のバンド、とりわけ伝説的なバンドはボーカルの死去で終わる。
日本でもあるか。なんだか潔いじゃない。
唯一続けたのはフジファブリックではないか。
それも、解散してしまうらしい。
なんとか堪えたフジファブリックが解散してしまう理由は何だろう。

バンドも人が集まる集合体だから、小さな社会だ。
だから、面白いのである。ただ、再結成は金が目当てというのは覚えておきたい。

初めましてのバンド

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初対面の人たちとバンドやってきた。
結論から言うと、疲れたーという感じ。
気を遣ってしまったというのもあるが、何よりギターのメンテナンスがイマイチで
自分の家でやっていたエフェクターRATの音が出せなかった。
なんというか、大前提がイマイチだと人とのコミュもイマイチになった。

何気に自分が募集しておいて、イマイチ盛り上げないという体たらくでした…。
でも、まぁ面白かったかな。

いきなりスタジオで初めまして、からの音合わせである。
なかなかそううまくは行かんかもね…。
ただ、ドラム、ベース、ボーカルの人となりはいい感じだった。
下は三十代半ばから五十代までやや高めの年齢がプレッシャーを感じず楽しめたかな?

しかし、思えば酔った勢いで募集して数か月かけて集まってしまうのだから怖い。
集まったメンバーは洋楽を中心に、かなりいろいろな音楽を知っていそうだった。
何を隠そう、自分、洋楽あんま聞いてこなかったのである。
飛び交う話についていけず、ちょっと困惑。ジャパニーズロックやポップなら知ってるのになぁと。

第一回を終えたのだが、果たして第二回はあるのだろうか。
何気に居住地も違うし、仕事もある。四人の時間をすり合わせるのがやや大変である。
個人的には3回くらいはやりたいなぁと思う次第。

そして、人となりももっと知りたい。
まぁ焦らずに行きたいと思う。居心地悪くなったら即脱退する勢いで。
そんで、俺の代わりに誰か入り、バンドは続いていく…というのも面白いかも。
自分が生み出したバンドが、自分を離れていく。いや自分が離れていくか。
まぁ、そんな感じで今年は新鮮なことがおおいなぁ。

オッサンバンドを集めてみた

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無事集まりそうで驚いている。
何かってオッサンバンドである。
20代に遅まきながらバンドを始めて、社会人時代にライブを結構やっていた。
後半で辞めてしまって、本格的なバンド活動はやってない。

でも、へったくそであるが楽器は地味にアコギやエレキを弾いたりしている。
たまに練習してて思っていたのは、実践がないとやる気が出ない ということ。
やはり、うまくなるためには実践=バンドが必要である。

毎年末に、昔バンドをやっていた大学時代の友人と会う。
その時に、久しぶりにやるか~という話にはなっていたが、
住んでいる場所やいろいろな事情で実際は無理。
でも、今年はやりたいなーと思って、一人で家で飲んでいたとき
ふと思いついてジモティーに投稿した。

50代でゆるーくやりたい人募集的な…。何も考えずに、投稿。
しばらくは、注視していたがまるで反応がないので忘れていた。
そして、春先にぽっと連絡があった。
還暦に近いような人で、ゆるいの希望な感じ。
年齢的にも、スタンス的にも抜群な様子。

その人とやりとりをノラリクラリとしており、会いますかーみたいになったものの
お互いの体調不良等(ここれへんがオッサンである)重なり、数か月やラインのやりとりのみ。
そんなこんなしているうちに、放置していたジモティーからまたまたきた!
ボーカル志望のオッサン、ほぼ同世代である。

その人を加えて、最初に応募があったひとの知り合いを加えて、なんとか4人編成に!
いやぁ、投稿主としては、もうここまで来ただけで山の頂上に昇った気分。
ニルヴァーナあたりの曲を決めて、来月初対面とスタジオに!
はたしてどうなることやら。

でも、この年で仕事や私生活の絡みがまったく関係ない初対面のおっさんに会うなんてことない。
貴重である。
できれば、気の合う人ならいいなぁと。下手したら、生涯の楽しみになるかもという期待を載せて!

フェルナンデスのギターをもらってギターを始めたのだ

楽器メーカー フェルナンデス破産したという。
寂しいなぁ。
今ギターを弾くことができているのも、フェルナンデスのおかげといっても過言ではない。

大学3年くらいまで、まるでギターや楽器に触れてこなかった。
やろうとすら思ってなかったのではないか…。
しかし、当時着ぐるみのバイトをしていてそこの破天荒な先輩が、
ギターをやる と言ってくれたのがブラックのエレキギター フェルナンデス製である。

フェンダーでもなく、ギブソンでもない。
人にあげるなら、やはりフェルナンデスなのである。
絶妙に人にあげてもいい価格帯とブランド感。
そして、そのギターを得たことで、練習を始めた。

四季の歌から練習して、最終的にはスピッツのチェリー(結構簡単なコード)まで弾けたときは感動したものだ。
遅咲きのデビューといえばデビューである。
そこから、社会人になってバンド組んで、ライブにまで出てしまうのだから勢いって恐ろしい。
この先輩からの譲渡というイベントがなければ、間違いなくギターを弾いてはないだろう。
そして、そこで活躍したのが、お手頃だけどダサすぎないフェルナンデスのエレキなのだ。

今は壊れて廃棄してしまったがあのフォルムは忘れない。
その思い出とともに、ひさびさに 見たフェルナンデスのニュースが破産なのだ。
寂しいなぁ。
とはいえ、かくいう自分もフェルナンデスのギターからフェンダーにステップアップしてから、
つぎはグレッチかなぁ リッケンバッカーか と上位を狙いフェルナンデスには目もくれなかったのだ…。
でも、名機も多いし、なんといってもギター人口を増やすことに大きく加担していた気がする。
ありがとうフェルナンデス。

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