R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

日常

チャリンコで36キロ走った

息子のたっての希望で立川までチャリンコで行ってきた。
なんだかんだ8駅くらいあったのか?もはや、何駅かわからんけどとにかく、15時に出て帰ったの22時半といえば、その過酷さが分かるだろう。
娘は置いていきたかったが、私も行く!という高らかな宣言のあと、俺のママチャリの後ろに乗り込むという暴挙。
電動自転車ではなく人力自転車である。同世代の平均よりは体重が少ないとはいえ、25kgを超える物体である。
いやこれ、いけるかな。キツイなぁ。

もっか不登校の息子、運動不足解消にちょっと出過ぎたことをする。一人で行けと言いたいが、そうもいかず付き合った。
しばらくタイヤの空気やクレ55でのメンテをしていなかったので、息子のチャリをメンテナンス。
驚くほど乗りやすくなったようで、その勢いでサイクリング旅スタート。

とりあえず、線路沿いを行くのがいいということで、チャキチャキと乗りこなす。
運動不足がウソのように早いペダリング!
あっというまに、俺が独り暮らしをしていた思い出の地、国分寺についた。
あぁ、小金井の大勝軒にチャリンコこいで行ったなぁ。かれこれ15年以上前の出来事だ。
あの頃も今も懸命に生きてたなぁ俺。ザ・ノスタルジックである。

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住んでたアパートの前でパチリ。まだまだ健在のボロアパートであった。(失礼)

順調にいったのもここまでか。この後道筋が難解になり、坂道を登ったりと大変だった。
中途にあったスーパーでアイスを買ってしばし休憩。
ここで、休憩の大切さを実感。アイスを食っただけでモリモリと湧いてくる活力。
残りの道をなんとか乗り切って、立川へ。この段階で19時過ぎ。
すぐに帰りたかったが、息子がここで思い出をつくるため、クレーンゲームをやる!(なぜ?)と。
止む無くチャリをとめて、タイトーのゲーセンへ。
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駆け足でクレーンをやり岐路につく。しかしここで、息子の自転車の電灯が壊れてることが発覚。日も暮れてあぶねぇ。
どうしよう。と思ったら、なぜか鞄の中に、本を照らすブックライトがあった。本に挟むクリップをチャリのかごに挟んでなんとか点灯。
備えあれば憂いなし。(だがこのブックライト途中で、外れて大破した)

なんとかかんとか、地元のガストまでたどり着いたのが21:30 夕飯を食べて、家へ到着。
しかしながら驚いたのは息子の体力。引きこもってゲームばかりやっていたとは思えない。
いやぁ、その体力あるんなら学校へ行ってくれという不登校親の定番文句を言いたくなるのをぐっと堪えた。

サイクリングの感想としてはチャリがあればどこへでも行けるなぁと。でも、夜は危ないなぁと。
そして、娘は終始後ろに乗っていたなぁと。それでいて、最後のほう疲れ切って寝たな。
娘曰く、こっちはこっちでケツが痛いんだって。

Xに散見する闇…

不登校や場面緘黙症について情報を得ようと元ツイッターいわゆるXを見ている。
最近頻繁に見ていると、興味のある関連情報にそった人とかが紹介されたりする。
不登校などは、不登校の親がその苦境ぶりをXに載せている。見ているだけで、共感するのだが、じきに鬱々とした気持ちにもなる。
共感ってしすぎると良くない節もあるのよ。
そんな折、不登校や起立性調節障害の当事者のアカウントに導かれる。これは必然かもしれない。
そして、さらに探索しているとひとつのアカウントに目が留まる。
odというのはいわゆる起立性調節障害のことなのだが、もうひとつオーバードーズという意味もある。
つまり薬物の過剰摂取である。
これをやっているアカウントに捕まると、芋づる式にでてくるわでてくるわ、リストカットの画像である。

こんなの載せてもいいのか?と思うくらい過激な画像である。ときに動画も伴うそれは、あまりにも凄惨である。
本人もたいてい希死念慮のある若者である。
この少子高齢化の時代に、若者がこんな希死念慮を抱えながら生きているなんて…。ショッキングが止まらない。

リスカは知っていたが、瀉血(通称シャケ)は知らなかった。
どうやら、このシャケ血管に細い針のようなストローをぶっさし、血を抜く行為なのだ。
かつて瀉血は医療的行為だったらしいが、これを十代の女の子がカメラの前でやっている。ぴゅーッと血が噴き出ているのである。
これは何をやってんだ!?と恐ろしく思った。

知っていただろうか。リストカットは、生きるためのもの。だそうである。
死にたくなった時に、リスカやシャケをするとその苦しみが和らぐのだそうである。
脳のドーパミンかエンドろふぃんだか知らんが、そういう作用があるのだそうである。

それを載せて、苦しみを訴える若者。
だれが彼らを救えるのだろう…。
友人も無理だ、親?うーん、燦燦たる気持ちになる。この世界は悲劇で彩られている。
その隙間に幸福があるのかもしれない。こちらから幸福のあちらへ行くには、死しかない。若者ならではのそんな跳躍がこわい。

久々ブログ

気付いたらブログ放置も1か月。やっぱ日々大変だとなかなか各余裕もないねえ。
4月を迎えても不登校継続中の息子。
親としては新しいクラスになって、心機一転一回でも登校してもらいたかったが無理な模様。
諦めて、いまはなんとかフリースクールに週何回か通っている。

年上の子などいろいろいるようで、友人ができてきているのでうまく通って欲しい。
自分の経験上もそうだが、ひとから受ける影響は絶大である。
絶対いろいろな人と交流して欲しい。

学校にいけないことによる損失も大きい。友達と過ごしたはずの時間。旅行、卒業式だってそう。そういうものを一切捨てるんだから、捨てたからこその新たなものも手に入れて欲しいなぁと思う次第。

まぁ、日々きつ過ぎて冗談にもならないことも多いが、生きてるだけで丸儲けの精神でいきたい。

気付けば4月…

もう4月か…。しかし、いよいよ春めいてきたのか暖かくなってきた模様。
毎年この季節は、新入社員や新入生を街角で見かける。
そして、息子といえば最終学年の6年生に…。
親の意向に反して、まぁ、相変わらず学校には行かないようである。

とはいえ、以前として外好きの息子。妻が探してきた、外へフリースクールへの登校を決めた模様である。
親としては、どこでもいいから行ってくれるとありがたいのである。
不登校児といえばフリースクールというイメージも多いが、じつは、不登校児でフリースクールに通っているのは3.7%とのこと。
約97%は家にいるのか…。なにやら愕然とする数字である。

たしかに、フリースクールって金がかかる。うちが通う予定のところもそうだが、マンションの一室でかなり怪しげ。
当たり前だが不登校問題を抱えている子たちなので、情緒も不安定で有ろう(わからんけど)。
体験にいったときに息子が話した感じだと、いじめを受けて不登校になった子もちらほらいるらしい。

かたや小学校は、大きな校庭もあり施設も巨大。栄養配分の行き届いた給食もある。そして、無料ときたもんだ。
親の立場からすれば、小学校にもどってくれたほうが経済的にもいいのだが、まぁしょうがない。
とりいそぎ、通ってくれるだけでよしとする。
桜を見ながら、平静をたもつ。

新所沢のパルコが閉店したらしい

2/29をもって新所沢にあったPARCOが閉店したらしい。

ここには、レッツシネマパークという映画館があって、小学生のころよく行った。
思い出深いのは、小学校の時友達と行ったこの映画館で見た「バックトゥザフューチャー」である。
とんでもなく、面白い映画を観たというあの興奮。
今もこの映画は自分の中でBEST3には入る名作である。

また、このころよくあったのが映画の二本立てである。
なにかを1本観たあと、エンゼル・ハートという映画が2本目に始まって、
こちらがなんだか心理的に怖い映画で、途中で友達と退出した。
シンプルに4時間も子供が映画見らんないよ!
そんな思いでもたくさんある。
というか、パルコについては、やはり映画館が大きかったなぁ自分の中で。

シュワちゃんのプレデターとかも観た。家族より友人といった記憶の方が多いのは、
やはり家から行きやすい距離にあったからであろう。

時は流れて、まったくパルコには足を運ばなくなってしまったが、常にこころの片隅にはあった。
やはり閉店してしまうのは寂しい限りである。
新所沢も徐々に開発されていくのかな?

少しやさぐれていた高校時代は、新所沢の駅前でパチンコをひそかに打って、パルコを人知れず散策した。
いややっちゃ駄目だけどね。
なにか、今考えると高校の時は、学校に行くといって、川越や新所沢のパチンコ屋に足を運んで、夕方までパチンコをやっていたという記憶がよみがえってきた。
息子の不登校に悩んでいる今であるが、いや、俺も結構学校嫌いだったのかもなぁと思う次第。
いや、学校サボってパチンコって結構ひでーないま考えると…。そして、成績はクラスでも下から2番目をキープ。

まぁ変なところに記憶が飛んだが、とりあえず、ありがとう新所のPARCOよといいたい。

新年の地震

1日に起きた石川の地震であるが、いまだに被災した人は厳しい暮らしである。
起きた当初はこんなに死者がでるとは思ってもみなかった。
なかでもクローズアップされる、家族を失った父親。

大きく報道された二人の父親がいたが、どちらもきつ過ぎる。
一人は仕事で後から参加するはずで、一人は警察官だから地震が起きたあとすぐに状況確認のため外にでた。
どちらも偶然、家屋倒壊の場所から離れていたため、死なずに済んだだけである。
こんな生き残り方をしたら、必ずサバイバーズギルドという心理状態になってしまう。
しかし、こういう事実をみると、神はいない!とか人は平等ではない!という
むなしさを感じてしまうなぁ。どんなことをすれば、こんな酷いことがおこるんだろう…。

自分だったらどうしよう。
考えても詮無いことだが、きっと生きていけないかなぁ…。
それでも、生きていかなければいけないなら、どうしよう…。

きっと、家族が出来た時点で自分の肉体は家族分割かれて、
一体化してしまう。
それを失うと、まともに生きてはいけない気がするなぁ。

せめて、こども一人だけでも残してくれれば生きる理由になるのに…。
これも詮無いことであるが、思ってしまう。

性被害や窃盗など、負の部分もクローズアップされるなか、
人間てなんなんだろう…と思う。

汚言をさけぶオッサン

最近は散歩はしてないが、3年前くらいはよく仕事の合間に散歩をしていた。
ほとんどデスクから動かないので、健康のためとリフレッシュのために歩いていた。

少し人通りが少なく自然が多いある場所を、約20分ほど歩いていた。
途中で、変なおっさんがいることに気づくのにさほど時間はかからなかった。
小さい子供のような身長だが、髭を蓄えたおっさんである。

道端のシケモクを広いながら歩いていて、ぎりぎり吸えるか吸えないかの煙草をくゆらす。
接近してもこちらを見るでもなく。だが、次の瞬間コラーっとふざけんな―と叫ぶ…。
いや、俺に向かってではなく誰に向かってか知らんが。

最初はビビったが、よく見るようになったらあぁ、またいたな程度に思っていた。
そこから、コロナなどのタイミングであまり散歩に行かなくなっていた。
あのオッサンどこいったのかな?と思っていたら、
人通りの多い道で最近発見した。

なめとんのかぁっべええ。おらーー。
と相変わらず汚言をまき散らしていたが、そこは多くの人が通る道。
なんなら小学生とかも通る道。
あっという間に、俺にとってお馴染みのおっさんが、みなの恐怖の対象になっていた。

自然の中でみると、ホビットのようなおっさんが、
ほんとうに危害を加えそうな変質者になっているじゃないか。

自然の中で見る動物と、街中で現れる動物。いや、動物扱いしてはいけないのだが、
まったく印象が異なってしまう悲しみ。
おっさん、なんでこんなとこに出現したんだ。
というより、この数年を生き抜いて元気だったんだなあんた!という懐かしさすら
あって複雑な面持ちになった。

コインゲームにはまる人たち

最近子供から大人から老人まで、コインゲームにはまっている。
子供、俺、父母、一家総出でラウンドワンに行き、4時間くらいコインゲームに費やす週末である。
せっかくの里帰りなのに…と思ったのも最初だけ、まぁ楽しけりゃいいじゃん!というノリになってきた。
まぁ、体を動かすのが好きな娘と、齢83の父はそこまでハマっていないのだが。

一番、コインゲームにはまってしまったのが、齢80の母である。
もともと、パチンコ・パチスロ好きのギャンブル好きである。
今では、連れていくんじゃなかったと後悔するほど、ハマってしまっている。

今までは、膝が悪くなったので家で過ごすことが多かった。
韓流ドラマを見ながら日がな一日…というのがパターン。
これは、よくないと思っていたが、まさかコインゲームをやりに二日にいっぺんラウンドワンに行くようになるとは。
いいのか、悪いのか、わからん!?

でも、脳にはいいのかも。
コインゲームは単純なのだが、ゲーム性が高い。
当たってコインがーガシャーンと出たときの、脳内アドレナリンたるや…。
麻薬のようなものかもしれない…。いや、そう考えるとこれいいのかな?
あんなに、膝が痛いと歩くのを痛がっていたが母が、落ちたコインを屈伸運動でガッツリ拾っていた。
痛みすら忘れさせるコインゲームたるや。

この前は、里帰りでラウンドワンに行き、とんでもないあたりを当ててしまった。

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預けることができるのだが、2000枚預けて帰宅。
なんだか、超気持ちよかった。しばらくは、無料でコインゲームをできるだろう。
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帰りの車内ではみんなで、桃鉄の台は熱かっただわ、ドラクエのジャックポットがああだらと
大盛り上がり。
ふと気づく。コインゲームの話しかしてないやん。明らかに、会話のクオリティーは下がっているが、
楽しければ、いいのである。

二日間の一人休日

妻と子供たちが義両親の別宅へ旅にでかけた。仕事などの都合で行けなかった俺。
そう、ここに生まれる空白期間。おひとり時間である。
今回は、なんと丸々二日間もあるときたもんだ。

犬さんも同行するので、完全なる孤独。
うれしいやら、うれしいやらで。
さあて、何をするかとワクワクしている期間が
結局一番楽しかったのである。

結果的には、部屋の大掃除あんど簡易リフォーム。
夕方からアルコール多めに接種。
たまっていた録画の視聴。
酒を飲んで、部屋を片付けて、テレビ見てただけで終わった。
ああと、スイッチのドラクエね。

相変わらずの引きこもり体質ということを実感した次第。
ただ、今回も年に一度の「くぅきれい」によるエアコン掃除をした。
しかも、二台同時である。

二台やるのは初めてだから気合が必要であった。
しかし、今回も道具が役立った。
平べったいヘラみたいなエアコン掃除用の道具と、
圧力でブシュ―ッと水を発射する道具。

極端なことをいえば、くぅきれいとこの二つでエアコン掃除業者になれるくらい熟達した。
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そして、今回も期待にそぐわないヨゴレ具合。
取れ高もすごい。真っ黒けである。
ほぼカビである。
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これを吸い込みながら生活していたのか、とため息をつきながら酒を飲んだ。
もっと自分のために時間を使えばよいものを。
エアコン掃除で汗だくになって酒を飲んだだけ。
だが、それがいいのである。

もし次に一人時間が数日出来たら、もっと有効に使おう!

暑すぎる夏に思う…自殺とエアコンの類似点

暑い、暑すぎる。こんな暑さが続く夏ってあったろうか今まで。ひどいよ、いくら何でも。
暑がりだから、ほんとにつらい。

最近の楽しみといえば、スーパーの早朝バイトで一番早く出勤して、業務用冷凍庫に2分くらい漬かること。
これがすごく気持ちいい。今のような時期は、酸素カプセルなみに癒されるのだ。
他の人が出勤して来たら、そうそうできないが、一人の時間を狙って冷凍庫に入り、
そして次に冷蔵庫に3分漬かり、ソフトランディングしながら外に出るというのが今の楽しみである。
なんじゃそれ。

いよいよエアコンが必須になってきて、電気代もかさむ。いいことなしの夏である。

なぜか母子心中と水難事故も多い夏。やっぱりいいことないわぁ。
自死について考えてみると、自死の前にあるのは希死念慮である。
「死にたい」ということを常に考えてしまう段階。
もうそれはうつ病を発症しているのだが、なかなか気づけない。

周りで死にたいという人がいれば、家族や友人はどうするだろうか。
とにかく、励ますのが多いかもしれない。
死ぬくらいならなんでもできる…、とかね。

猛暑にエアコンが壊れた部屋でずっと過ごしていると死んでしまう。
希死念慮をもった人は、もしかしたら、エアコンが壊れた部屋にいるのではないだろうか。
とっても、苦しいから出たい。しかし、部屋を出る=自殺 であったらどうだろうか。
自殺したいではなく、苦しみから逃れたくて外へ出たいだけである。
自分という部屋で快適に過ごすためには、エアコンが必要である。

周りの人ができることは、外から声をかけて励ますことではなく、エアコンを修理してあげることである。
この感覚、経験者だからかおれはすっごく分かる。
エアコンを直すというのは、脳みそを正常に戻すことである。
睡眠薬などの精神役をとりあえず処方するしかない。そして、ゆっくりと修理してく。
その期間に、つなぎとして保冷材などを差し入れするのは、ありだ。
エアコン修理をしつつ、保冷材で暑さをしのぐ。

何でもそうであるが、具体的に動いていくことは大事である。
言葉がけなどは精神論である。
子育て本と散々読んだ言葉がけの魔法…なども、正直今となってはどうでもいい。
言葉に重きをおきすぎるのは、だめだ。言葉は大事かもしれないが、非常時には使い物にならないことも多い。

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