あまりかかわりがなかったのだが、職場の70代のおじさんが昨年ひっそり亡くなったようだ。
もともと事業をしていたのか、裕福な方で知り合いずてに勤め始めて、悠々自適な感じで働いていた人であった。
恰幅がよく健康そうなおっさんだった。
そうそう、おなじ部署では結構嫌われていたようだ。
たしかに、生活感のない金持ちおっさんは嫌われるだろう。
昨年入院してから連絡が途絶えて、職場には来ず。
心配して今年に入り、入院先に連絡を入れたところすでに死去していたらしい。
なんと、身寄りが独りもいず、自治体のルールにしたがい荼毘に付された模様である。
まさかそんな風には見えなかった。
どうやら子どもも含めかつて家族もいたらしいが、離縁してそのまま。
きっと絶縁状態であったのだろう。
人はわからない。にこやかな恰幅のようい裕福なおっさんが、誰にも看取られず死ぬ。
昨年は、友人も孤立してしまった。
とりわけ男に多い気がするが、一人で死んでいくパターン。
シンプルに悲しいと思う。
どうせ死んでしまえば何もなくなるんだから…とも思うんだけどね。
さきの、職場のおっさんは、クリスチャンである。本来なら、キリスト教の葬儀でみなに送られてしかるべきだろう。
人の人生とは儚い。死んでしまえば、終わりである。
自分はどうだろうか。なんかわからんが、孤独とは無縁の生活を送っている。
経済的に全然稼げてないんだが、なんか精神的な充足度は高いのではないか。
そりゃ、日々過ごしてると自分の時間もないし大変である。
しかし、家族を愛でる気持ちは大きい。
この家族と絶縁状態になることなんて想像したくないなぁ。
一番年上だから最期は、みなに見送られながら幸せな人生だった…とつぶやいてい死んでいきたい。
そんな気持ちが募った日々である。



