雑感
いまは思う。
パチスロなんて馬鹿らしいと
最近はっきりした。
俺のやる気、もう死んでる。
いや、厳密に言うと――
40代の俺がバグってただけだ。
オンライン英会話、Python、ジョギング、TED、小説執筆、月10冊読書。
今見ると、完全に「何かに取り憑かれていた人間のログ」である。
TEDなんて、今の俺が開いたらどうなるか。
開始3秒で「で、結論は?」
10秒で「長い」
30秒で「もういいや」
成長よりも時短を求める身体になってしまった。
小説執筆もやばかった。
小説を読むのが好きすぎて、
「俺も書けるのでは?」という、あの甘い錯覚。
指南書を読み込み、プロットを作り、
意気揚々と書き上げた結果――
驚くほど、面白くない。
逆に才能を感じるレベルで面白くない。
あそこまでつまらないものを、よく最後まで書いたと思う。
で、応募。
もちろん何も起きない。
だが当時の俺は違う。
「まぁ次だな」と普通に思っていた。
あのメンタル、今なら宗教として売れる。
生活も狂っていた(褒めてる)。
早朝ジョギング→帰宅→オンライン英会話。
今同じことやったら、
途中で「俺、何と戦ってるんだ?」ってなる。
で、現在。
新しいこと?
やる気ゼロ。
小説?
二度と書かない。
いや、書けない。
脳が拒否している。
ジョギング?
やらなきゃと思いながら、
腹だけ順調に成長している。
加齢。
これ、かなり凶悪である。
ミッドライフクライシス?
違う。
もっと地味で、もっと確実なやつだ。
「ただの劣化」である。
しかも静かに進行する。
気づいたときには、
“頑張る自分”がどこにもいない。
ただ、ひとつだけ残った。
ギター。
なぜかこれだけは続いている。
一人じゃ絶対やらないので、
ジモティで人を集めたら――
普通に集まった。怖い。
逃げられなくなった俺は、
仕方なく練習している。
人間、追い込まれるとやるらしい。
ブラック企業と同じ構造である。
でも思う。
もう「何かを成し遂げる」とか、どうでもいい。
そういうフェーズは終わった。
その代わりに、
「やめないものが一個ある」
それだけで、人生は意外と持つ。
少なくとも、
「趣味:ネトフリを見て一日終了」にはならなかった。
完全に勝ちではないが、
負けきってもいない。
そんな感じで、
同じようなことは息子にもあったなぁ。
まったく怖がっていない。
たとえなめられようと、つねにそのイメージをもって、安心感を与えるようにしたいのだ。
人によっては、家族を守れるために筋肉をつける…。とかいうけど、なんだそんな筋肉を使って守る喧嘩みたいな機会訪れねえって。
しかし加齢というのは怖い。
若いころは、思考が尖っていてもそれすら、かっこよい。
また、陰影が深い孤独。これも、またいいのだ。
なぜって若いから。生物としての未完成度がすべてのネガティブ要素を飲み込んでしまう。
しかし、同じことが50いや40過ぎても言えるのか?否。
家族がいず中高年の孤独が、かっこいいはずがない。
ただの厄介なおっさんだ。
尖った思考で、方々を論破してみろ、おっさんが。
だれからも相手されなくなるだろう。
つくづく、年をとったら傍らには大事な家族。
そんでもって、ぽっちゃり体型を子供に馬鹿にされながら、
穏やかに微笑む。これ一択である。
夕方からジムでトレーニングして、夜はササミ。たんぱく質を計算してプロテイン。
こんな親父きもいわ。
結局肉体的にかっこよくいたいのは、モテたいからだろう。もちろん異性からである。
これは本能だけど、50歳でモテても碌なことはない。
娘からかっこいいパパと思われたい?いやいやそんな体型ごときで変わらねえって。
普段から優しくして、娘の好きなことを全肯定するだけで、ササミばっか食わないでも、
かっこいいパパになれる。
最近は、ぽっちゃりしていたほうが長生きするとすら言われているからね。
こうなったら、
太りすぎず、やせすぎず、お菓子を食べているところを怒られながら、
ゆったり余生を過ごしたいと思う今日このごろだ。
企業的なというよりも、対個人のもの。
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