R太のざっくり雑記

40代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

雑感

ユーチューバーのセカンドキャリアは?

最近よくユーチューバーがオワコンだとか聞く。
年々収入が減っているということを、動画で告白しているユーチューバーがいる。
その話題すらも動画にして、広告費を稼いるから勘ぐるが、本当っぽい。

ユーチューブ運営会社はグーグルさんである。
広告効果がないので、明日広告費を下げる!といってしまえば、そうなる。
ユーチューバーは、労働基準法で守られているわけでもない。
その日から一気に収入が下がるだけである。

そう考えると、ユーチューバーは怖い職業(?)であろう。
今年に入って多くのユーチューバーがそういっているなら、今後はさらに下がり数年後には子供のなりたい職業ランキングからは華麗に姿を消すことになるのだろうか。

余計なお世話であるが、若いうちから友達とだけやり始めて、これ一本でやってきた人は、セカンドキャリア的にはどうするんだろうか?

かなりの稼ぎがあったとしたら、サラリーマンなんてやってられないのではないだろうか。
さらには、中高年層の人事担当が、元ユーチューバーを採用するだろうか…。
なんか双方に難しい気もするなぁ。

一方、いやしかし、専業でやってきたユーチューバーってじつはすごいのではないかとも思う。

生活の保障なく、毎度動画をとって公開しまくる、しかも顔出しで。
これを精神を病むことなく繰り返すって大変である。
職業的には、漫画家に近いのではないか。

超有名な漫画家は、家の中で閉じこもっていて世間知らずにならないかという問いに、自分の作品が自分の代わりに、世界中様々なところに行っているんだよと。
世間知らずになるわけがないといっていたとかいないとか。
なんだって自分の作品を世に出すということは偉大だよね。

そう考えると、ユーチューバーオワコン記事には、そんな生ぬるいことで稼いで、けしからんと思ってたんだ!というある一定の層を楽しませる効果がある。

俺もちょっとそう思ったし。
しかし、意外とセカンドキャリアもうまいこと行くのかも知らんね…とも思うなぁ。
まぁ、みんなではないにしてもね。

ブログを書くにも余裕がいる

なんだかんだ忙しく、気づいたらブログが1か月以上放置状態になった。
最近ではこんなに更新しないのは、珍しいといえる。やはりブログも余技というか、余裕がないとできないものである。

かつて気合の入ってた頃は、アフィリエイトでの稼ぎも狙っていたので、毎日更新したりもした。
しかし、まったく閲覧数が伸びず、徐々にテンションが落ちていき、
月に5回くらい書けばいい方になった。

それでも、毎月思い出を振り返りあれこれブツクサと記録をして10年ちかく続けているのだから、大したものである(自画自賛)。

仕事で自分が企画したものがかなりヒットしたのだが、その忙しさがダイレクトに自分に来るという腕白ぶり。
それでいて、給与などの評価もナッシング。
企画をあてたという自己満足だけを両手に忙しい毎日である。

しかし、不思議なことに忙しいというのは腕に重しを巻いて走るようなものである。
ちょっと、重しを外した瞬間に羽ばたくような軽やかさ。
ハードな筋トレの数か月後に、今までの運動が楽にこなせるようになっているというような…。
なんというかたまに忙しくなるのも悪くはないなと無理やり思った次第。

お局おばちゃんは怖い

早朝バイトをしていると周りはおばちゃんが多い。とくに長く居るおばちゃんで、声がデッカイ人は要注意である。

バイトの職場にも強烈なお局おばちゃんがいる。
人に対して厳しく、その場を取り仕切っていると勘違いしているところがある。
管理職の人や上司的な人にもにもガンガン意見を言う。

えっ、この人何様?と思うところが多い。

先日欠員を補充すべく、俺の部門に新たなおばちゃんが入った。
なかなか入ってこなかったので貴重な人材である。
たまたま俺が、教育係的に教えたのだ。辞めては困るので、かなり懇切丁寧に教えた。

接した感じ、まったく問題のない人柄のいいおばちゃんである。
しかし、終わり際、さらっと俺に近づくお局おばちゃん。
「あのばばぁ気が利かないな…あんなのとっちゃだめだよ…」と宣った!

えぇ…うそーん。
入って一日の人をそこまで言う?こわっ。

とりあえず、苦笑いで応じておいた。
その途端俺は、新入りおばちゃんとお局ババア(ババア言っちゃった)との板挟みに立つことになる。

めんどくせえ。
しかし、そこをうまくくぐり抜けなくちゃいけない。
単純作業の仕事は誰でもできるが、ここら辺のコミュニケーション力は本業より大変であると感じる。

そして、再度、めんどくせえ!
とりあえず、苦笑いには自信があるので、当たり障りなく乗り切っている俺であるが、これ以上の口撃はやめてくれと願うばかりである。

しかし、厄介なのがそのお局おばちゃん、愛犬家でその部分だけ話が合うんだよなぁ…

いまの散髪屋10年行ってる

固定の散髪屋で髪を切り始めて10年くらいたつ。同じところに10年も行き続けるのは凄い。単純に腕が気に入っているのと、あまりコミュニケーションを強制されないからいい。

美容室は何回か行ったが、本当に苦手である。今日はどちらかに?という問いかけ自体も嫌だ。
どちらに行っても行かなくていいじゃないか。などとひねくれたことを思ったものだ。
それでいて、自分としてはたいした髪型へのこだわりがあるわけではない。
あえてあるとすれば、切った後は4か月くらい行かなくて済むような髪型にしてほしい。

短さのギリギリのラインである。
めちゃ短いときついのであるが、ふわっと切られるだけも相当キツイ。美容院は、なんか毛先をふわっと切るおしゃれカットを施されてイライラした覚えがある。
どういう髪型にするか、言わなくてイケナイのも嫌だ。

そいう言う意味では、今の散髪屋は床屋と美容院の真ん中くらいで、毎回髪型をいわなくてもいつもの的にオーダーできる。あと、無駄にしゃべらなくて済む。
何年も彷徨っていた散髪屋選びは、今行っているところで終止符が打たれた。

しかし、昨今の値上げの影響で、そこもだいぶ料金があがるらしい。一瞬迷った。
別のところにしようか…と。

しかし、3ヵ月に一度くらいだし、またいろいろ試して嫌な思いするくらいなら、多少の値上げは我慢しようかなと思っている。

将来禿げ散らかって髪を切る必要がなくなるくらいまでは、通おうかなと思っている。

コミュ力という魔物

コミュ力といえば、人と円滑に話してよい関係を築く能力である。これが高い人が世間にはいる。男性でも結構多い。

10年前くらいに、一か月間フィリピンに語学留学に行ったのだが、若い男の子で誰かまわず話しかけ、それでいて誰からも好かれるコミュ力の化け物のような人がいた。娘と参加していた親子にもいやらしくなく話しかけて、うまく談笑していたのにはびっくりした。

早朝のバイト先でも、やたらコミュ力が高い男の子がいる。彼も、自然体でいろいろな人に話しかけて関係を築いている。

彼らをみてると、どうやら自然体である。気張っていないのだ。それでいて、さほど面白い凝ったことを言っていない。ちょっとした、時事や凡庸なやりとりをしつつ、ちょっとしたユーモアのスパイスを入れているだけである。

まったくコミュ力がない俺にすら、ふところに入ってくる。また、話しやすいんだよね彼ら。

さて、現代は特にコミュ力がない人に厳しい時代だといわれている。独身40代以降で、さほど地位もお金もなく、友達もいない人は悲惨だという記事も見かける。俺だって、運よく結婚できただけで、独身だったらひどいことになっていただろう。

かつて、「寡黙」であることはそこまで悪いことではなかった。職人的な仕事があり、お見合いで出会って結婚。ひたすら仕事に打ち込み、子供が成長し、仕事を引退し、妻に小言を言いながら老い、そして鬼籍に入る。これがスタンダードであったとすらいえる。

そこにおいて、やたらベラベラしゃべくる男は、なんか詐欺師のような扱いをされていた。

しかし、今の社会はそうではない。職人といえば聞こえはいいが、それが機械的な仕事の場合は、文字通り機械やAIにとってかわられ仕事を奪われる。そうなると雇用が不安定で、稼ぎが少ないゆえに、お見合いもできない。

お見合いなんて、結婚相談所も含め、基本的な稼ぎがあって初めてスタートラインに立てる。そうなると、フリーの恋愛市場という荒野にいくしかない。そこは、まさにコミュ力がすべてである。あれよあれよといううちに、年食ってしまったとしたら、独身、稼ぎが少なくコミュ力がない男という感じで、市場でもっとも嫌われる人になってしまう。

若いうちは寡黙でもルックスが良ければいい。が、40代すぎると、竹ノ内豊くらいのルックスがないかぎり、かなりキツイ。耳毛がはえてるなんてもってのほかだが、誰も指摘してくれないから、耳毛の処理もできやしない。

俺も、独身以外はアラフィフだし稼ぎが少ないしで、けっこう当てはまるので恐ろしい。
なんだかんだ、性格を変えるのは大変だ。家庭をもっているという保険のようなバックボーンがあるのに、やはりコミュ力をあげるのは難しいと感じている。これは、資質というかそんな変え難いなにかなんだろうな。一瞬コミュ力を気合であげられても、疲れちゃうのよ。

自分を分析するに、人目が気になるということに尽きる気がするな。
これを言ったら…といちいち考える。
みみっちい人間だなぁと思うけど、しょうがないんだよなぁ。
最近は自分を変えたいなどと思わない代わりに、このみみっちさを人に知ってもらいたいと考えるようになってきた。逆にこれは新しいスタイルのコミュニケーションではないか?

山本周五郎の小説であった。
壮烈であろうとするよりも、弱さを恥じぬ時ほど人は強いものだ
この言葉のごとく生きてみたいと思っている。

耳に毛が生えると年寄り

いつ頃そう感じたか覚えていないが、会社の上司だったか部長だったかの耳に生える長めの毛を見たときに嫌悪感を覚えた。それを見た後、いそいで自分の耳を鏡で確認した。俺の耳にもあるのではないか…と思ったからだ。しかし、なかった。一安心した。

ではあれは?と考えたときに共通点がみえた。そう、おっさんまたはジジイにのみ生えているということである。年取るって嫌だなぁと、若かった俺は思ったものだ。

そこから月日が流れたが、耳毛のことはとんと忘れていた。先日、何気なく触った耳の突起部分、そこに大分育った毛を発見した。一瞬、キモイなと思って思い切り抜いてやった。無茶苦茶、痛かった。

収穫した耳毛が掌で揺れていた。昔嫌悪したそのフォルムである。

それをみて、あぁ掛け値なしにジジイになったんだなぁ、と認めた。人は生涯自分というものから出ることができない。客観的に自分を見れないということである。だからこそ、若い時からなにも変わっていない気がしてしまう。

しかし、老いとは残酷である。耳毛あたりから、老いを突きつけてくる。
お前が嫌悪していたじじいに今まさになっているんだよ、と。
このくらいの年齢になると、アンチエイジングなどといっても、できることは少ない。
せめて、人を不快にさせないためにも、耳毛の乱立にはせめて気をつけよう、処理しようと思う次第。

6月からひどい暑さ

6月後半とはいえ35℃なんて気温はとんと記憶にない。とんでもない、暑さである。このレベルの暑さはせいぜい訪れて7月中盤以降。だからこそ、学校の夏休みはそこらへんに設定されている。んじゃない?群馬なんて40℃って…。きつすぎる。

なにか地球温暖化化が想定外の勢いで進んでいる気がする。コロナでの死者も怖いが、熱中症だって怖い。ウイルスに自然、人間ってなんだか弱い生き物だなぁ。

よく考えたら俺が小さい頃はエアコンが家になくて、扇風機を顔面に当てたり、冷蔵庫を開けて顔を突っ込んだりして涼んでいた。長閑な思い出だが、暑さのレベルが違ったのだろう。今のように殺人的な暑さならエアコンがないと死んでしまう。

しかし、ふと考える。エアコンが先か温暖化が先か…。卵が先か鶏が先か的な。エアコンのフロンガスが温暖化を促進したって説は有名である。エアコンが現れなかったら、ここまで暑くなってないのでは?という考え。

暑いからさらに電力使用が増え、天然ガスが制限されてるから火力や原発に頼る。また、自然が壊れる。このような悪循環がとりあえず今年目の前に現れた、連日の猛暑。どうにもならない。

こうなったら、人間が体内をクールダウンさせる能力を、筋力の間とかに設置するよう体を進化させるしかないだろう。聞いた話では、恐竜はそのような体内システムがあったらしい。あれだけの巨体が動いても、体内の空気の循環が凄くて、すぐに体がクールダウンするから結構動けたんだって。

そういった、システムを手に入れるには…。でも、進化って…。一回滅ぶしかないのかな…。
暑すぎて悲観的な気分になるわ。

海はこわい

知床の観光船事故の詳細をみるに胸が痛む。この事故の恐ろしいところは、乗ったが最後ひとりも生き残らなかったことである。

タイタニックだって、航空機事故だって、事故はたいていサバイバーがいたりする。そこで、生死を分けた行動などが問われるが、この事故に関してはそのツアーを選んだが最後、どうあがいても終わりである。被害者家族からしたら、自分の寿命を売ってでも時をさかのぼって忠告したいだろう。

海はほんとうにこわい。20才ころ、年上の友人に連れられてサーフィンをしに神奈川のほうに行ったことがある。サーフィンなんて、まったくしたことはない。遊泳可能域であったが台風がやや近づいており、結構荒れ気味であった。

調子に乗ってサーフィンを借りて、大胆にパドリングしていたらとんでもない沖にでてしまったことがある。やっべっと思ったが最後、波にのまれた。サーフィンは離れないように足首に取付用のロープで取りついている。これが、よくない。波が来るたびにサーフィン飲まれる、引きづりこまれて俺も飲まれる。を繰り返した。

飲まれて波に沈むと中は洗濯機のようだった。グルグル回る俺。ブホって海上に出る、また飲まれる。これ何回か繰り返してると体力がなくなってくる。もう、これ死んだかもなぁと風景がスローモーションになった。そんなとき、レスキューの人が泳いで来てて、助けてもらった。本当に遊泳可能区域だったからこそ助かったようなもん。あれ、誰もいなかったら人知れず溺死してたわ。

そんな経験を有しつつ、だれもが大人になる。誰だって、これは死んでたかもなという経験が大なり小なりある。寸前で助け出されるのだが、そんな余地もなかったこの観光船事故。せめてご遺体が遺族のもとに戻って荼毘に付されることを願うのみである。

道端のエロ本とネット広告

一人部屋を獲得した息子であるが、そろそろ性的な目覚めも出てき始めているのでわ、と睨んでいる。まだまだたまに添い寝をしてくれと、せがんだりする男児である。可愛いことこの上ない。でも、思えば俺も、10歳前後で股間が膨らんだりしていた気がする。意識するしないにかかわらず。

よく覚えているのは、小学生の時、性的に進んでいた隣の席の友人が、教室でふっくらと盛り上がった自らのズボンを指さしてにやりとしていた。いわゆるモッコリである。それをみて、こいつスゲーなと思った記憶がある。

でも、これはなんだ??という疑問はなかったから自分もそれを理解していたのだろう。

とはいえ、そこから本格的に自慰行為などにいたるのは、まだまだ先の話。でも、芽生えではあった。エッチなものに触れそうになった時、これは子供は見てはいけないモノという自制心で見ないようにしていた。

最近、息子や娘が見たりやったりしている動画やゲームアプリ。その合間に広告が挟まれる。ゲーム広告が多いが、制限していないせいかけっこうエッチなゲームの広告が入り込んでくる。クレーンでアニメキャラの女性の服をとったりすると下着が露わになる。とんでもなく下世話なゲームである。昨日も広告で流れていた。

否応なく性的な何かを刺激されてしまう。

そういえば、道端に落ちていたエロ本(ガチのエロ本もあれば、ヤンマガのグラビアなどもある)を足で、草陰にドリブルした記憶がある。さりげなく見るためである。持って帰ったこともある。小学生の時だと思う。ああいう、突如現れた性的なコンテンツというのは、インモラルでエロ心を刺激したものだ。

今の広告もそういった道端のエロ本に近いきがする。
意外と大事なのよ、ああいう出会い。

なので、息子が突如として現れたややエッチなゲーム広告にドギマギしているのを遠くから見ながら、ほくそ笑んでいる。もちろん、特に煽ったり注意したりはしない。

困ったのは娘がやっているアプリの広告にも現れる点。女の子はなんだかんだ、エロコンテンツ界では搾取される側である。先のゲームでは服をとられてしまったり。女の子が見ているときは、逆に男のジーパンをクレーンで取ってブリーフが丸見えになるような性別を逆にしてくれないだろうか。

かねてから思っている。
エロ業界にも女性が楽しめるコンテンツを豊富に、そしてもっとオープンにしてくれればいいのではないか。実際にはあるのかもしれないが、ホストなどやたら中毒性が高くリスキーなものが多い。もっとライトで日常的なものは、昔から希少な気がする。

こういう部分でも多様性を大事にし、性差別をなくしてほしいな。

孫(子)をみて己を知る

GWは暦通り3連休のみ。その期間妻が仕事に出るため、思い切って実家に二泊の連泊泊まりに行ってきた。コロナ制限もないので、両親にはちょっと嫌な顔されながらの連泊。

結果的に子どもは大喜びして連日いろいろな遊びに付き合わされた。

初日はラウンドワンのスポッチャというスポーツやゲームがやり放題の三時間パックへ。フル回転で遊びまくったようだ。
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翌日は、これまたラウンドワンのコインゲーム。300枚買うともう300枚ついてくるということで、コインゲームを楽しんだ。

最近のコインゲームは盛り上げる演出がもはやパチスロである。昔はよくパチスロをやっていた俺。振り返ればくそみたいに損をしたのだが、当たった時のあの恍惚とした感覚。あれと似た中毒性を有するコインゲームである。

とはいえ、いくら連チャンしたところで、コインになるだけなのでまぁ、お子様も楽しめるのである。さすがに計600枚もあれば、もうお腹いっぱいになったもよう。ドラクエとかポケモンのコインゲームがお勧めである。

連日のいい天気にあれ?こんな不健康なことばっかりしていいのか?と思った次第。
そこで、最終日は近くの動物園と併設するミニアスレチックへ。
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この動物園で一番ダイナミックな動物

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贖罪のように健康的な場所に行ったが、もう目につくものをやりたがる子供たち。

金魚釣り場というのを見つけて興奮気味。一人300円で30分。これが、まったく釣れやしない。さすがローカルかつマイナーな公園である。コインゲームのように人を楽しませようというサービス精神皆無!結局一匹もつれず、釣り場をあとにした。結構子ども連れで込み合っていたが、誰一人釣れていなかった。
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全くつれない金魚釣り場

さらに体を動かすべく以前行ってからお気に入りのバッティングセンターへ。
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25球中チップ1発。逆にストレスたまりそう…娘には、まだはえーか。

そんなこんな外で遊びつつ、帰ってきたら両親が用意した食事や風呂、フカフカな布団といったホテルみたいな待遇にみなご満悦。実家ってなんだかんだいいなぁと思った。

しかしながら、両親、特に母の孫に対する口うるささが目につく。何をやるにも駄目!危ない!と言われている。これは、確実に自分もいわれてきたのだろう…。親世代はみな口うるさいのだろうが、もっと自由に育ててくれたらどうなったろうか…とちょっとしたあこがれとともに感じたね。いや、まぁあくまでも、あこがれだけどね。

どうにも育てられ方などって今幸せになってんだから、贅沢いうなみたいな風潮があるけど、やっぱりそれでもあるんだよね。感謝と相反する感情も。
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