R太のざっくり雑記

50代おじさんです。ベトナム出張がブログの書き始め。現在は、育児や料理、英語など興味のあることをざっくり備忘録として記してます。質はともあれ、なるべく頻繁に更新します!

雑感

駅の電車が止まる位置の大きな広告

駅の構内の大きな広告に異変が起きている。
もはや、おそらく企業に余裕がない、または駅の定位置広告に魅力がなくなったのかもしれない。
今日電車を待っていたら、デッカイ新広告が目の前に現れた。

ポケパラ 高収入 である。
そう、夜のお仕事に誘う求人広告である。
ああいうのは、ややいかがわしいためスポーツ新聞の広告にかつはてあった。
街中を派手なデコレーションで走る、ドラックでの広告。
これも、いかがわしい広告でも、その場にあっている。

しかし、駅構内はイカンのでなないだろうか…
ほんとうにまずい気がする。
まずもって、子どもたちも利用する。
歌舞伎町でデコって走っている限りは、いい。
スポーツ新聞だってエロコーナーがあったりして、
それなりの場所だ。
しかし、駅のホームである。
朝から晩まで千差万別の客がそれを見る。

ここまで台所事情が苦しくなっているのか…
人間貧すれば鈍する。
きっと、沢山の人が駅へクレームを入れるに違いない。
そして、ひっそりとなくなることを期待している。

読書週間がなくなってきた

20年来くらいに読書を趣味にしてきた。
年に60冊以上は主に小説を読んでいたかも知らん。
それが、昨今全然読まなくなった。
読みたい小説がない…というのもあるのかも知らん。

どうしてだろう?と思っていたのだが、原因がわかった。
目である。
加齢によってか目が急激に悪くなってきた。
読書は、小さい活字を読まなくてはならない。活字を読んで頭で想像を膨らませる。
しかし、目で読む段階で疲れてしまい頭まで内容がいかない。
なるほど、こうして好きなものを失っていくのだろう。

ずっと読書を楽しんでいたかったが、
フィジカル的に無理になってきてしまったのかもしれない。
そういえば、最近はネトフリのような動画をみたり、音楽を聴いたりのほうが
読書よりも多くなってきていた。

なんでもそうだ。
例えば、酒が趣味の人がそれをやめるタイミングはどこか?
間違いなく体を壊すことだろう。

スポーツ好きな人は、体が動かなくなったりすることである。

最近はこれを一生やってこうと決めた趣味がある。
ギターである。
バンドを組み始めたのもそうだが、ギターは奥深い。
そして一度体に染みついていれば、ある程度力がなくなっても弾けるような気がする。
なにより、音楽ってやつはいい。

そう思い定めると、なかなか未来が楽しくなってきた。
友人は、ほぼみなジョギングや登山をやっている。
50代はそういう年齢なのだろう。
そこであえて、エレキギターである。
ギタリストのイメージはガリガリである。
ガリガリにならなくてはならない。ということで、ダイエットも始めた。
いいことである。

うさぎが死んだとき思った命の永遠

うちで飼ってたうさぎは4年前くらいに死んだ。
10歳だからまぁ長生きのほうであろう。
当時はうさぎは5,6年の寿命と言われていて、
10年生きていたから、これはずっと生きるのではないか
と錯覚していた。

ちょうど初めて妊娠で、流産した後に衝動買いをしたので
思い入れがかなりあった。
慰められたことが沢山あった。

今思えばうさぎは、犬に比べてとても世話がラクチンだった。
糞も臭くない。
ただ、警戒心が強く抱かせてくれないから一定以上の愛着がわきにくくわあった。
でも、可愛がっていた。

ある日、朝起きたら突然固くなっていた。
その前日までまるでそんなそぶりがなかった。
ショックはすごかった。
そして、その前日まで命が永遠だと思っていた自分を悔いた。
そう、命は永遠ではなく終わるもの。
たとえうさぎが、平均寿命より大幅に生きても、やはり死はくる。
身近なものにはそんな単純なことも忘れさせるなにかがある。

簡単に言えば死なれたくないからだ。
死なれたくないから、永遠を信じる。

でも、その時はきっとくるのだ。
人間は、死を意識しながら生きるのは難しい。
こわいからね。
でも、必ず来る。
そして、悔いることがある。
それをうさぎを通して学んだ。

世話をすること。
それは、一人で人生を楽しむよりも大変である。
面倒なことが多いからだ。
でも、世話をし一緒に暮らすことで学ぶことは多い。

なにも本一冊IT系の学習をして成長しなくてもいい。
なにかを世話をする。
これだけで、人生の学びは大きい。
子育て、うさぎ、ワンコ、夫婦生活。
自分以外のなにかにどれだけ投資するか。
これが、重要なのかもしれない。経済的な投資は浅いがその投資はけっこうしているのでわ?と思っている。

12月になってたのか

光陰矢の如し。やはり忙しいとブログとかも書かなくなるのだな。
一か月もあくとは思わなんだ。
まぁ、いいんだけど。
ここ最近は熊が人を殺し始めたり、物騒なことが多い。
こういう時に、都会でよかったと思うのだが、
おもえば、不登校ピークの昨年は自然豊かな場所に、移住するか
本気で悩んでいたのだった。
まじで、しないでよかった。
熊だけじゃなく、やはりコミュニティが無理だ。
都会のマンションの自治会ですら無理なんだもん。
シンプルにめんどくさい。

そんなこんなで最近思ったこと。
娘とスケボーパークに行くのだが、
本当にジジイが多い。
フジロックの高齢化などもそうだが、
昔は若者しかいなかったようなカルチャーに
ジジイがいるのだ。

原理は簡単である。
若い時にスケボーやロックに触れた人が、
ジジイになっても触れ続けてるからである。
なんでだろう、
自分ももちろんジジイである。
バンドなんかやり始めちゃってもいる。
ジジイのくせに楽しもうとしているのである。

同類嫌悪なのか、
何かジジイが楽しんでいると腹立っちゃう。
ジジイのくせになに、スケボーやってんだよ…みたいな。
これが、社会が高齢化するということなのかもしれない。
若者が至るところからいなくなり、
かつての文化をひきづったジジイがそこにこびり付いている。
だからこそ、若者がスケボーとか音楽やっていると
応援したくなるんだろうか。
うまく表現できないけど高齢化ってなんか嫌だなぁ。

配偶者をパパやママと呼ぶ人ってなに!?

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どうでもいいんだけど、配偶者をパパとかママって呼ぶ人が信じられない。
端的に言えば気持ちが悪いのよ。
いいんだけどね。タレントのヒロミをはじめ結構いると思うんだけど、
なんかしっくりこないなぁ。

もちろん、意味は分かる。子育ての中で自然とそうなった、というのもあるのだろう。
でも、お前のパパ(ママ)じゃないだろうと思わざるを得ない。

英語を学んでいると常に、「主体」が誰かというのが明確にしなくてはいけない。
私である場合は、常にI である。
私が、なにをする。というのが基本である。

日本語は時に、この主体をあいまいにしてしまうのだという。
付近にベトナム人の同僚がいるが、この主体のあいまいさが日本語の難しさにつながるという。

主体は私である。その私のパパは一人、自分の父親である。妻の父も義理の父か。
そういう意味で、旦那をパパと呼ぶのは主体の意味がわからないのである。

同じように、子どもの兄の方をお兄ちゃんと呼ぶ母親がいる。
あれも、キツイ。
お前の兄は、お前の兄だろうが ととっさに思っちゃう。
この主体というのを意識している国が欧米であろう。
欧米がすべていい とは思わないが、少なくとも納得感があるものは取り込んでいきたい。
自分の妻をママ などと呼ぶのは、生理的に受け付けないのだ。まぁ、個人の感想なのだが。

初の女性総理はなかなか凄いのでは

総理大臣が女性になった。初の快挙である。
これだけで、日本全体が高揚している感じがある。
ジェンダーギャップがあるという言われている国で、
女性がトップに立ったという事実は、それなりにインパクトがある。
個人的にもよかったなぁと思っている。

とはいえ、うん?と思うこともあるにはある。
やたら絶賛しすぎではないか?
なんというか、日本が変わる!みたいな雰囲気。

男女はどうとしても、一人の総理大臣(しかも党が同じである)それが
変わったくらいで日本が変わるなんてある!?
めでたすぎやしないか…と。

財務大臣の人事に沸き立っているけど、日本という器自体は変わらない。
相変わらず少子高齢化が突っ走っている。

国力は人口である。

これは、まぎれもない事実である。
異論はあるかもしれないが、シンプルに国力は人口なのだ。
人口が多少少なくても、若者が多い社会には希望がある。

日本はどうだ。人口も右肩下がりで高齢者がどんどん増えている。
この根底の事実はそう簡単には変わらない。

子どもを育てていると思う。
まだ、10年しかたってないのかよと。
大変すぎるのだが、子どもはまだ10歳。その年齢では仕事もできないし、なにも担えない。
まだまだ未熟真っ盛りである。

政策的に奨励して、
子どもを沢山産む社会になっても、その子たちが活躍するには、少なくとも18年は必要である。
18年だよ!?
今の政権がすぐに成果を出せるわけないんじゃないの、と。
そうなると移民か…という議論が堂々巡りして、いまは外国人に厳しい社会ができ始まりつつある。
なんだかんだ、失われた30年とか少子高齢化とかを招いたのは与党であった党であろう。
その党から出てきた女性初総理。
自民党としては、やってやった感があるのだろう。
計算通り沸き立っている世間もあるからね…。でも違和感があるなぁ。

未来は明るいと信じたいから、いい感じにいってほしいけど、
重ね重ね 高揚しすぎじゃないか?1総理が就任したくらいで。
しかし、可哀そうなの前総理の石破さんであろう。
食べ方が汚いとか、外交の場で陰キャだとかいわれて、結局イメージ先行で嫌われた感じである。

切り抜きとかイメージにかなり左右される国民性がこの政権交代劇に如実に表れたといえるなぁ。

弱者男性という存在

トイアンナという方が書いている「弱者男性」という本を読んでいる。

弱者男性1500万人時代
トイアンナ
扶桑社
2024-04-24

統計を見ても、男は稼いでいなくては結婚はできない。
そういう意味でも、経済的な弱者を言っているのかなと思った。
しかし、そればかりではないようだ。

多数の男性が配偶者や彼女などからDVにあっているらしい。
ふと思い出す。子連れで公園に行った時、恰幅のいい配偶者から罵声を浴びせられている
同じく子連れの気弱そうな父親がいた。
あーあんな妻だったら地獄だな…と思った。
それ以来、街中でたまに見かける妻にキレられている夫。
エピソード的には笑いになりそうなのだが、それは男が強いという概念があるからだろう。
強い奴が、下の者に怒られる滑稽さ…。

しかし、もうそろそろ男が強いという概念はやめてもらえないだろうか。
たしかに物理的な力は強いかもしれない。でも、それだけである。
たいていの男のメンタルは女性より弱いのだ。
でも、それを表明することはできない。そういう場もない。ちょっとした笑いに変えるしかないのは深刻な状況だ。

男の自殺率をみてくれ。どうだい、弱いだろう男は…。
男性の平均寿命は81歳である。未婚の男性の平均は65歳である。
15年も早く死んでしまう。孤独によって。こんな男性をもっと可愛がってくれないだろうか。
KKO きもくて金のないオジサン そんな侮蔑のその先に何があるのだという。
弱いおじさんを保護して、優しくすることができる社会を望もう。
それには、パワハラ親父を始め強者男性をなんとかせないかんな。

いろいろ考えさせられる読書であった。

自分の人生を生きる

アドラー心理学の本を書いた岸見さんのブログをたまに見てるが、ちょこちょこ頷けるところがある。
中の子どものやさしさに甘えない…という文。
「子どもはやさしいので、いつまでも変われない親でも許してくれるだろうが、子どものやさしさに甘えてはいけない。」
はっとする文である。子供は親にやさしい…と。
たしかに、親は大人なので変わることが難しい。それでいて、自分の子どもには変わることを強要する。

ものを落とした子供を叱った後に、自分もものを落とす。
子どもから揶揄されて、言い訳をする親…。
そんなことは沢山起こる。
子どもは、そんな親を毎回許してくれるのである。
顔を赤くして叱ってしまう親を、食材がなくたいしたものを作れない親を、朝起きられない親を。

実は、無償の愛をささげているのは、親ではない。子の方である。
どんなに酷い親であっても、子どもはゆるし、そして懐こうとする。
その子供に甘えてはいけないのは、むしろ親のほう…という新たな視点である。

自分の人生を生きる、というのも感銘をうけた。
いまや子供の心配ばかりしているが、
その必要はなく、自分の人生を生きるのがいいのであろう。
課題の分離ということから。

そして、今オッサンバンドが結成されて、nirvanaのコピーをやろうとしている。
まったく知らない人たちとバンドをやる。
これは、これはとっても楽しみである。
これこそ、自分の人生を生きる。誰の干渉も入れない自分自身の楽しみであろう。

暑いさなかの外での警備員

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ここ数年というか随分前から思うのだが、
外での警備員、交通誘導員、交通量のカウントのバイト、ここらへんのかなりキツイ仕事。
ここに若者ではなく、高齢者がやっているのを見る機会が増えた。
学生時分こういった仕事は、若者の仕事だった気がする。

かくいう自分も、交通量調査などはよくやった。
炎天下で24時間外にいる。キツイ。でも、日給が高く取っ払いでもらえる。
一回その日仕事終わりでなく、やる前に日給が渡されたことがあった。
あれは、事務所の移転かなんかの肉体労働だったか…。
終わったら、解散というバイト。
何を考えていたのか、そのバイトの昼休憩の1時間で近隣のパチンコ屋に駆け込み、
そのバイト代を溶かしてしまったことがあった。
当然、その後のバイトに身が入らないのは当たり前。とはいえ、逃亡するわけにもいかず。
絶妙に真面目、絶妙に不真面目な人間であった。

それはいいとして、とにかく、こういった肉体労働は体が資本。
高齢者には、不向きであるといっていいい。
ところが、最近も職場の近くで工事中のところにずっと立っている高齢警備人がいる。
40度近くになる炎天下である、ふらふらになっているのが見て取れる。
気の毒に…と考える。警備なんてもっと違う形があるだろうと。こんな高齢者立たせずに、と。

そんなことを考えていた折。
夜のバイト先にて、ラジオが流れる。MCのオジサンが俺と全く同じことを言っていた。
警備員が高齢で、気の毒で。ずっと立っている必要あるのか…と。

ふと気づく。このMCも俺も、この考えを涼しい場所から発している。
そう、傲慢な考え方なのである。
この高齢者は、別に趣味でやっているわけではない。
何かの事情でお金が必要だからやっている。
きつい仕事なら、高齢者でも雇ってくれるからやっている。
それをはたから、みて気の毒に思うのは違う!のでは?

本当に気の毒に思うのなら、その高齢警備員のところに急いでかけより、
お金はいくら必要なんだい?
全て払うから、日中にこんなところで働かないでくれ。俺が、気の毒に思って精神衛生上悪いんだ。
と正直に告げるべきだ。

それなりの財力が必要である。
それができないなら、下手なことを考えてはいけないのである。
すこし偏った意見かもしれないが、その人の尊厳を勝手に決めつけることに抵抗があったので、
そう考えてみたがどうだろうか。

今年の暑さは図抜けている

毎年、年々暑くなっているという話題を夏にする。
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しかし、今年はそんな呑気なこと言ってられないくらい暑い。
40度なんてのを連発。
北海道の北見でも40度があったらしい。

体感的にも、本当に殺人的な暑さを痛感する。
横断歩道で信号待ちしているだけで、灼熱の暑さにフラフラする。
これはどういうことなんだろうか?
今年が特別?
それとも、年々暑くなるのか…?どうなっちゃうんだよ。

地球さんが、環境を大事にしない人間に猛威を振るい始めたとしか考えられない。
エアコンも夜間つけっぱんしで電気代もかかる。
それでいて、連日の猛暑に雨が少なく、水不足に陥る可能性も高い。
もはや一年一年過ごすのにやっとではないか。

秋が一番好きだけど、
もはや日本の四季も崩壊しそうだ。
いろいろ大変なことはあれど、災害や環境が壊れるのが一番こわいな。
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